「…っ!」


私はただただ、通学路を走る。

通りすがりの人に変な目で見られるけれど、気にならない。

後ろから聞こえてくる足音から逃れるように走る。

そして、学校の校門へ駆け込んだ。


「桃葉…っ」


名前を呼ばれて、私は一瞬止まる。

けれど、今の顔を見られたくなくて、また駆け出した。

下駄箱で上履きに履き替えて、廊下を走って。

気づけば、いつもの空き教室に来ていた。

なんでここに来たのかも、分からない。

行き止まりだから、追いつかれてしまうのに。

はぁはぁと息をしながら、空き教室のドアを開ける。

すると、窓の方に人影が見えた。


「…ゆあ?」


…夏波、くん…っ?

なんで…。今は教室にいるはずなのに。


「ゆあ?なんで、そんな顔してるの。」


…っ。

私はまた空き教室から飛び出して、走り出そうとした。

だけど、夏波くんに腕を掴まれてしまう。

や、やだ…っ。

あわててふりほどこうとする。

だけど、ぎゅっと握られていて、ほどけない。


「…桃葉」


冬雪くんの声が聞こえる。

…もう、逃げるのは無理か…。

せめて顔を見られたくなくて、うつむく。


「…他の季節を呼んでくる。」

「ひ、氷羅斗。ゆあ、どうしたの?」

「…それは、本人の口から聞いて」


ぎゅっと唇を噛む。

嫌だよ。幻滅、されちゃう…。


「ゆあ、何があったの?ゆあ?」


何度も名前を呼ばれて、私はその声を聞くとなんでも言ってしまいそうになって。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…。

私は耳をふさいで、ふるふると首を横にふる。

ごめんなさい、こんな私で。

本当に、ごめんなさい…。


「ゆあ。…ゆあ!逃げるな。」

「…っ!」


少し強い声で言われて、息を呑む。


「…逃げるな。逃げるなよ。…俺がなんでも受け止めるから。言ってごらん?」


そっと顔をのぞき込まれて、私は唇を噛んだ。

夏波くんの瞳は、とても澄んでいて、吸い込まれそうになる。

なんにも、私のことを疑っていない瞳。


「ゆあ?どないしてん?」

「ゆあ、ちゃん?」


夕くんとさくらくんの声も聞こえる。

言うなら、今だよね。

でも…怖い、怖いよ。

もしも、幻滅されてしまったら?もしも…私のこと、嫌いになっちゃったら?

そこまで考えて、あぁ、そっか。と納得した。

私にとってもう…季節男子のみんなは『大切な存在』なんだ。

つーっと、涙が私のほおをつたう。


「…っゆあ?」

夏波くんの動揺した声が聞こえる。

季節男子の他のみんなも、動揺したような息づかいが聞こえた。

ちゃんと、言わなきゃ。

泣いてたら…なんにも、伝わらない。

大切な存在だからこそ…話さなきゃ。

私は息を吸うと、季節男子のみんなを見回した。

そして、ばっと頭を下げる。


「本当に、ごめんなさい…っ」

「「「…っ?」」」

「季節男子のみんなに呪いをかけたのは、私なんです…っ」

「…え?」


さくらさんが、呆然と声をあげる。

私はずっと握りしめていた紙をみんなに見えるように開ける。


「これ、って…」

「俺たちの、絵…?」

「名前も…」


この紙は、お母さんとキャラデザを一緒に考えた時の紙だ。

デザインはお母さんがやって、私が名前を考える。

なぜかは分からないけれど、それで呪いをかけちゃったんだと…思う。


「本当に本当に、ごめんなさい…」


誤っても、許されることじゃないと思う。

だから、まずは呪いを解いて、ずっと、何年でもいいから償い続けたい。

なにをしていいか…分からないけれど。


「えっと…本当に、ゆあちゃんなんだね…?」

「…はい。」


私ははっきりと頷いた。

ゆーちゃんだって、お母さんが私を呼ぶ時の名前だ。

なんで、忘れてたんだろう…。


「ゆあ。俺たち、怒ってないよ」

「え…っ」


私は夏波くんを見る。

それって、許してくれる…ってこと?

なんで…?


