ねじれの位置の恋人 ~世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人~

 今日こそは失敗しないようにしようとレシピもしっかり見たし、時間も測ったし、分量も間違っていないはずなのに。

「……ごめんなさい」
 七海は溶けて半分になったのではないかと思うほど小さくなった里芋の煮っころがしをダイニングテーブルに置いた。

「手が赤いのは里芋のせいか?」
「あ、そうかもしれないです。少し痒くて」
「こっちに来い」
 大和は七海の手に傷がないことを確認すると、ボウルに酢水を作り七海の手を突っ込む。
 
「里芋のぬめりの原因、シュウ酸カルシウムは針状の結晶で、手に刺さるんだ」
「へぇ~」
 よくわからないけれど。
 針状の結晶って? 針じゃない結晶の形は何?

「肌が弱そうだから、里芋を剥くときも酢水を使うか、茹ででから皮を剥いた方がいい」
「次からそうします」
 さっきまで痒かったのに、もう全然痒くない。
 さすがお医者さん。
 何でも知っているんだなぁ。

 大和はドロドロになってしまった里芋でもおいしいと食べてくれる。
 どうしてこんなに優しくしてくれるのだろう?
 捨て犬を放っておけない性格だとしても、こんなに親切にしてくれるのは変な気がする。
 何かを要求されるわけでもないし、大和が家事をできないわけでもないのに。

「知り合いが、事務員を募集しているが興味はあるか?」
「私、簡単な表計算ソフトと文章ソフトくらいしかできないですけど。資格もないし……」
「クライアントとメールや電話のやりとりができて、スケジュール管理ができればいいそうだ」
 もしよければ連絡して面接してくればいいと、担当者の連絡先を渡された七海は目を見開いた。

「弁護士事務所……? そんな難しそうな」
「仕事の内容を聞いてから、無理なら断ればいいんじゃないのか?」
 たしかに。聞く前から諦めたら何も始まらない。

「明日連絡してみます。ありがとう、大和さん」
 とりあえず連絡して、スキル不足だって言われたら違う仕事を探すだけ。
 大丈夫、なんとかなる!

 翌日、担当者に連絡した七海は、午後から面接に来られるか聞かれてしまった。
 派遣会社に出した履歴書を修正する時間もないままコンビニで印刷し、約束した14時に事務所を尋ねると、はちきれそうなくらい大きなお腹の女性が受付で出迎えてくれた。
 
 難しい面接を想像していたのに、時給と勤務時間を提示され、なぜかそのまま妊婦さんに仕事を教わるという不思議な状態に。

「今日の時給もちゃんと払うから、安心して」
 いえ、そんなこと気にしていません。
 西九条弁護士事務所の西九条さんにニッコリ微笑まれた七海は、戸惑いながら妊婦さんから仕事を教わった。

「はい、これ。今日の分」
「え? 現金支給ですか?」
「ここで働くか考える時間欲しいでしょ?」
 お金をもらっていなかったら断りにくいからだと笑うと、西九条は七海に茶色い封筒を握らせた。

「もしここで働いてもいいなと思ったら、一週間以内に連絡して。嫌だったら、連絡しなくていいよ」
 ということは、西九条さん的には私がここで働いてもいいってこと?
 だったら考える時間なんて必要ない。
 大和が紹介してくれたから信頼できる事務所だと思うし、西九条さんも優しくていい人だ。

「私のスキルでも大丈夫ですか?」
「受付の佳奈美さんは褒めていたよ。来てくれたらうれしいって」
「では、お願いします! 働かせてください!」
 即決の七海に驚いたのか、西九条は手を口元に当てながら首を傾げる。

「大和に相談しなくていいの?」
「えっ? 相談した方が? あっ、相談すべきですよね」
 今日相談しますと慌てる七海を見た西九条は、七海の顔をジッと見つめた。

「付き合ってるんだよね?」
「ち、違いますっ。同居人? 捨て犬が可哀想的な? えっと」
「捨て犬っ……!」
 真っ赤な顔でしどろもどろな七海を、西九条だけでなく、妊婦の佳奈美や事務所のみんなが笑う。
 肩を震わせながら笑う西九条の姿に七海はものすごく恥ずかしくなってしまった。