雪蘭は“視える”女であった。
幼いころから、
他の人には見えぬものを見、
聞こえぬ声を聞く。
幼少期にはそれが「神の巫女」と称えられたが、 
次第に「不吉なもの」と恐れられ、
彼女自身がその力を封じるようになった。
微笑を浮かべる時でさえ、
心の奥には氷の檻を抱えていた。

そんな雪蘭の孤独を、
まるで嗅ぎつけたかのように近づく女がいた。
主殿の儀礼や文を司る、
女官の最高位——**尚麗(しょうれい)**の地位に就く
璃月(りーゆえ)である。
上流の名家・姚家の娘として、
幼いころから宮中に仕え、
今や国主に最も近い女官の一人。
柔らかく微笑む唇の裏で、
蛇のように冷たい野心を隠していた。

「まあ、雪蘭殿。そんな薄衣ではお寒いでしょう。この国の冬は貴女の白蓮とは違うのですから。」
璃月は自らの肩掛けを差し出す。
下位の者が自らの着物を上位の者に差し出すなど、
本来ならばとんでもない非礼である。
それは優しさの仮面を被った、
見下しの仕草だった。