「天候…のことは聞いた?」

「う、うん…。」

「それは俺たちがあとで調整すればきっとなんとかなる。…だから、ゆあが責任を感じることないよ。」

「でもっ…」


季節男子のみんなにとっても迷惑をかけてしまったし…。

だから、怒るのが普通なのに。


「誰も怒ってへんで、ゆあ。」

「ゆあちゃん。僕も驚いたけど、怒ってはないよ。」

「…言っただろ。桃葉のせいじゃないって」


季節男子のみんなが優しく微笑んでくれる。

…っ。なんでそんなに、優しいなのだろう。

ぎゅっと、唇を噛む。

また、涙が出そうになる。


「ありがとう…」


私もちゃんと笑顔になってるか分からないけれど、微笑み返す。

だけど…こうやって笑いあうのも、最後なのかな。


「呪いを解くと、もう会えなくなっちゃうんですよね…?」


少し弱々しい声で言った私を見て、みんながぐっと息を呑む。

やっぱり、そうだよね…。

私は紙をもう一回見る。

しょうがない、ことなんだよね…。

そもそも、季節のみんなは呼び出しちゃダメで…会うことがない存在なんだから。


「…呪いを解くには、どうすればいいんですか?」


もう、受け止めよう。


「…呪いの原点を壊せば、解けるはず」


前を向いた私を見て、さくらさんは色んな感情が混じった顔で言った。

呪いの原点…。この、紙のことだよね…。

壊すって、破るってこと?

そんな…出来ないよ…。

でも…やらなきゃいけないんだ。


「…やる、よ…?」


私の言葉に、みんなが頷く。

もう…本当にこれで最後なんだ。

すぅっと深呼吸をする。

ごめんなさい、お母さん。

目をつぶって、紙を両手で持ち、手を動かす。

びりっと、音がした。

恐る恐る目を開ける。

すると、私の手には無惨な状態のお母さんの絵と…周りには、どんどん薄まっていくみんなの姿。

その姿が、あまりにも痛々しくて。

私は涙を必死にこらえる。

さくらくん、夕くん、冬雪くん、夏波くん…。


「ゆあちゃん。」


名前を呼ばれて、さくらくんの方を見る。


「ずっと、ありがとう。ゆあちゃんのおかげで、僕の何かが変わりました。…またね」


そう言うのを最後に…さくらくんの姿がどんどん薄まって…消えた。

ぎゅっと顔をしかめる。

さくらくん…私こそ、相談にのってくれて…頼ってくれて、ありがとう。


「桃葉。」


冬雪くん…。


「ショッピングモールの時、遊びに俺を誘ってくれてありがとう。…俺、まだ桃葉のことが好きだから。」

「…っ」


また…冬雪くんもさくらくんみたいにいなくなってしまった。

こんな私をずっと想っていてくれたんだよね…想いに応えられなくて、ごめんなさい。こちらこそ…ありがとう。


「ゆあ。」


夕、くん…。


「俺に色々な気持ちをあたえてくれておおきに。…好きやで、ゆあ。」


切なそうな笑みを残して、夕くんの姿も消える。

夕くん…私を守るためにあんな自分にメリットも何もないウソをついてくれて、ありがとう。私の…大切な友達。大好きです。


「ゆあ…」


泣きそうになっている私を見て、夏波くんが私の名前を色々な感情のこもった声で呼ぶ。

私を真正面から見つめて、口を開いた彼。


「ゆあ…俺、最後まで諦めたくないよ。だけど…、やっぱり、諦めるべきなのかな。」


…っ。

夏波くんは、切なそうな儚い笑顔で笑う。

私…なんにも彼に気持ちを伝えてないよ…。

私だって、諦めたくない…。

私は今にも消えそうな彼を見て、思わず彼の服の袖を掴み…呟いた。


「行か、ないで…」


こんなこと、言っちゃいけないのに…。

だけど…このままお別れなんて、やだよ…。

まだ、夏波くんに告白の答え、伝えてない…。


「……っ」


夏波くんにぐっと肩を引き寄せられる。

……え?

気づけば、彼の胸の中にいた。

え…っ?何が起こってるの…?


