(つぎ)()、わたしは、目覚(めざ)まし時計(どけい)がなるより(さき)()(さま)ました。
 いそいで(あさ)(はん)()べて、会社(かいしゃ)()くお(とお)さんより(さき)(いえ)()ると、バレエ教室(きょうしつ)にいそいだ。
 ルイくんには、(かぎ)()いているから、(だれ)にも(こえ)をかけずに(なか)まで(はい)って(きて)てって()われている。
 だから(こころ)(なか)で『おじゃまします』を()って、教室(きょうしつ)(なか)(はい)っていく。

 ドアの(まえ)()つと、〝ダンッ〟〝ダンッ〟〝ダンッ〟ていう、力強(ちからづよ)(おと)()こえてきた。

 きっと、ルイくんが、練習(れんしゅう)しているんだ。
 そう(おも)って、ドアを()けると、(なか)(おど)っていたのは、ルイくんじゃなく、サラちゃんだった。
 朝日(あさひ)()しこむフロアで、サラちゃんは、けんめいにステップやジャンプをくり(かえ)す。
 サラちゃんのジャンプは、ルイくんほど軽やかじゃなくて、どこかもがいているみたいに見えた。
 だからこそ、(あせ)だくになって、(おな)(うご)きをくり(かえ)すサラちゃんの姿(すがた)に、(むね)がいっぱいになる。
 クラスの人気者(にんきもの)で、舞台(ぶたい)(うえ)でもキラキラしているサラちゃんも、みんなの()らないところで、こんなに努力(どりょく)していたんだ。

「コトちゃん」

 (かがみ)自分(じぶん)(うご)きを確認(かくにん)していたサラちゃんが、わたしに気づいてビックリ(がお)でふり(かえ)った。

「サラちゃん、おはよう」

 わたしは、教室(きょうしつ)(なか)(はい)った。

「どうしてここに?」

「ルイくんに()ばれたの」

「ルイに?」

 サラちゃんが、むずかしい(かお)をする。
 今日(きょう)、わたしが()ること、ルイくんから()かされてなかったみたい。
 ルイくんに()せたいものがあるって()われたけど、それは、サラちゃんのこのがんばりだったんだ。
 だから、わたしはまず(おも)ったことを言葉(ことば)にする。

「サラちゃん、毎日(まいにち)学校(がっこう)()(まえ)もこんなに練習(れんしゅう)しているんだよね。すごいなって(おも)う。……だから、あこがれるだけで、バレエをはじめないわたしに(おこ)ったんだよね」

 さっきの、しんけんなサラちゃんの姿(すがた)()て、そう(おも)った。
 毎日(まいにち)一生懸命(いっしょうけんめい)練習(れんしゅう)しているからこそ、わたしに(はら)()ててとうぜんだよ。
 そう(おも)ったのに、サラちゃんは(くび)(おお)きく(よこ)にふる。

「ちがう。昨日(きのう)のあれは、(わたし)が悪いの。わたしが、コトちゃんに嫉妬(しっと)して、意地悪(いじわる)()っちゃっただけなの」

 そう(はな)したサラちゃんは、()きそうな(かお)で「ごめんね」って、あやまってくれた。
 でも、わたしには全然(ぜんぜん)、サラちゃんの気持(きも)ちがわからない。

「わたしに嫉妬(ルビ)? サラちゃんが?」

 サラちゃんは、クラスの人気者(にんきもの)でバレエがうまくて、努力家(どりょくか)で……わたしなんかより、ずっとすごい()なのに。

「うん。この(あいだ)、コトちゃんのジャンプを()て、コトちゃんがバレエをはじめたら、すぐにうまくなってわかったから。……そしたらきっと、(わたし)なんてすぐに()いこされちゃう。そう(おも)ったら、(くや)しくなったの。イヤなこと()って、ホントにごめんね」

 サラちゃんがそう()って、頭を下げると、わたしの後ろから声がした。

「サラ、ちゃんと()えたじゃん」

 ふり()くと、いつの()にか、ルイくんが()っていた。

「ルイくん」

 (おどろ)(わたし)にかまうことなく中に入ってきたルイくんは、(わたし)とサラちゃんの(あいだ)()って()う。

「サラは、昨日(きのう)、コトちゃんに意地悪(いじわる)()ったこと自分(じぶん)でもわかっていて、ずっと反省(はんせい)していたんだ。だから(ゆる)してあげてほしいな」

 そう(はな)すルイくんは、なんだか、いとこというより、サラちゃんのお(にい)さんみたい。

「もちろんだよ。わたしは、わたしが(わる)くて、サラちゃんに嫌われたと(おも)って、(かな)しかっただけなんだもん」

 サラちゃんに嫌われてないって、わかったならそれでいい。

「コトちゃん……」

 わたしの言葉(ことば)に、サラちゃんが(なき)きべそをかく。
 それだけで、わたしはじゅうぶんだ。

「また、(いま)までどおりに(なか)よくしてね」

 そう()って、わたしはサラちゃんの()をにぎった。

「ありがとう」

 サラちゃんとわたしが、仲直(なかなお)りの握手(あくしゅ)をしていると、ルイくんが()う。

「だいたい、サラはバレエが大好きで、自分よりうまい子が現れたって、あきらめたりできないだろ。それなら、人と比べて落ち込んでもしょうがないだろ」

 ルイくんのその言葉(ことば)に、わたしはドキッとした。
 それはサラちゃんにむけた言葉(ことば)だけど、今からバレエをはじめても……て、最初(さいしょ)一歩(いっぽ)()()せないでいるわたしにも()てはまる。
 そうか、わたしはわたしにしかなれないんだから、もっと(はや)くにバレエをはじめた()(くら)べてもしょうがないよね。

「サラちゃん、わたしもやっぱりバレエが()き。お(とおう)さんに、もう一度(いちど)(ねが)いしてみる。だからいつか、一緒(いっしょ)舞台(ぶたい)()とうね」

 わたしの言葉(ことば)に、まだまつげを(なみだ)()らしているサラちゃんが笑顔(えがお)()せた。

「うん。コトちゃん、約束(やくそく)だよ」

「その(とき)は、オレもいっしょだから」

 サラちゃんとルイくんの言葉(ことば)背中(せなか)()されて、わたしは、もうぜったいにあきらめないって覚悟(かくご)()めた。