小さなパン屋には他のお客さんもいるのに、まったく気にする素振りがない係長は七海に向かって文句を言い始めた。
「新しい派遣が資料も作れないんだぞ!」
「私には関係ないのでは?」
新しい派遣のことなんて知らないし。
名前も顔も性別も年齢も知らないし。
「私を辞めさせたのは係長じゃないですか!」
「おまえが無断欠勤なんてするからだろう」
「体調不良で倒れたって診断書出したじゃないですか」
結局、あの体調不良の日は無断欠勤ってことにされたってことね。診断書と一緒に有給休暇申請を翌日に出したのに。
「どうしたの、七海ちゃん」
七海の大きな声に驚いた店長が裏から飛び出してくる。
「あっ、店長。ごめんなさい。つい、大きな声を」
しまった。ここパン屋なのに。
他のお客さんもいるのに。
七海は慌てて他のお客さんたちに「お騒がせしました」と謝罪した。
店長の顔を見た係長は、何も買わずに店を出て行く。
気まずそうにレジに来た客に予約品を手渡し、次のお客さんの注文を聞くと、小さな店内はすぐに客がいなくなった。
「ごめんなさい、店長。さっきの人は前に派遣で働いていた会社の係長なんです」
「なんでここに?」
「わからないです。本当にごめんなさい」
お店で騒ぐなんて一番してはいけなかったのに、つい係長の言いがかりにカッとなってしまった。
先日来てくれた武田さんが、新しい派遣さんはキーボードが打てないと言っていたから、資料なんて無理なのだろう。
でも私には関係ないし。
責めるならそんな子を紹介した派遣会社の担当でしょ。
七海は溜息をつきながら、ビニール袋を整頓する。
13時までモヤモヤしながら接客した七海は、帰り際にもう一度店長に謝罪した。
◇
スマホの地図アプリを見ながらようやくおんぼろアパートにたどり着いた真は、想像以上に古くて汚い見た目に鳥肌が立った。
「うそだろ、こんな場所に住んでいるのか?」
七海の部屋、103号室のチャイムを鳴らしても誰も出てこない。
アパートの名前、部屋番号を確認したが、七海の年賀状に記載された場所で間違いなかった。
「七海?」
小さな窓の中は電気がついておらず、ポストからはチラシがはみ出ている。
まだ帰ってきていないのか?
連絡したいが、七海の連絡先なんて知らない。
高校生の時、七海はスマートフォンを持っていなかったからだ。
アパート名を地図アプリで検索しても、やはりここで間違いない。
「あら? 斎藤さんのお知り合い?」
「あ、七海の親戚です。いつも何時ごろ帰ってきますか?」
「斎藤さんなら先週、引っ越したわよ」
「引っ越した?」
どこへ?
「背が高くてカッコいい男性と一緒だったから、結婚するのかなと思ったけれど」
聞かなかったけれどねと、大家は笑う。
「男?」
誰だ?
七海が結婚? 嘘だろ?
まだ19歳だろ、結婚は早すぎる!
「もし七海が忘れ物とか、何か取りに来たらここに連絡ください」
真は自分の連絡先を大家に渡す。
せっかく七海に会えると思ったのに。会いにきたのに。
どこに行ったんだよ、七海!
七海を探す手掛かりはこの年賀状以外何もない。
これでさえ、なぜか母さんが隠していたくらいだ。
「七海……どこにいったんだよ」
七海は実家にいると思い込んでいた。
大学を卒業して弁護士になれたら、七海を迎えに行こうと思っていたのに。
高校時代は恥ずかしくて七海とはあまり話すことはできなかったけれど、弁護士になって自分に自信が持てるようになったら、七海に告白するつもりだった。
「誰だよ、男って」
変な男に引っかかっていないだろうな。
都会は怖いんだぞ。
真は人通りが少ない細い道をトボトボと駅に向かって戻りながら、七海からの年賀状をポケットにしまった。
「新しい派遣が資料も作れないんだぞ!」
「私には関係ないのでは?」
新しい派遣のことなんて知らないし。
名前も顔も性別も年齢も知らないし。
「私を辞めさせたのは係長じゃないですか!」
「おまえが無断欠勤なんてするからだろう」
「体調不良で倒れたって診断書出したじゃないですか」
結局、あの体調不良の日は無断欠勤ってことにされたってことね。診断書と一緒に有給休暇申請を翌日に出したのに。
「どうしたの、七海ちゃん」
七海の大きな声に驚いた店長が裏から飛び出してくる。
「あっ、店長。ごめんなさい。つい、大きな声を」
しまった。ここパン屋なのに。
他のお客さんもいるのに。
七海は慌てて他のお客さんたちに「お騒がせしました」と謝罪した。
店長の顔を見た係長は、何も買わずに店を出て行く。
気まずそうにレジに来た客に予約品を手渡し、次のお客さんの注文を聞くと、小さな店内はすぐに客がいなくなった。
「ごめんなさい、店長。さっきの人は前に派遣で働いていた会社の係長なんです」
「なんでここに?」
「わからないです。本当にごめんなさい」
お店で騒ぐなんて一番してはいけなかったのに、つい係長の言いがかりにカッとなってしまった。
先日来てくれた武田さんが、新しい派遣さんはキーボードが打てないと言っていたから、資料なんて無理なのだろう。
でも私には関係ないし。
責めるならそんな子を紹介した派遣会社の担当でしょ。
七海は溜息をつきながら、ビニール袋を整頓する。
13時までモヤモヤしながら接客した七海は、帰り際にもう一度店長に謝罪した。
◇
スマホの地図アプリを見ながらようやくおんぼろアパートにたどり着いた真は、想像以上に古くて汚い見た目に鳥肌が立った。
「うそだろ、こんな場所に住んでいるのか?」
七海の部屋、103号室のチャイムを鳴らしても誰も出てこない。
アパートの名前、部屋番号を確認したが、七海の年賀状に記載された場所で間違いなかった。
「七海?」
小さな窓の中は電気がついておらず、ポストからはチラシがはみ出ている。
まだ帰ってきていないのか?
連絡したいが、七海の連絡先なんて知らない。
高校生の時、七海はスマートフォンを持っていなかったからだ。
アパート名を地図アプリで検索しても、やはりここで間違いない。
「あら? 斎藤さんのお知り合い?」
「あ、七海の親戚です。いつも何時ごろ帰ってきますか?」
「斎藤さんなら先週、引っ越したわよ」
「引っ越した?」
どこへ?
「背が高くてカッコいい男性と一緒だったから、結婚するのかなと思ったけれど」
聞かなかったけれどねと、大家は笑う。
「男?」
誰だ?
七海が結婚? 嘘だろ?
まだ19歳だろ、結婚は早すぎる!
「もし七海が忘れ物とか、何か取りに来たらここに連絡ください」
真は自分の連絡先を大家に渡す。
せっかく七海に会えると思ったのに。会いにきたのに。
どこに行ったんだよ、七海!
七海を探す手掛かりはこの年賀状以外何もない。
これでさえ、なぜか母さんが隠していたくらいだ。
「七海……どこにいったんだよ」
七海は実家にいると思い込んでいた。
大学を卒業して弁護士になれたら、七海を迎えに行こうと思っていたのに。
高校時代は恥ずかしくて七海とはあまり話すことはできなかったけれど、弁護士になって自分に自信が持てるようになったら、七海に告白するつもりだった。
「誰だよ、男って」
変な男に引っかかっていないだろうな。
都会は怖いんだぞ。
真は人通りが少ない細い道をトボトボと駅に向かって戻りながら、七海からの年賀状をポケットにしまった。



