洗濯機が乾燥まで全部やってくれるし、大和の形状記憶のシャツはアイロンをがんばらなくてもほとんど皺にならない。
一応アイロンがけはしたけれど。
料理くらいはがんばろうと思い、スマートフォンでレシピを検索して肉じゃがを作ってみたが、見事に失敗してしまった。
「……ごめんなさい」
大和の目の前にはじゃがいもがすべて溶けてしまった肉じゃが。
煮崩れというレベルを通り越し、じゃがいもの原型がない。
「男爵イモは細胞が壊れやすいぞ」
「さ、細胞?」
って、理科で習ったあの細胞だよね。
じゃがいもの細胞?
「じゃがいもの中のでんぷんが膨らんで細胞が離れるんだ。水から煮た方が細胞は離れにくい」
品種はメークインで、水から煮て、落し蓋をして煮るだけでだいぶ違うと話しながら、大和は溶けたじゃがいもを器用に箸ですくい、口に入れる。
「味は悪くない」
煮崩れした肉じゃがは嫌いじゃないと笑ってくれた大和に、料理はこれからがんばりますと七海は答えた。
◇
大和とルームシェアを始めてもうすぐ1ヶ月。
朝になったらおんぼろアパートの暗い部屋で目が覚めるのではないかと数日の間は不安だったが、朝はパン屋、昼から洗濯掃除と買い物、夕食を大和と食べて、夜は自由時間という贅沢な生活がようやく最近夢ではないのだと実感できるようになった。
パンの名前と価格も覚え、レジも早くなったし、毎朝買いにくる会社員や学生さんの顔も覚えてしまい、うっかり「今日はクリームパンじゃないんですか?」と聞いて笑われた。
「バゲットにクリームチーズを乗せて……」
「おいしそう!」
常連の奥様たちとも仲良くなり、パンの美味しい食べ方を伝授してもらったり、店長にフィードバックしたり。
楽しすぎて、もうすぐバイトが終わりなことが少し寂しかった。
焼きたてのパンを並べていた七海は、カランカランと鳴る扉に気づき、振り返る。
「いらっしゃ……武田さん?」
「あれ? 斎藤さん?」
なんで前の会社の社員さんがこんなところに?
会社はここから五駅向こうだし、通勤時間でもないのに。
「なんでパン屋に?」
「次の派遣先が見つかるまでの短期バイトなんですよ」
七海は手際良くパンを並べ、値札を取り替えた。
「急に交代になって、びっくりしたよ」
「私もびっくりしたんです」
担当から何も聞いていなかったと七海が笑うと、武田は「えぇっ」と驚いてくれた。
「おすすめは?」
「エピがまだ温かいですよ。ふんわり系がお好きならブリオッシュとか」
「じゃあ、そのふたつ。あと、ソーセージパン」
「はい!」
七海は慣れた手つきでパンを袋に入れ、レジに打ち込む。
「俺の営業シート、月別の売上が簡単に出るようにしてくれてありがとう。むちゃくちゃ助かった」
「お役に立ててよかったです」
武田は現金で支払い、七海はお釣りを渡す。
レシートを手渡そうとすると、いらないと手で止められた。
「新しい派遣さん、キーボード打てなくて。指一本で探しながら打っている姿を見て唖然としちゃったよ」
「えぇ? 資料とか作れるんですか?」
「まったくできなくて、みんな困っているよ。俺だけ斎藤さんのツールがあるから余裕だけどね」
本当に助かったと言いながら、武田は帰っていく。
よかった。少しは私も役に立てていたみたいだ。
みんなの分もあったけれど、全部捨てちゃったんだよね。新しい派遣さんと引き継ぎもできなかったし。
でも少しだけ報われた気分だ。
七海は次のお客さんの対応をし、13時になったので店長とレジを交代した。
マンションに戻って洗濯機を回してからスーパーで買い物をし、掃除して夕飯の支度をして、大和に「おかえりなさいと」微笑む。
今までの貧乏生活からは考えられないほど穏やかで幸せな日々に七海は感謝していた。
それなのに──。
「おまえが無能なせいで」
七海はパン屋に現れた係長の言いがかりに顔を引き攣らせた。
一応アイロンがけはしたけれど。
料理くらいはがんばろうと思い、スマートフォンでレシピを検索して肉じゃがを作ってみたが、見事に失敗してしまった。
「……ごめんなさい」
大和の目の前にはじゃがいもがすべて溶けてしまった肉じゃが。
煮崩れというレベルを通り越し、じゃがいもの原型がない。
「男爵イモは細胞が壊れやすいぞ」
「さ、細胞?」
って、理科で習ったあの細胞だよね。
じゃがいもの細胞?
