「あやかしの狐ってバレバレじゃんか。ほんっと、不注意なんだから!」


 家に帰って狐の恋を腕から下ろした宗介は、開口一番そう言うと、恋に説教を始めた。


「大体、狐なんて都会じゃ珍しい動物が歩いてたら目立つに決まってる!。猫じゃないんだから狐なんて滅多に居ないし。狐が魚屋の前にたむろしてたら誰でもおかしいと思うだろ。馬鹿かよ。そういうの、なんで分からないんだよ。」

「だって」

「だってじゃない。それに、どうせまたあのゆっくりした歩き方でとてとて歩いてたに決まってるんだから。いつも言うけどせめて走れよ。走ってたら子猫位には見間違えるから。」


 宗介は文句を言いながらキッチンに入ると、さっきついでに件の魚屋で買ったマグロの切り身を出して、包丁で薄く切り始めた。


「お前は自分があやかしだってことを自覚しろよ。あやかしだって人に知れたら、この町に住めなくなる。あやかしは珍しいの。人に知れたら大騒ぎになるだろ。」

「……」

「餌をくれるのをおとなしく待ってる狐なんて、どう考えても普通は居ないよ。僕が心配してるの分からないの?。たまたま魚屋の前で変身が解けたりしたらどうするんだよ。そう思うと肝が冷える。まったくどうしようもないね。」


 宗介は涼しい透明な皿に刺身を乗せると、恋に食べさせるためにお盆に小出しの醤油を載せてリビングのテーブルに持って来た。

 
 刺身用の醤油はいい匂いがする。
 宗介のマグロの切り方は丁寧で均一だった。
 恋は宗介の家に置いてある自分専用の箸を取って、刺身を食べ始めた。


「魚は買う。人の姿で。タダで貰おうとしない。ったく。……そういえば、話は変わるけど、学校の図書室の本、恋返してないだろ。」


 恋が刺身を食べるのを見ながら、宗介が言った。


「委員会でクラスの図書カード整理してた時見た。半年間借りっぱなし。まさかとは思うけどなくしたんじゃないだろうね。」

「それは……」

「ちゃんと探せよ。植物の図鑑なんて。わざわざ借りなくても家にも持ってるだろ。どうして学校なんかで借りたんだよ?」

「たまたま何かで借りて、どこに行ったか分からなくなっちゃったんだ。ごめん宗介。」

「まったくもう。今日はこれから恋の家で図鑑探し。見つかるまで休憩なし。あんなに目立つ本をなくすなんて。本当にお前はしょうがないんだから。」


 恋は無心でおいしい刺身を食べた。