発表会が終わると、私はドキドキした気持ちのまま、舞台裏に行った。
「あ、コトちゃん」
私に気づいたサラちゃんが、大きく手をふってくれる。
メイクや衣装は舞台で踊っていた時のままなのに、今のサラちゃんは、わたしのよくしっているいつものサラちゃんだ。
サラちゃんの隣にいるルイくんも、それは同じ。
もうキラキラの魔法はとけたみたい。
「ふたりとも、すごくすてきだった」
素直な感想といっしょに花束を渡すと、サラちゃんもルイくんもすごくよろこんでくれた。
「わぁぁ、かわいい。コトちゃん、ありがとう」
「え、オレの分もあるの? ありがとう」
サラちゃんとルイくんが、口々にお礼を言っていると、大人の女の人がふたり、話しかけてきた。
「あら、ふたりのお客様」
「まぁ、すてきな花束。ありがとう」
そう話す女の人は、ひとりは長い髪を片方の肩から流していて、もうひとりの女の人は、肩までのショートボブ。
服装も、髪の長い女の人は、袖がゆったりしたブラウスにロングスカートを合わせていて上品そうだけど、ショートボブの女の人は、Tシャツにズボンと、動きやすそうな服装をしている。
全然違う雰囲気なのに、どこか似ているように見えるのは、どうしてなんだろう?
それが不思議でふたりを見比べていたら、ルイくんが、その種明かしをしてくれた。
「オレとサラのお母さんだよ」
「あ、そうか」
ルイくんとサラちゃんのお母さんは、姉妹なんだよね。
「髪の短い方が私のお母さんで、髪の長い方がルイのお母さん」
サラちゃんが教えてくれた。
「はじめまして。サラちゃんと同じクラスの青葉琴実です」
ペコリとおじぎをする私顔を、サラちゃんのお母さんが真剣な顔で見つめてくる。
なんだろう?
なにか変なこと言っちゃたかな?
わたしがドキドキしていると、ルイくんお母さんが、サラちゃんお母さんの袖をきく。
「ちょっと、失礼よ」
そう言われて、サラちゃんお母さんがハッとする。
「ごめんなさい。青葉さんに、どこかであった気がして」
サラちゃんお母さんは、そう言って頭をかいた。
それでもまだわたしの顔をジッと見て、なにかを思い出そうとしている。
「コトちゃんは、最近引っ越してきたばっかりなんだから、気のせいじゃない?」
サラちゃんはそう言うと、わたしの手をにぎった。
「そんなことよりコトちゃん、舞台を見に行こ。今なら片づけのジャマをしなきゃ、入ってもおこられないから」
サラちゃんが、手をつないだまま歩き出すから、私もそれについていく。
ルイくんも、それについてきてくれた。
「サラちゃんとルイくんのお母さん、やっぱりにているね」
廊下を歩きながら、わたしはさっき思ったことをそのまま言葉にした。
「そうかな?」
「毎日、どっちも見ているし、自分たちの親だからね」
サラちゃんとルイくんが言う。
いっしょに生活していると、わたしとは感じ方がちがうみたい。
「コトちゃんのお母さんは、どんな人なの?」
サラちゃんの質問に、わたしは、できるだけ明るい声で答える。
「ウチは、お母さんがいないんだ」
「え? ごめん」
サラちゃんが、おどろいた顔をした後であやまる。
「そんなの、ふつうの質問だから。あやまるようなことじゃないよ」
ただ、お母さんがいないのを〝かわいそう〟って、思われるのはちょっとイヤ。
だって、お母さんはいないけど、お父さんとおばあちゃんがいてくれるから、わたしは全然かわいそうじゃないんだもん。
「わたしがすごく小さい時に、お父さんとお母さんが離婚したから、お母さんのことは覚えてないの。お父さんは、わたしがもう少し大きくなったら、お母さんのことを話してくれるって言ってる」
そんなことを話しながら廊下をすすんで行くと、舞台袖にたどり着いた。
客席から見ている時はよくわからなかったけど、舞台はわたしが思っているよりずっと奥行きがある。
