「ゆあ、行こう」


夕くんは、優しく私に声をかけてくれた。

そして、手を引っ張られる。

手…男子と手をつなぐなんて、幼稚園のお遊戯会以来な気がする…。

手にぬくもりを感じて、ほっと安心する。

みんなにかこまれて、怖かったから…。

そっと後ろを見ると、二人、心配そうにこっちを見ている子がいた。

あ…未菜ちゃんと、森七菜さんだ…。

二人は、夕くんの言葉を聞いてどう思っだろう…。

あとで、訂正しないとな…。

色々と考えていると、もう片方の手も握られた。

夏波くん…?

なんと、手を握ってくれたのは夏波くんだった。

心配、してくれたのかな…。

みんなの前でもかばってくれたり、優しいな…。

にこっと、ありがとうという気持ちをこめて、夏波くんに微笑む。

すると、夏波くんはパッと私から視線をそらしてしまった。

あ、あれれ…?


「ゆあ、こっち。」


なんでだろうと首をかしげると、夕くんが空き教室の扉を開けてくれた。

ここ…一昨日、季節男子のみんなが話してたところ…。


「座って。」


さくらさんが、教室のすみっこにあった椅子を輪になるようにならべてくれた。

私はそのうちの一つに座らせてもらう。

私の右隣に夏波くん、左隣に夕くん、夕くんの左側に冬雪くん、そのまた隣にさくらさんという並び順になった。


「…それで、どういうことかな?夕と…桃葉さん。」


さくらさんが、足を組みながら笑顔で聞く。

た、確かに、驚きますよね…。


「じ、実はですね…夕くんと私は昨日、なんというか…仲良く、なりまして…。」


ここで、夕くんの悩みは言わないほうがいいよね…。


「その写真を、学校の人に撮らちゃったみたいで……」


みんなの頷きが、私をせかす。


「夕くんが、多分周りの人を落ち着かせるため、私たちが付き合ってる…みたいなことを…。」

「…つまり、全部ウソだってことや」


しどろもどろに言う私を助けるように、夕くんが言った。

そして、「ほんまにすまんなぁっ」と私に言う。

私はあわてて首を横にふった。

これは私の責任でもあるし、夕くんは私を守ろうとしてくれただけだもん。

それにあのままだったら、きっと私、人の視線を受けすぎて気絶しちゃってたかも…。

だからむしろ、夕くんには感謝してる。

そんな会話を見て、「え、?」と夏波くんが呟く。


「じゃあ…ゆあと夕は、付き合ってないのか?」


えっ………?


「つ、付き合ってません!」


私は反射的に言う。

う、ウソならともかく、私が相手なんて夕くんに失礼だっ。

というか、夏波くん、本当のことだって思ってたの…?

私が夕くんと付き合うなんて、ぜぇぇぇぇったいありえないのに…!


「つ、付き…?」


夕くんが、少し震えたような声で呟いた。

大丈夫かなと見ると、ぱっと夕くんは顔をふせた。

どうしたんだろう…?なんか、耳が赤いような…。

そう思って、はっとする。

もしかして、相手が私と勘違いされるなんて、不愉快だって思ってたりとか!?

でも夕くんは優しいから、私にそう思ってるのがバレないように、顔をふせてるんだっ…!

そうだ、そうに違いないと、私は心の中でうんうんと頷く。

夏波くんはなぜかほっと息を吐き、冬雪くんは相変わらずの無表情。そしてさくらさんは私と夕くんを見て苦笑いをした。


「夕、なんか変な勘違いされてそうだけど…大丈夫?」


夕くんに不思議な言葉をかけたあと、さくらさんは私を見た。


「まぁとりあえず…なんとなくは分かった。」


おぉっ。私のあの説明で理解できるとは…!

すごいを通りこして、尊敬の心すら抱いてしまう。

「ということで。」と、さくらさんは周りを見渡す。

そして一周してから、また私の方を見た。


「…桃葉さんは、このまま夕の彼女のふりをしてもらっていいかな?」

「えっ…」

「なっ…」

「は…?」


私と夕くん、夏波くんは声をあげた。

このまま、彼女のふりをする…?

みんなにほんとはウソだったって言えばすむことなのに…?


