昇降口に入って外履きを替えながら、恋は、続く廊下の雰囲気がおかしい事に気付いた。

 女の子たちの一団がなぜかみんなヒソヒソと小声で囁き合って、こっちを睨んでいる。

 よく聞こうとしてみると、あからさまに眉をひそめて悪口めいた事を言っている人も居た。

 恋が不審に思いながら廊下を歩いていると、向こうから走ってやってきた理央が、恋を呼んだ。



「恋!」

「理央、おはよう」

「ねえ、恋、まずいって。来て来て。やっぱりだよ。」



 理央はすぐに恋を廊下の掲示板に引っ張っていった。

 掲示板には、学校のお知らせに混ざって、新しい壁新聞が貼られていた。


「これ。見て。」


 理央の指した先を見ると────。


『西中新聞部報道』

 青春には、いつでも甘酸っぱい1ページがつきものだ。
 西中新聞部は、現在、引き続き体育祭で人気大爆発だった1年の二人三脚のイケメンペアに密着取材している。
 上野宗介(右)と樋山美風。
 この二人、新田恋(左)を取り合ってるのが超有名。
 今回、西中新聞部はデート現場の激写に成功した。
 後ろ姿ながら、手を繋いで、仲睦まじいショット。
 場所は伏せるが、某大型ショッピングモールでのデートだ。
 この件に関して、新聞部は三角関係のもう片方=樋山美風に緊急取材を行った。
 樋山くんは渋々ながら取材に応じてくれた。


Q.二人のデートについてどう思われますか?
A.(怒り笑いで)忌々しい。何で僕に聞くんですか。酷い。嫌です。言うと。報道もデートも。取材やめてください。迷惑です。

Q.三角関係だそうですけど新田さんの事をどう思ってますか?
A.(考え顔で)これ新田さんも見るんでしょう?。好きです。大好きです。上野なんかやめて早く僕って言って欲しい。僕の方が上野よりもっと好きだ。あ、これは報道許可します。

Q.三角関係についてどう思われますか?
A.これ新田さんも見ますよね?。(考え顔で)僕と半分約束してるのに、上野に靡くなんて酷いと思ってます。上野には浮気で、本気じゃないって言って欲しい。僕待ってるから。(ちょっと考えて)っていうか、新田さんは、既に僕の彼女なんで。本当は。上野と騒がれてるだけで。(笑顔で)あ、これ報道してください。

 うーん、これはびっくり!。
 樋山美風によれば、既に新田恋は樋山くんの恋人だという。
 新田恋と上野宗介は熱々でデートしていたが?。それは?
 西中新聞部は声を大にして言う。
 それでは二股ではないか!。
 二股は悪い事です。重罪です。
 知っての通り、新聞部はこういうネタが大好き☆。
 結論、新田恋は悪い女だ。





「ね?。あちゃあでしょう。」


 呆然としている恋に、理央が言った。


「みんな恋が酷い奴だって騒いでる。樋山くんが嘘つくから。っていうか、これ本当は嘘だよね?恋。」

 
 理央まで不安げにそう聞くので、恋はおろおろしだした。



「恋!」


 と、後ろから、遅れてやって来た宗介が現れた。

 理央が指すと、宗介は壁新聞を見て鞄を背負ったまま腕組みをした。


「この間の写真が使われてる。新聞部の奴ら、まるでストーカーだ。後ろ姿だけどはっきり僕と恋って分かるし。いつ撮られたんだろう。」


 宗介が呟いた。



「悪い女だって。恋、お前がどっちつかずだからこういう風になるの。普段から気をつけないから。よくよく反省しなね。」

「どっちつかずも何も……」



 恋が反論しようとした所で、また後ろから今度は美風が現れた。


「おはよう。新田さん、新聞見た?」


 ニコッと笑いながら美風が聞いた。



「面倒な事になったでしょう。新田さんが悪いんだよ。上野とさっさと別れないから。もう少し早く気づくんだったね。」

「樋山。」



 宗介が嫌な顔をした。


「適当言ってんじゃねーよ。恋は僕の恋人。お前のじゃない。恋が女子たちに何か言われるようになったらお前のせいだぞ。どうしてくれるんだよ。迷惑なんだよ、お前。」


 美風はつまらなそうに宗介を見やった。


「そういうつもりで言った訳じゃないけど、僕を振ったのは事実だし。」


 美風が言った。



「少し困って貰わなきゃ。新田さん、良い?。早く上野と別れないと、二股って言われるよ。新田さんは悪女呼ばわりされてるけど事実っちゃ事実だしね。僕を袖にしてる時点でそうだ。新聞も時々は役に立つな。」

「なんでこんな嘘つくの?」



 恋が困った顔で聞いた。


「さあ」


 美風が笑った。



「やっぱ悔しいから、これを機会に上野とちゃんと別れて貰おうと思って。それで僕と付き合う。それなら許せる。」

「冗談じゃない。樋山が言ってるだけ。僕は別れない。」

「新田さん、それはズルだよ。二股かけて、上野にも僕にも好かれようとするなんて。ルール違反だ。僕はいっそそれなら新田さんを嫌いになる。」


 困り果てた顔している恋に、朝のホームルームを告げるチャイムが鳴った。