「角山さん、好きな人できたんだってー!」
「えーだれだれ〜、うちのクラスー?」
「それがねー、内緒だって。恥ずかしいからってさ」
「えー そっかー」
小うるさい話し声の合間、この世で最も大切な相手の名前に触れた。
―――は?
…………ちはる……に……好きな、相手……が…………?
もう何百回も見た、筆記体の角山の文字。
だから ためらいもなく、千春の部屋の扉を引いた。
「千春……っ!!好きな人が、できたって聞いて…………」
まんまるに見開かれた瞳の周り、綺麗な頬が 赤く染まった。
「えっ……、えっと…………」
「千春…………ほんと……なの……?」
こくりと頷く可愛らしい仕草でさえも、この事を肯定するにはふさわしかったと思う。
「…………うん……そうなの……っ!」
「えーっ…………ホントなんだ……!」
驚きと少しのショックが入り混じる。
私が、一番に知りたかったな……。
「うん、本当…………隠しててごめんね、言う機会がなくって」
恥ずかしそうに俯く千春に、好奇心が かき立てられた。
「誰……っ?誰にも言わないから、教えてくれない?」
言ってから、ふと思い出した。
『それがねー、内緒だって。恥ずかしいからってさ』
「ごめん、嫌だったらいいから!」
慌ててつけ足す。
それでも首を横に振り、ためらいがちに口を開いた千春。
「ううん、大事な幼馴染だもん。嫌じゃないよっ!」
千春から“大事な幼馴染”と告げられるのは、
いつも嬉しくて、少しこそばゆいのだけど……喜ぶ間もなく続けられた名前。
……あのね…………えっと……、穀野くん。穀野、遊星くん」
「穀野くん……って、確か千春のクラスだよね」
「そう。すっごくカッコいいんだよっ……!あのね、運動神経バツグンで、勉強も頑張ってて」
すごく明るくて、嬉しそうな声、笑顔。
そっ……か……。
千春も女子中学生。恋の一つや二つ、して当然で…………
それなのに淋しいなんて思った私は、どれだけ心が狭いんだろう。
ねぇ千春……私、なんていえばいいかな? たとえ嘘でも、私はこう言うしかできないの。
ごめんね、千春。
「千春、頑張ってね……っ! 私……千春の恋、応援…………する、から」
ぎこちないエールなんて気にも留めずふんわりと笑う千春に
なんて言ったかも覚えていないまま、気がついたら朝を迎えていた。
「おはよう零夏っ!一緒に行くの久しぶりだね〜っ」
幸いにも千春は、私の動揺には気づかず笑顔で駆け出していく。
「待ってよ、千春〜!」
作り笑いでもなんでもいい。千春に気がつかれなければ、なんでも。
「あ゙っ……ごめん、今日先生に雑用 頼まれてたんだったっ!先行ってて、零夏」
「うん、いいよ」
千春と離れると、私の足は自然と、例の“穀野くん”のいる教室へと向かっていった。
「遊星っ!」
綺麗なソプラノボイスが、その名前を呼んだ。
その矛先は、オレンジ髪の明るそうな男子。
こいつが“穀野 遊星”……。
……って、あれ……。
この女は誰……?
まさか、恋人…………
「なんだよ、美奈?」
「あのねあのね、超かわいいカフェがあったのーっ!また今度デートで行かないっ?」
甘えるような声。
すり寄っていく女。
それを受け入れる“穀野”。
いくら私でも分かった。
―――この男、彼女持ちじゃん…………。
どうすればいいんだろう。
千春に伝えた方がいいの?
でも、きっと千春はショックを受ける。
…………千春を悲しませるなんて、私には無理……。
「あれ、零夏どーしたのーっ?」
ポンと背中を叩かれ、肩が跳ねる。
「ひゃぁっ……びっくりするじゃん、もう……」
教室を見ると、あの女子は彼から離れている。
昔から驚くほどタイミングがいいんだよなぁ、千春って……。
「じゃ、また明日ー!」
手を振って自分の教室に入る。
ほんと私、どうすれば……助けて誰か…………親友の恋を守るか、夢から醒めさせるか……。
その二択ならば、結局私は、“親友の恋を守る”ことになるんだ。



