『この後、時間ある…?』


そう言った秋瀬くんが連れてきてくれたのは、学校の近くの公園。

公園と言っても遊具はなくて、何個かのベンチと木がはえているだけの、少し寂しそうな公園だった。

私たち以外には、誰もいない。

秋瀬くんは近くのベンチに座ると、隣をぽんぽんとたたいた。

隣に座れってことかな…?


「失礼します。」と言って、そろそろと隣に座る。

隣に座った時、私の肩が秋瀬くんの肩にあたってしまった。

少し戸惑ったように目を泳がせた秋瀬くん。

そんな秋瀬くんに、きゅっと胸が痛んだ。

今の、怖がらせちゃったかな…。

もう一回立ち上がって、今度はベンチの端っこに座る。

秋瀬くんはそんな私を見て、少し苦しそうに瞳を揺らし、「ありがと。」と呟いた。

ひゅ〜っと、風の音だけしか聞こえなくなってしまって、気まずい空気が流れる。

どうしよう…。これって、私が話しかけないといけないかな…。

でも、どうやって話を持ち出せばばいいのだろう…。

悩んでいると、秋瀬くんが話しだした。


「急に、人間とどう接していいか分かんなくなったんだよね…こういうのって、同じ人間に聞くほうがいいじゃん?」


そう、話しだした秋瀬くん。

やっぱり。と、私は思う。

私たちと関わるのに、なんか…怖がっていることは、感づいていた。

もとから…人間が、苦手なのかな?


「…人間は、好きだったんだけど」


秋瀬くんの言葉に、えっ。と驚く。

じゃあ、なんで…?


「関西弁は、漫才が好きだからで。」


急に関西弁の話になって、首をかしげる。

関西弁と、人との関わりが繋がるのだろうか…?


「ずっと、漫才や…人間にあこがれてた。」


「でも」と秋瀬くんは苦しそうに声を出す。

でも…?


「…人間になってみて、なんかわかんなくなって。」


ハハッと、秋瀬くんは笑う。

苦しそうな、笑顔だった。

そして、真顔になって、また下を向いてしまった。


「俺があこがれてたのは、人を笑顔にさせられるところで。…こんな、どろどろしてない。」


どろ、どろ…?

人が、私たちが…?

私が嫌いと言われたわけじゃないけど、いや…遠回しに言われたのかもしれないからだろうか…ズキンと胸が痛んだ。

どろどろ…か…。

どういうところが、秋瀬くんにそう思わせちゃった…?


「…昨日、告られて。」


また話し始めた秋瀬くん。

私は、少し驚いた。

だって、昨日…って、季節男子のみんなが来た、初日だよね?

そんな、早く…?

いや、他の人には以前の記憶があるから、早くもないのか…?

でも…会って一日、または知らない人に告白されるって、どんな気持ちなんだろう…。

私だったら、嬉しいけど…混乱するよね。


「…俺のどこが好き?って、聞いてみたらさ。」


秋瀬くんは思い出すのもつらい。と言うように、目を細めた。


「かっこいいから、だって。」


かっこいい…確かに、季節男子のみんなかっこいいもんね。

私はかっこいいとか言われたら男子は嬉しいものだと思ってたけど、違うのかな?

どこが…そんなに、秋瀬くんを苦しめたんだろう。


「…ゆあちゃんは、今俺以外の誰かも思い浮かべたでしょ?例えば…風矢とか?」


図星で、ドキッと心臓が跳ね上がる。

た、確かに、季節男子のみんなを思い浮かべたけれどっ。
でも、なんで夏波くん?

秋瀬くんはそんな私を見て、「やっぱり。」と笑った。
あ…また、無理して笑ってる。


「…かっこいいなんてさ。」


秋瀬くんは笑顔のまま、ふぅっと息をつく。


「…誰にでもあるところで。」


誰に、でも…?


「俺以外の人でも…かっこよければ誰でもいいんだって思って。そんなこと考える自分にも失望して。」


「もう、どうしたらいいのか分かんないんだ。」と、秋瀬くんはベンチの背もたれによりかかり、オレンジ色に染まっている空を見上げた。

かっこいいなら、誰でもいい…?

誰でもいい。その言葉が、私の頭を駆け回る。

私がひゅっと息を吸う音が、やけに大きく聞こえる。

少しの沈黙が生まれてしまって、秋瀬くんはそれを振り払うように立ち上がった。

夕日が、オレンジ色に光って秋瀬くんを眩しく照らす。


「って…なんで俺、こんなことゆあちゃんに話してんやろ。」


夕日を見てからこっちを振り返り、ハハッと笑った秋瀬くん。

その切ない笑顔に、心臓がズキン、と痛む。

それは…私が、役に立てなかったから?

