プラネタリウムの中は映画館の様になっていた。

 入っていくと満点の星空の下は暗くて静かで、恋はなんとなく音楽会のホールを思った。


「あれがアルタイル、ペガ。」


 天井に瞬く夏の大三角を指しながら、美風が言った。


「知ってる?。新田さん。星座の話。」


 それから、


「御者座って聞くと僕は馬車の御者が出てくる子供の頃読んだ童話を必ず思い出すんだ。なんで御者だけそうなんだろうね。」

「……。」

「小さい頃読んだ童話って忘れられなくて。たまに夢で見るんだ。親がしてくれた昔話とか伝承とか。」


 恋が黙っていると美風はふいに目を落として、恋の頬にチュ、とキスをした。


「樋山くん……」

「癪。上野は隣の家でいつでも、新田さんにこういう風にキスしたりできるって思うと。」


 それから、


「ああ、この小さな空間が、僕たちのすべてだったらな。空には星が瞬いて、キミと2人で。この時間が終わらなかったら良いのに。」

 と言ってため息を付いた。


「イミテーションの空だね。」

「えっ?」


 恋が言うと美風が聞き返した。
 

「だから、プラネタリウムってイミテーションの空なんだよねって」 

「ああ、確かに。そうだね、本物とは違うけど。空って……新田さん、やっぱ本物の方が良い?」

「ううん、これはこれで楽しい。」

「良かった。キミが気に入ってくれて。もう僕は、キミが喜ぶことだけするって決めてるんだ。誓って、悲しむ様な真似はさせない。この作り物の空みたいな、面白い物を、一生新田さんと追い続ける。」


 そう言って美風はプラネタリウムを見あげた。


「あれがかみ座。あれがこと座。……ねえ新田さん、もし上野が100万回僕からキミを盗ったら、」


 美風が言った。


「そう感じる事多いけど。今日も脅さないとキミは来てくれなかったし。そう考えると切ないけど。」


 言葉を切ってから、美風は続けた。


「100万回盗られても、100万回、取り返すって約束するよ。」


 美風は今度は恋の唇にキスをした。
 長いキスだった。


 恋の膝の上で、ケータイが、宗介からの着信を示して光っていた。