「じゃがいもの中のでんぷんが膨らんで細胞が離れるんだ。水から煮た方が細胞は離れにくい」
品種はメークインで、水から煮て、落し蓋をして煮るだけでだいぶ違うと話しながら、大和は溶けたじゃがいもを器用に箸ですくい、口に入れる。
「味は悪くない」
煮崩れした肉じゃがは嫌いじゃないと笑ってくれた大和に、料理はこれからがんばりますと七海は答えた。
◇
大和とルームシェアを始めてもうすぐ1ヶ月。
朝になったらおんぼろアパートの暗い部屋で目が覚めるのではないかと数日の間は不安だったが、朝はパン屋、昼から洗濯掃除と買い物、夕食を大和と食べて、夜は自由時間という贅沢な生活がようやく最近夢ではないのだと実感できるようになった。
パンの名前と価格も覚え、レジも早くなったし、毎朝買いにくる会社員や学生さんの顔も覚えてしまい、うっかり「今日はクリームパンじゃないんですか?」と聞いて笑われた。
「バゲットにクリームチーズを乗せて……」
「おいしそう!」
常連の奥様たちとも仲良くなり、パンの美味しい食べ方を伝授してもらったり、店長にフィードバックしたり。
楽しすぎて、もうすぐバイトが終わりなことが少し寂しかった。
焼きたてのパンを並べていた七海は、カランカランと鳴る扉に気づき、振り返る。
「いらっしゃ……武田さん?」
「あれ? 斎藤さん?」
なんで前の会社の社員さんがこんなところに?
会社はここから五駅向こうだし、通勤時間でもないのに。
「なんでパン屋に?」
「次の派遣先が見つかるまでの短期バイトなんですよ」
七海は手際良くパンを並べ、値札を取り替えた。
「急に交代になって、びっくりしたよ」
「私もびっくりしたんです」
担当から何も聞いていなかったと七海が笑うと、武田は「えぇっ」と驚いてくれた。
「おすすめは?」
「エピがまだ温かいですよ。ふんわり系がお好きならブリオッシュとか」
「じゃあ、そのふたつ。あと、ソーセージパン」
「はい!」
七海は慣れた手つきでパンを袋に入れ、レジに打ち込む。
「俺の営業シート、月別の売上が簡単に出るようにしてくれてありがとう。むちゃくちゃ助かった」
「お役に立ててよかったです」
武田は現金で支払い、七海はお釣りを渡す。
レシートを手渡そうとすると、いらないと手で止められた。
「新しい派遣さん、キーボード打てなくて。指一本で探しながら打っている姿を見て唖然としちゃったよ」
「えぇ? 資料とか作れるんですか?」
「まったくできなくて、みんな困っているよ。俺だけ斎藤さんのツールがあるから余裕だけどね」
本当に助かったと言いながら、武田は帰っていく。
よかった。少しは私も役に立てていたみたいだ。
みんなの分もあったけれど、全部捨てちゃったんだよね。新しい派遣さんと引き継ぎもできなかったし。
でも少しだけ報われた気分だ。
七海は次のお客さんの対応をし、13時になったので店長とレジを交代した。
マンションに戻って洗濯機を回してからスーパーで買い物をし、掃除して夕飯の支度をして、大和に「おかえりなさいと」微笑む。
今までの貧乏生活からは考えられないほど穏やかで幸せな日々に七海は感謝していた。
それなのに──。
「おまえが無能なせいで」
七海はパン屋に現れた係長の言いがかりに顔を引き攣らせた。



