次の日。
「おまえ、何やってる?」
「あ、先輩、おはようございます」
僕は『スイ』- 『水蓮』の水槽の周囲に仮眠室のシーツを巡らせていた。
「おまえ、こいつは湖沼生物なんだぞ。女じゃない」
「でも、この子が目覚めたら、きっと恥ずかしがりますよ」
「恥ずかしがってるのはおまえだろうが」
僕は、
スイの美しい裸体が、せめて普段はみんなにさらされないようにと、白いシーツを周囲に巡らせてみたのだった。
スイに「羞恥」と言う観念があるかどうかは別として。
「まだ、スイが女性体と決まった訳じゃない」
「あ」
長身先輩はそう言って、僕の巡らせたシーツをバッと右手で取ってしまう。
「おまえ、研究、研究で恋人を作る暇もないんだろう」
(図星)

「まぁ、こんな田舎じゃ、俺たちの相手してくれるのは飲み屋のおばさんくらいだからな」
僕は,無言でくるくるとシーツを丸め始めた。
スイはまだ眠っているようだった。

スイについて今日わかったことは、とても少なかった。
スイの髪や爪、血液の成分が詳しくわかるにはまだ時間がかかり、
表面的なことでわかったのは、スイの手と足の指の間には小さな水かきがついていること。
そしてスイの柔らかそうな白い皮膚は実は結構硬いこと。
「まるでプラスチックで作られたお人形だ」
バーコード先輩がスイを見上げながら、そう呟いた。
スイは、
水から出してもしばらく呼吸を続けることが出来るようだ。
だが、水から出しても目は閉じたままだった。
「夜も交代で監視しよう。衰弱しているみたいだ」
(衰弱)
スイは、ずっと湖の中にいたんだろうか。
広い、広い湖の中を泳いでいたんだろうか。
(ずっと独りで?)
僕は水槽の中のスイを見上げる。
ふわりとした黒いウェーブの長い髪。閉じられたリノリウムみたいなまぶた。
スイは、目覚めない。

水の中の美しい眠り姫。
水蓮。
スイ。
きみは、ずっと独りかい?
「僕も、ずっと独りだよ」
僕の言葉にも、彼女は答えない。