そうだよね。私なんか、全然役に立てない。秋瀬くんのこと、全然知らないし…。

秋瀬くんが、「ごめんね。」と言って、公園を立ち去ろうとする。

ぎゅっと唇を噛む。

私が意見を言っていいことじゃないと思う。

だけど、でも…っ。


「待って…!」


気がつけば、立ちあがって秋瀬くんの服の裾を掴んでた。

秋瀬くんが、驚いて振り向く。

相談してもらったなら、相談する相手が誰でもよかったとしてもっ、…力に、なりたい。


「それはっ、違うと思いますっ。」


言うか一瞬迷ったけど…でも、ここで言うのやめたら、きっと後悔する。

だって…こんなの、告白した子も、かわいそうだ。

相手が、自分がかっこいいって自覚を持ってないなんて。

誰でもいいって思われちゃってるのも…嫌だよね。せっかく好きな人に告白したのに。


「ゆあ、ちゃん…?」


秋瀬くんは、不思議そうに私を見る。

私は目をそらされないように、秋瀬くんの目をじっと見た。

どうやったら伝わるだろうとか、考えたら…単刀直入に言うしかないという考えにたどりついた。


「秋瀬くんは、かっこいいよ。」

「…っ!」


秋瀬くんの瞳が大きく揺れる。

でもやっぱり、これだけじゃ伝わらないよね…。


「秋瀬くんは、性格がすごく優しいよね?」


「え、」と秋瀬くんは呟く。

そして、「どこが。」と呟いた。


「…人との関わりかたが、分からない…少し、苦痛だってことを隠してたのは、不用意に私たちを傷つけないため。…でしょう?」


秋瀬くんは目を見開いた後、小さく頷いた。

やっぱりだ。

だから…


「告白してきた女の子は、そんな性格のかっこよさを…好きになったんじゃないかな。」


秋瀬くんが今欲しい言葉は…これだと、私は思う。

ひゅっと息を呑む音が聞こえて…色々な感情が混じったような、複雑な顔になった秋瀬くん。

私はそんな秋瀬くんに、微笑んだ。

「誰でもいいなんて……そんなこと、絶対ないと思う。」

秋瀬くんは、ぎゅっと唇を噛んだ。

そして…笑った。
今度は…ちゃんとした笑顔だ。

笑ってくれた秋瀬くんを見て、ほっと息をつく。

ちゃんと…伝わってるかな。…伝わってるよね。

だって、初めて…うわべだけの笑顔じゃなくて、心のこもったような笑顔を、見せてくれたから。


「そっか…」


秋瀬くんはまた、空を見上げた。

空は夕日によって真っ赤に燃え、さっきより優しくなった風が、まるで秋瀬くんを…夕くんを、支えてるように見えた。


「…そうだと、いいな…」


夕くんは、きっと自分の魅力を信じられなくなったんだと思う。

あこがれてた人間になって、急にあこがれてた人間にあこがれた視線を向けられて。

…混乱しちゃうよね。

そんな時、告白されて。

かっこいいなら誰でもいいなんてこと考えちゃって。

でも、ホントはきっと、分かってたんだよね?
 
その女の子が、誰でもいいなんて思ってないってこと。

夕くんのことが、すごく好きなんだってこと。

きっと、ここにいるのは、私じゃなくてもよかったと思う。

ただ…人に、認めてもらいたかったんだ。

夕くんはパンっと自分のほっぺを叩いた。

そして、にっと笑った夕くん。


「ほんまにっ、今日はありがとうっ。ゆあちゃん。」


吹っ切れたような笑顔。

「うんっ。」と、私も微笑む。


「少しでも、役に立てたかな?」


夕くんは目を瞬いたあと、「もちろん。」と言ってくれた。

そっか…。

それなら、よかったな…。

私も空を見上げると、視界の端で夕くんが、手を差し出したのが見えた。

え…?どうしたんだろう…?


「手、重ねて。」


「え、」と私は声を出した。


「ゆ、夕くん、大丈夫なの…?」


夕くんは、私が突然名前呼びしたのを不思議に思ったみたいで、目を見開いた。

あっ…。声に、出しちゃった…。心の中だけで呼ぼうって思ってたのに…!

「ごめんなさい。」と言うと、夕くんは全然いいと言ってくれた。

よ、よかった…。

それより、夕くんが手を差し出してきたけど…急に、どうしたんだろう…。


「…人は、まだよくわかんない…せやけど。」


だけど、?


「ゆあちゃんなら、大丈夫な気がする。」


…!

私を見て、微笑んだ彼。

それは、私にとって嬉しい言葉だった。

これからも関わるだろうし…どうやって接しようか、ちょっと難しかったから。

今、目の前にある夕くんの手。

私はおそるおそる夕くんの手に自分の手を重ねた。

すると、ぎゅっと手を握られた。


「これから、よろしくな。」


すぅっと息を吸う音。


「…ゆあ。」


っっ!

初めて、呼び捨てで呼ばれた。

今までは、ちゃん付けだったのに…。

照れくさそうに笑った夕くん。

その笑顔に、きゅんっと心臓がなる。


「…よろしくね。」


お互い、照れながら笑い合う。

そんな私たちを、夕日が静かに見守ってたのでした。


…その翌日。


「ゆあっ」

「桃葉さんっ!」


朝、なぜか教室に入ったとたん、森七菜さんと未菜ちゃんにものすごい勢いで話しかけられる。


「「これ、どういうことっ?」」


ど、どういうこととはどういうことでしょうか…?

あせっている二人と、なぜかクラスのみんなから送られてくる視線に、ただごとではない予感がした。

そして…その勘は、当たってしまった。