ある日のこと。

 恋は、子狐の姿で商店街へ来ていた。

 通りを行く人々は、足元の狐に目を留めて、あれやこれやと噂していたが、しかし恋は気にも留めない。


 とてとてと動物のゆっくりした足取り歩く恋はなるほどかなり目立つはずだった。
 お母さんが押すベビーカーに乗った小さな男の子が恋を見て「ふにゃ」と指さした。

 恋が向かったのは、魚屋だった。

 青魚に赤魚、しゃけに鯖にマグロなど、色々な魚が並べられている。
 商品はどれも新鮮で、匂いはほとんどしなかった。

 魚屋の前まで来ると、恋は、立ち止まって座り込んだ。

 ここの店主は、気の良いおじさんで、商品にならなくなった魚いつも裏の野良猫に分けてやるのである。

 恋が狙っていたのはその魚だった。

 恋は、店の入口に座ったまま、前足で顔を掻いた。



 
 と、そこへ通りすがったのは宗介だった。

 宗介は眼鏡屋に眼鏡を取りに行った帰りに、魚屋の前に居る恋にでくわしたのである。

 イラっと来た宗介は、後ろからそっと恋に近づいていって、突然ふわりと恋を抱き上げた。


「何してんの?。恋。」


 怒り笑いで囁かれた言葉に、弱りきった恋はキューンと鳴きながら、宗介の腕の中でじたばたした。