「…おい、大丈夫か」


低く、はっきりとした声が耳に届いた。


潮風の匂いに混じって、油と鉄の匂いが鼻をかすめた。


見知らぬはずなのに、なぜか心の奥でざわめきが広がる。


「びしょびしょで砂まみれじゃん…」


彼は私の傍らに膝をつき、濡れた髪を払いながら顔を覗き込む。


その手は驚くほど温かかった。


何か言おうと唇を動かした瞬間、胸の奥から咳が込み上げてきて、海水を吐き出す。


その背中を支え、呼吸が落ち着くまでじっと待ってくれていた。


「よし、もう大丈夫だ。立てるか?」


「…はい…わっ!」


彼の肩につかまって、立とうとするけど、うまく力が入らずよろけてしまった。


「っと…大丈夫じゃなそうだね」


そういうと彼は躊躇なく私を抱き上げた。


突然のことに驚いて腕に力が入るが、その胸板の硬さと歩みの安定感に、次第に意識がまた遠のいていった。