天井はすごく高くて、小さなホコリが舞っていてるのが見えた。
それをライトがてらして、キラキラ光っていている。
「わ~すごい。舞台の上にはまださっきの魔法がのこっているみたい」
わたしがポカンと口を開けて天井を見上げていると、ルイくんがクスクス笑う。
「コトちゃんは、おもしろいことを言うね」
「だって、さっきふたりが踊っているのを見た時、ホントに魔法がかかっているみたいだって思ったんだよ」
「たしかに魔法かも。舞台の上では、わたしもルイも、いろんな人になれるんだもん」
そう言ってサラちゃんは、クルクル回転しながら舞台に出て行って、そのまま大きくジャンプをする。
ピンッと足をのばして着地するグランジュッテだ。
ルイくんより短い距離のジャンプだけど、それでもやっぱりすごい。
着地でぐらつく体を、どうにか立て直して、サラちゃんがわたしたちをふり返る。
「すご~い」
わたしがパチパチ拍手をしていると、サラちゃんがクルリとふり返って手をふる。
「コトちゃんも、やってみなよ」
「え~ぇっ! わたしにはムリだよ」
「ムリじゃないよ。踊りたいって思う子はみんな、心の中に小さなバレリーナがいる証拠なんだから」
サラちゃんは、そう言って、舞台の上でまたジャンプをする。
「でも……」
わたしはバレエなんてしたことないから、そんなのムリだよ。……そう言いかけて、わたしは言葉をのみこんだ。
しっぱいしてもいいから、わたしも飛んでみたい。
さっきのドキドキが胸にのこっていて、ジッとしていられない気持ちになって、わたしは、まずはその場でクルリと回転してみた。
今日のわたしは、ワンピースにスパッツを合わせていて、動きに合わせてスカートの裾がふわりと広がる。
それだけで、胸がドキドキして、わたしにもサラちゃんみたいなジャンプができるんじゃないかなって思えた。
「よし」
わたしはそのまま、舞台に飛び出す。
さっきのサラちゃんをマネして、スカートの裾をひるがえしながらクルクルと回転して、床を蹴って大きくジャンプ……。
したつもりだったんだけど、みじかい距離のジャンプで着地しちゃった。
そして着地した足を軸にして、クルリと回転する。
ちょっとバレリーナになった気分。
「やっぱり、サラちゃんみたいには飛べないよね」
テレてほっぺたをかきながらサラちゃんを見ると、サラちゃんがビックリした顔でわたしを見ていた。
「サラちゃん、どうかした?」
わたしに声をかけられて、サラちゃんがハッとする。
「あ……うん、えっと……」
「今のジャンプ、ふつうにすごくないか?」
うまく話せずにいるサラちゃんにかわって、駆けよってきたルイくんが声をはずませる。
「すごい? どこが? さっきのジャンプ、全然ダメダメだったよね」
短いジャンプだったし、サラちゃんやルイくんみたいに、ピンと足を伸ばせてない。
「でも、体の軸がしっかりして、着地も、その後の回転も、全然体がブレてなかった。それに、踏みこむ時の足の関節がやわらかくて、動きがしなやかだったよ」
ルイくんは、早口に私のジャンプをほめて、サラちゃんを見た。
「サラも、そう思うだろ?」
「うん。すごかった。でも、全然飛べてなかったけどね」
ルイくんに声をかけられたサラちゃんは、そうからかってくる。
「えへへ」
ホントに、そのとおり。
わたしは、テレてほっぺたをかく。
「でもサラよりずっと、バランス感覚があるよ。サラは着地の時、よく体がグラつかせているもんな」
ルイくんは、サラちゃんに確認するみたいに、「なっ」て、声をかけるけどサラちゃんはそっぽをむいて答えない。
いとこで仲がいいからか、ルイくんは、無視されたことを全然気にしていないみたい。すぐにわたしに向き直る。
「やっぱり、今からでもバレエをはじめればいいのに。コトちゃん、きっと上手になるよ」
ルイくんがなにげなく言った言葉に、わたしは、自分の背中を押されたような気がした。
