意地っ張りな私たちが、神様に許された最後の100日間

病院に戻った私たちは、当然のごとく先生や看護師さんにひどく怒られた。
「自分の体の状況を分かっているのか」
「もし途中で倒れていたらどうするつもりだったんだ」
真っ青な顔で叱る母の隣で、私はただ俯いて、布団の中で右手をぎゅっと握りしめていた。
怒鳴り声も、心配する涙も、今の私には遠い国の出来事みたいに聞こえる。
それよりも、私の掌にはまだ、蒼汰のゴツゴツした指の感触が、火傷みたいに熱く残っていたから。
「……陽茉梨、これ。看護師さんに預かってろって言われた」
夜、面会時間の終わりにこっそり病室を訪ねてきた蒼汰が、小さなビニール袋を差し出した。
中には、あの駅ビルで撮ったプリクラが入っていた。
【 ずっと、一緒。 】
インクの匂いが残るそのシールを、私は震える左手で受け取る。
「……ありがとう、蒼汰。……怒られちゃったね、私たちのせいで」
「別にいいよ。……お前の笑顔が見れたから、お釣りが出るくらいだ」
蒼汰は私のベッドサイドに椅子を引き寄せ、腰を下ろした。
昨日の夜、あんなに泣いて、あんなに激しく想いをぶつけ合ったのに。
今は、驚くほど穏やかな空気が流れている。
「ねえ、蒼汰。……手、貸して」
私が左手を差し出すと、蒼汰は少し照れくさそうに、でも迷わずに自分の手を重ねた。
今度は「意地」なんて、どこにもない。
ただ、彼の体温が欲しくて、彼に私の「生きてる印」を伝えたくて。
「……不思議だね。昨日、あんなに動かなかった右手が、今は少しだけ動く気がするの」
「魔法だな。俺のパワー、分けてやったから」
「ふふ、何それ。……でも、本当に魔法かもね」
私たちは、ただ繋いだ手を見つめながら、他愛もない話をした。
学校の誰々が掃除をサボったとか、学食のメニューが変わったとか。
死の影がちらつくこの部屋で、蒼汰が運んできてくれる「普通」が、私にとっては世界で一番の贅沢だった。
「陽茉梨。……俺、毎日来るからな」
「……迷惑じゃない? 受験勉強とか、あるでしょ」
「お前に会うのが、俺の一番大事な勉強だよ。……お前が笑う練習、俺が付き合ってやる」
蒼汰が私の指先を、慈しむように優しく撫でる。
その指が、私の止まりかけた未来を、一歩ずつ手繰り寄せてくれているような気がした。
消灯のチャイムが鳴り、蒼汰が帰っていく。
一人になった暗い病室。
私は、蒼汰が触れていた右手を、自分の頬にそっと当てた。
冷たいはずの指先が、まだほんのりと温かい。
「……おやすみ、蒼汰。……大好きだよ」
その夜、私は久しぶりに、怖い夢を見なかった。
ひまわり畑に、黄色い雨が降る。
そんな、優しくて、少しだけ切ない夢を見た。