「きったな!え、かえっていい?」

プール掃除を始めようと真っ先にプールサイドに向かった柚音が足を止める。

彼女の後ろから私も顔を出すと、プールの壁や底は想像以上に汚かった。

「ご褒美のアイスがなくなるけどいい?」

プールサイドのベンチに腰かけてスマホのカメラをこちらに向けてスマホを操作しながら、アイスを食べている先生が柚音に声を飛ばす。

「あーそれはやめてー!先生、終わったらダーゲンハッツ買ってください!あとスマホを触るのもやめてください!労働者に対して非常に失礼です!」

「おごってもらう身分でぜいたくな奴だな。でも先生、スマホを触るのはよくないですよ!」

いつの間にかプールに入っていた遥樹くんが排水溝の汚れをスポンジで取りながら柚音に突っ込み、先生にも文句を言う。

「えー、こんな灼熱の中で先生はのんびりアイスでしょー!ダーゲンハッツないとやる気でないってー」

「おごってもらうんだからせめてカリカリ君とか安いやつの方がいいだろ。遠慮なさすぎ」

「えー、カリカリ君なんて最低賃金大きく下回ってるし。せめてダーゲンハッツね」

「最低賃金高すぎ。」

柚音と遥樹くんがじゃれ合いながらプール掃除しているのを私はデッキブラシでプールの底をこすりながらじっと見つめていた。

彼女たちに背を向けてガシガシとデッキブラシをプールの底にこすりつけていると、突然背中に冷たい感覚を感じた。

反射的に振り向くと、そこにはいたずらっ子のような笑みを浮かべた柚音が水が出ている青いホースをにぎって立っていた。

「うわ、冷たっ!」

思わず声を上げて、私はホースの水を避けようと跳ねる。

しかし跳ねた先でも柚音は容赦なく水をかけてくる。

「いやっふー!」

「待てコラー!!」

私がデッキブラシを握ったまま柚音を追い回すと、ホースを持ったまま、柚音はくるくると回って逃げる。

水しぶきが太陽の光に反射して、キラキラと虹色に輝いていた。

「うわ、かかった。やめろー!!」

遥樹くんが排水溝のスポンジを片手に、呆れたようにそう叫ぶ。

でも、その口元はちょっと笑っている。それに普段のあのぶっきらぼうな口調ではなく、心から楽しんでいるような砕けた口調だ。

「やめないよーん!先生にも、やー!」

柚音の言葉に、私は思わず先生の方を見る。

当の本人は、アイスを完食して、私たちの方にスマホのカメラを向けてにやにやしていた。

「先生に水をかけたら理科の成績を0にするからな」

画面から目を離さずに、半笑いで先生が柚音を脅す。脅された柚音は「それはご勘弁!すみませんー」とホースを下ろして今度は私たちに水をかけだした。

「こらー、今すぐやめろ!」

「やだー!」

私はすでに柚音に大量の水をかけられてしまっているので、逃げることもせずに水を受ける。

制服は水を吸ってずっしりと重くなっているけど、どこまでも行けてしまいそうなほど心は軽い。

「よこせー!」

遥樹くんが柚音の手からホースを奪い取る。そして何の躊躇(ためら)いもなく柚音に水をかける。

「やり返しだー!」

「やめてよー!」

いよいよ私はデッキブラシをプールサイドに置いて空を見上げた。雲一つない青い空に、水しぶきが虹を描いている。

遥樹くんが降らせた夕立に濡れながら、私はポニーテールをほどいて眩しい夏の光に手をかざした。