「あ、コトちゃん」
私に気づいたサラちゃんが、大きく手をふってくれる。
メイクや衣装は舞台で踊っていた時のままなのに、今のサラちゃんは、わたしのよくしっているいつものサラちゃんだ。
サラちゃんの隣にいるルイくんも、それは同じ。
もうキラキラの魔法はとけたみたい。
「ふたりとも、すごくすてきだった」
素直な感想といっしょに花束を渡すと、サラちゃんもルイくんもすごくよろこんでくれた。
「わぁぁ、かわいい。コトちゃん、ありがとう」
「え、オレの分もあるの? ありがとう」
サラちゃんとルイくんが、口々にお礼を言っていると、大人の女の人がふたり、話しかけてきた。
「あら、ふたりのお客様」
「まぁ、すてきな花束。ありがとう」
そう話す女の人は、ひとりは長い髪を片方の肩から流していて、もうひとりの女の人は、肩までのショートボブ。
服装も、髪の長い女の人は、袖がゆったりしたブラウスにロングスカートを合わせていて上品そうだけど、ショートボブの女の人は、Tシャツにズボンと、動きやすそうな服装をしている。
全然違う雰囲気なのに、どこか似ているように見えるのは、どうしてなんだろう?
それが不思議でふたりを見比べていたら、ルイくんが、その種明かしをしてくれた。
「オレとサラのお母さんだよ」
「あ、そうか」
ルイくんとサラちゃんのお母さんは、姉妹なんだよね。
「髪の短い方が私のお母さんで、髪の長い方がルイのお母さん」
サラちゃんが教えてくれた。
「はじめまして。サラちゃんと同じクラスの青葉琴実です」
ペコリとおじぎをする私顔を、サラちゃんのお母さんが真剣な顔で見つめてくる。
なんだろう?
なにか変なこと言っちゃたかな?
わたしがドキドキしていると、ルイくんお母さんが、サラちゃんお母さんの袖をきく。
「ちょっと、失礼よ」
そう言われて、サラちゃんお母さんがハッとする。
「ごめんなさい。青葉さんに、どこかであった気がして」
サラちゃんお母さんは、そう言って頭をかいた。
それでもまだわたしの顔をジッと見て、なにかを思い出そうとしている。
「コトちゃんは、最近引っ越してきたばっかりなんだから、気のせいじゃない?」
サラちゃんはそう言うと、わたしの手をにぎった。
「そんなことよりコトちゃん、舞台を見に行こ。今なら片づけのジャマをしなきゃ、入ってもおこられないから」
サラちゃんが、手をつないだまま歩き出すから、私もそれについていく。
ルイくんも、それについてきてくれた。
「サラちゃんとルイくんのお母さん、やっぱりにているね」
廊下を歩きながら、わたしはさっき思ったことをそのまま言葉にした。
「そうかな?」
「毎日、どっちも見ているし、自分たちの親だからね」
サラちゃんとルイくんが言う。
いっしょに生活していると、わたしとは感じ方がちがうみたい。
「コトちゃんのお母さんは、どんな人なの?」
サラちゃんの質問に、わたしは、できるだけ明るい声で答える。
「ウチは、お母さんがいないんだ」
「え? ごめん」
サラちゃんが、おどろいた顔をした後であやまる。
「そんなの、ふつうの質問だから。あやまるようなことじゃないよ」
ただ、お母さんがいないのを〝かわいそう〟って、思われるのはちょっとイヤ。
だって、お母さんはいないけど、お父さんとおばあちゃんがいてくれるから、わたしは全然かわいそうじゃないんだもん。
「わたしがすごく小さい時に、お父さんとお母さんが離婚したから、お母さんのことは覚えてないの。お父さんは、わたしがもう少し大きくなったら、お母さんのことを話してくれるって言ってる」
そんなことを話しながら廊下をすすんで行くと、舞台袖にたどり着いた。
客席から見ている時はよくわからなかったけど、舞台はわたしが思っているよりずっと奥行きがある。
天井はすごく高くて、小さなホコリが舞っていてるのが見えた。