「今ウソだってことを言えばまた、トラブルが起こると思うし…。僕たち季節が桃葉さんと行動するには、それなりの理由が必要なんだよね。」


「その理由を、ちょうど夕が作ってくれたから。」と、さくらさんはなんてこともないことのように言う。

か、彼女のふりって…。

私は夕くんのこと嫌いじゃないし、ま、まぁ、いいんだけども…。

夕くんが、嫌だよね…。

こんな超・地味な女子と、彼氏彼女しないといけないなんてっ…。


「夕、桃葉さん。どうする?」


夕くんが、ふぅっと息を吸った。

今、夕くんはどんな顔をしてるんだろう…。

怖くて、見れないよっ…。


「…まぁ、ええけど?」


……えっ?

夕くんから聞こえた言葉は、予想外な言葉だった。

頭が混乱して、夕くんの言った言葉が頭の中をぐるぐると回る。

今…いいって言った…?

夏波くんと、さくらさんまでも驚いてるようで、誰も一言も話さない。

突如、しーんと時計の音しか聞こえないという、静かな空気になってしまった。

夕くんが不安そうにさくらさんを見た。

さくらさんははっとすると、咳払いをした。


「…桃葉さんは、それでいいかな?」

「…えっ」


まだ頭が混乱していた私は、まぬけな声を出してしまう。

夏波くんと夕くんが、少し不安な視線を送ってくる。

ええっと、どういう不安の視線なんだろう。 

これって、OKしていいやつ?

それとも、試されてる?

いや、夕くんはそんなことしないよね。

でも…OKしたら私が夕くんのこと、恋愛の方で好きってことを伝えたことになっちゃう…?


「ゆあ…断ってもええねんで」


うぅ…と考えてると、夕くんがそう呟く。

ぱっと夕くんを見た。

夕くんは、なぜか少し傷ついた瞳をしてて。

私の胸もズキン、と痛くなる。

これって…私が断ったら夕くんを傷つけちゃう…?

私なんかが断っても、傷つくものなのだろうか…。

夕くんのことを傷つけるのは、嫌だよ…。


「わ、わかりました。」


気づくと、そう言っていた。


「「…!」」


夏波くんと夕くんの息を呑む音が聞こえる。

夕くんは驚いたような素振りを見せたあと、ほっと息を吐いたり、顔が赤くなったり青くなったり、一人で百面相。

夏波くんは、顔が真っ青になっていた。

あれ、やっぱりOKしちゃダメなやつでした…?

ダメなやつだったかもしれないなと思うけれど、もう遅い。

さくらさんが、にっこりといつも通りの笑顔を作った。


「じゃ…二人とも、よろしく。」

「は、はい…っ」


私はちょっと戸惑いながら頷く。

ま、まぁっ、季節男子がその探してる人を見つけるまで、だもんねっ?

そう自分で考えて、あれっ?となる。

季節男子のみんなは、人探しが終わったら、いなくなっちゃうのだろうか。

そしたら、学校のみんなは、私は…どうなっちゃうのだろう。


「ゆあ。」


考えていると、夕くんが私の名前を呼んだ。


「えっと…よろしゅうな?」


手を差し出されて、私は驚きながらも笑顔を作った。

これは、握手すればいいんだよね?

手をとろうとすると、横から夕くんの手でも私の手でもない、違う手がのびてくる。

その手が、夕くんの手をパシッと叩いた。

え、えぇっ…?

驚いて見ると、その手は夏波くんのものだった。


「痛っ…。」


夕くんが叩かれた自分の手をひらひらと動かす。

け、結構痛そうな音したけど…。


「ゆ、夕くん、大丈夫?」


夕くんの手を見ようとすると、自分の手が夏波くんによって握られる。


「ゆあ。授業始まる。行くぞ。」


え、えぇぇっ?

ぐいぐいと手を引っ張られ、教室の扉を出た。

夏波くん、急にどうしたのかなっ。

授業に遅れちゃうのを心配してる?

分かんないけど、とりあえず夕くんにまたねと手をふる。


「…これが三角関係か。」


さくらさんが、一人呟く。

さ、さんかくかんけい…?

三角…サンカク?

な、何がだろう…っ。

ぐるぐる考えたまま、夏波くんに手を引かれて自分の教室に入った私なのでした。