「私が必要なのは、ミリアだけです」
私を見つめてくる美しい瞳、彼はこのまなざしで何人の女を落としてきたのだろう。
そう思うと急激に心が冷えてくるのが分かった。
「レナード様って香水でもつけてるんですか、男性が女のように香水をつけるの私は好きではありません」
私は彼の嫌いなところを懸命に探すように言った。
私を惑わすような彼の甘い香りが嫌いだ。
「私は騎士なので香水などつけていませんよ」
レナード様が言い返してくる言葉に、私はハッとした。
確かにアーデン公爵家は騎士団を持っていて、彼はその騎士団の団長だった。
この惑わすようなクラクラする香りは彼のフェロモンというやつなのか、とんでもない男だ。
「弱小騎士団ですよね。出兵もしたことがないと伺っております。レナード様は、そんな騎士団の団長なのですね。私があなたを騎士だと分からない訳です」
私は自分の間違いを取り繕うように彼を非難した。
つくづく性格の悪い自分に、きっと彼は愛想をつかすだろうと確信する。
彼の機嫌を取り、常に笑顔で優しく接したいと思う令嬢が山ほどいるはずだ。
「ミリア⋯⋯あなたが拒否しても婚約は成立します」
急に鋭く私をみてくる碧色の瞳に身動きができなくなる。
私が彼を避けようと厳しい言葉をわざと向けていることに気がついたのだろうか。
彼を傷つけたくはないが、私には彼を突き放す義務がある。
私には4年間ずっと私を支えてくれた恋人サイラスがいる。
サイラスのことを放って、条件もよく素敵な婚約者が現れたからそちらにいくなどできるはずもない。
「婚約が成立したとしても、結婚まであと2年もあります。それまで、レナード様は女断ちできるかしら。きっと婚約は解消すると思いますよ」
私は強がりのように彼に言い放った。
一夫多妻制の帝国だけれど、私は公女だ。
婚約者になれば公女である私をないがしろにして、他の女と噂がたてば十分に婚約解消の理由になる。
これまで女の噂がなかったのは、彼が噂を鎮めるのが上手い出来る男のせいに違いない。
そうでなければ、あれほど頭がおかしくなくような口づけができるはずがない。
「もしかして、レナード様は男色ですか? 騎士には多いと聞きますし、アカデミー時代もよく男性に囲まれてましたよね」
私は絞り出すような声で彼を攻撃した。
ノーマルな男が男色だと言われれば怒るに違いない。
私は彼を突き放さなければならない、私にはずっと不安定な時期を支えてくれた恋人のサイラスがいる。
「アカデミーで、私ばかりがミリアを見てると思っていました。ミリアも私を見てくれていたのですね。すぐにまた会いにきます。愛しています、ミリア」
彼は私のおでこに軽く口づけをすると背を向けて去っていった。