それをライトがてらして、キラキラ光っていている。
「わ~すごい。舞台の上にはまださっきの魔法がのこっているみたい」
わたしがポカンと口を開けて天井を見上げていると、ルイくんがクスクス笑う。
「コトちゃんは、おもしろいことを言うね」
「だって、さっきふたりが踊っているのを見た時、ホントに魔法がかかっているみたいだって思ったんだよ」
「たしかに魔法かも。舞台の上では、わたしもルイも、いろんな人になれるんだもん」
そう言ってサラちゃんは、クルクル回転しながら舞台に出て行って、そのまま大きくジャンプをする。
ピンッと足をのばして着地するグランジュッテだ。
ルイくんより短い距離のジャンプだけど、それでもやっぱりすごい。
着地でぐらつく体を、どうにか立て直して、サラちゃんがわたしたちをふり返る。
「すご~い」
わたしがパチパチ拍手をしていると、サラちゃんがクルリとふり返って手をふる。
「コトちゃんも、やってみなよ」
「え~ぇっ! わたしにはムリだよ」
「ムリじゃないよ。踊りたいって思う子はみんな、心の中に小さなバレリーナがいる証拠なんだから」
サラちゃんは、そう言って、舞台の上でまたジャンプをする。
「でも……」
わたしはバレエなんてしたことないから、そんなのムリだよ。……そう言いかけて、わたしは言葉をのみこんだ。
しっぱいしてもいいから、わたしも飛んでみたい。
さっきのドキドキが胸にのこっていて、ジッとしていられない気持ちになって、わたしは、まずはその場でクルリと回転してみた。
今日のわたしは、ワンピースにスパッツを合わせていて、動きに合わせてスカートの裾がふわりと広がる。
それだけで、胸がドキドキして、わたしにもサラちゃんみたいなジャンプができるんじゃないかなって思えた。
「よし」
わたしはそのまま、舞台に飛び出す。
さっきのサラちゃんをマネして、スカートの裾をひるがえしながらクルクルと回転して、床を蹴って大きくジャンプ……。
したつもりだったんだけど、みじかい距離のジャンプで着地しちゃった。
そして着地した足を軸にして、クルリと回転する。
ちょっとバレリーナになった気分。
「やっぱり、サラちゃんみたいには飛べないよね」
テレてほっぺたをかきながらサラちゃんを見ると、サラちゃんがビックリした顔でわたしを見ていた。
「サラちゃん、どうかした?」
わたしに声をかけられて、サラちゃんがハッとする。
「あ……うん、えっと……」
「今のジャンプ、ふつうにすごくないか?」
うまく話せずにいるサラちゃんにかわって、駆けよってきたルイくんが声をはずませる。
「すごい? どこが? さっきのジャンプ、全然ダメダメだったよね」
短いジャンプだったし、サラちゃんやルイくんみたいに、ピンと足を伸ばせてない。
「でも、体の軸がしっかりして、着地も、その後の回転も、全然体がブレてなかった。それに、踏みこむ時の足の関節がやわらかくて、動きがしなやかだったよ」
ルイくんは、早口に私のジャンプをほめて、サラちゃんを見た。
「サラも、そう思うだろ?」
「うん。すごかった。でも、全然飛べてなかったけどね」
ルイくんに声をかけられたサラちゃんは、そうからかってくる。
「えへへ」
ホントに、そのとおり。
わたしは、テレてほっぺたをかく。
「でもサラよりずっと、バランス感覚があるよ。サラは着地の時、よく体がグラつかせているもんな」
ルイくんは、サラちゃんに確認するみたいに、「なっ」て、声をかけるけどサラちゃんはそっぽをむいて答えない。
いとこで仲がいいからか、ルイくんは、無視されたことを全然気にしていないみたい。すぐにわたしに向き直る。
「やっぱり、今からでもバレエをはじめればいいのに。コトちゃん、きっと上手になるよ」
ルイくんがなにげなく言った言葉に、わたしは、自分の背中を押されたような気がした。
