急いでいるせいか、普段と比べ大分早歩きになっているのも自覚している。
駅が見えてくると、足元を不安げに見つめている沙耶の姿が。
「沙耶……! 待たせたよな……悪い」
「あっ……大丈夫です!
待ってないと言えば嘘になりますが、ほんの数分のことですし。
誘ったのは私なので問題ありません。こちらこそ……遠くまで、すみません」
あ……そういえば……!
「そうだ……! なんで、ここに呼んだんだよ?」
僕の言葉に、ふっと表情を曇らせた沙耶。
「えっと……や、約束どおり、しっかりご説明いたします」
「ん。 てか、そんなにかしこまらなくてもいいよ。言いたくないなら言わなくて良いし」
緊張した面持ちの沙耶に向けて、素っ気なくそう言った。
なんか、調子狂うし……。
「はい。…………えぇっと、謝罪と、ご相談のためにお呼びしました」
「謝罪?」
「……二カ月前の十月に、私は、朔くんの意見を聞かず、
一方的な願いを申し上げました。すみません」
はは……確かに一方的だとは思っていたけど、
こう言われると“そんなことか”なんて思ってしまうから、不思議だ。
「大丈夫。なんとも思ってない」
そう告げると、沙耶はほぅっと息を吐いた。
「良かった……安心しました」
その声を聞き、彼女の台詞のうちの一つを思い出し、質問した。
「そういえば、相談って何のこと?」
「あっ……えっと」
一度口を噤んで、目を逸らして、少し俯いて……。
落ち着かないというように、様々な動作を繰り返した後、
意を決したふうにこちらをまっすぐ見つめた。
「お詫びといっては少し変ですが……クリスマス・イヴ、空いていますか?」
「空いてた、と、思う」
いきなりどうしたんだ……と、僕は目を細めた。
「良ければ、どこか、お出かけしませんか。」
「はぁ。良いけど…………なんで?」
「先日の償いのため、お出かけした際、楽しんで頂きたいと思ってのことです」
僕の正直な問いに、まっすぐ返した沙耶。
「……へぇ。そんなことしなくてもいいのに」
「でも、会いたいんです。こんなイベント事、そう無いですよ」
「最初からそう言えば良かったじゃん」
「あっ……お詫びしたいっていうのも、本当です。 嘘じゃないんです」
慌てて首を横に振った沙耶に、ふっと笑った。
「分かった。でも、一つ、意見を聞いてくれないか?」
「へっ……はい、もちろんです!」
猛烈な勢いで頷かれ、その用件を口に出す。
「もっと、距離を詰めてもらったほうが、恋人っぽく見えると思う」
「ふぇっ……あっ、えっと……その通りだと思い、ます……」
沙耶が、しどろもどろになりながら、
顔から湯気が出ているように見えるほど顔を赤くして言った。
いつも冷静な印象が多いから、ギャップだ……。
「わ、私は、具体的にどのような事を致せばよろしいのでございましょうか……!?」
戸惑いのせいか敬語が混ざり合って、沙耶の言葉がおかしな日本語へと変わった。
少し面白くて、ふはっと笑ってしまう。
なんなんですか……!と不満そうな沙耶に向けて、さり気なく言う。
「何かしようって訳じゃない。ただ、もっと軽いノリで話せないかと思っただけ」
「軽い、ノリ…………ど、努力します」
「べ……別に、変わらなくていい! 沙耶は、沙耶のままで、いい……」
なぜか、とっさに口からそんな言葉が溢れた。
「さっきのはその、気を遣って話してたら疲れるだろうって思っただけで、
全然、沙耶を否定したかったわけじゃないし……!」
柄にもなく、言い訳がましく早口になる自分に焦って、余計に慌ててしまう。
「沙耶に文句があったんじゃないから、素で話してほしいって意味だから……」
「わわ、分かりましたからーっ! 気にかけて頂いて、ありがとうございます。
じゃぁ、もっと自然体で話させてもらいますね?」
「あぁ。そうしてもらえると嬉しい」
そう応えたものの、沙耶の瞳がかすかに潤んでいることに目が行った。
数粒ずつ、白い頬を伝って落ちていく雫を見ながら、戸惑いを隠しきれずに言う。
「……沙耶、どうした? なんで泣いて……」
しまった、と感じた。 この場に居るのは僕だけ。 泣かせたのは自分のはず。
さっきの一連の会話以外に、発端になることはない。
「僕のせいだよな。何か無神経なこと言ったか? 悪い……」
「えぇ…………朔くんは、悪くありません……! ただ、ちょっとだけ、嬉しくて……」
「嬉しくて……?」
驚きのあまり、おうむ返ししてしまう。
それを気に留めず、沙耶は話し始めてくれた。
「はい……私に、自然でいいなんて言ってくれた方、今までいませんでしたし……
普段、友達の前でも、確かに自然……な、はずだったんです。
でも、先入観を持たれてる中で、変わっていった内面を知られるのは怖くって、
ずぅっと……知らず知らずのうちに造ってしまってたんです、“他の自分”を」
「そういうの」
沙耶が話を終わらせたタイミングで、口を開く。
「よくあるかもしれないな」
「……はいっ……」
ふっと微笑んだ。 感極まったように頷いた沙耶も、笑っていた。
「また、メールで連絡します。見て頂けると幸いです」
「そーいうの、もっと軽くて思うけど」
「……じゃあ、見て……ください」
タメ口なんて無理です……と首を横に振った沙耶。
「それでいいよ。もっと慣れろよ」
「はい、精進します……じゃなくて、頑張ります!!」
よそよそしいものから、少し親しげになった沙耶の言葉。
他の女子であれば嫌悪感を抱くのに、沙耶がそうなることは、とても幸せだった。