「夏波、くん…?」


名前を呼ぶと、無言のままぎゅっと、強く抱きしめられる。

彼の心臓の音が聞こえる。…のに、ぬくもりを感じない。

どんどん夏波くんの存在が薄れていく感じがして、感情がぐちゃぐちゃになりながらも、ぎゅっと彼の服を掴む。


「ずっと、ゆあと一緒にいたかった…」


夏波くんがかすれた声で言う。

小さい声だったけれど、こんなに近いとその言葉も聞き取れる。

ドクン、ドクンと私の心臓の音がどんどん高まっていく。

私も彼の体をぎゅっと抱き返す。

神様、お願いします……彼を、みんなを私の前から消さないでください。

せめて…記憶を、消さないでください。

こんなに神様にねがったのはいつぶりだろう。

お母さんが亡くなってから、神様は血も涙もないのだと恨んでいた。

それに、今だって…

ううん…違う。

神様は、お母さんと一緒の時間を少しだけでもあたえてくれて、季節男子のみんなとも会わせてくれた。

それだけでも、幸せなことだし…チャンスだって、色々あったのに。

今この場で何にも出来ない私を作り出したのは、神様じゃない。過去の、私だ。

分かっていたのに。絶対、夏波くんたちといつかはお別れになるって、知っていたのに。

私が何かをしていたら、今は変わっていたのかもしれないのに。

たとえ変わらなくても、こんなに後悔してなかったと思うのに。


「ゆあ。…告白の返事、今貰っていいかな。」

「…っえ?」

「俺…やっぱり最後まで、諦めたくない。」

「…っ」


夏波くんの苦しそうな、そして少し決意のこもった声を聞いて、私はぎゅっと唇を噛む。


『ありがと。…ゆあ。』


初めて会話して、名前を呼ばれた日。


『だから…っ、ゆあは、夕とは付き合ってないって!』


夕くんと私の関係が疑われた時、必死に私をかばってくれた頼もしい背中。


『忘れられたくない。俺…ゆあのことが、好きだから。』


あの時…もしかして、恋愛の方での好きで、告白してくれたのかな。

それなら…勘違いして悪いことしちゃったな。

他にも笑った顔、寂しそうな顔、少し拗ねた顔、照れたような顔。

色々な言葉、表情が頭の中を通り過ぎていく。

夏波くんは私の友達で、…………………………………………大好きな人。

その考えにたどりついて、頭の中でなにかのピースがはまった。

そうだ。私…夏波くんのこと、好きなんだ。


「…好き。」

「……え?」

「夏波くんと同じ気持ち。…好きです。大好き。」


真っ赤になりながら伝えると、ポタッと雫が私の肩に落ちてきた。

私の涙かと思ったけど…違う?

あわてて夏波くんの方を見ようとすると、夏波くんの手で押し戻された。


「…今こっち見ちゃダメ。」


聞こえた声も、少し震えていて。

間違いない。夏波くん…泣いてる?


「…ほんと?ゆあ、俺のこと好き?」

「う、うん。ほんとだよっ。」

「…そっか。」


そう言って、ぎゅっともっと強く抱きしめられる。

だけど…そんなに苦しくない。ぬくもりも全然感じない。

どんどん…夏波くんの姿が透けていく。

突然、とてつとない恐怖がやってくる。

嫌だとか、そんな一言であらわせる感情じゃない。

…両思いになったばかりなのに。

なのに、もうお別れになっちゃうの?…もう、一生会えないの?

色々なことをもっと話したい。もっと、好きを伝えあいたい。

せめて今だけでも話したいのに、言葉がつっかえて上手く話せない。


「ねぇ、ゆあ。」


夏波くんの声がすぐ上で聞こえる。

そっと、透けてる手でほおを触られる。

夏、波くん…?


「…好きだよ。また…夏。」


…っ。

パッと、抱きしめられてる感覚がなくなると同時に、夏波くんの姿が消えた。

体の行き場がなくなって、床に膝から崩れ落ちる。

周りに落ちてる破れた紙。

それ以外の…季節男子がいたという証拠が、なにもなくなってしまった。

今さらに、ポタポタと涙が溢れてきて。

私はそれをぬぐうこともせず、ただただぼんやりとした視界の中で床を見つめる。


「風矢、くん…」


突然に、彼の名前が私の口から出てきた。

そのとたん、胸から色々な感情があふれてきて。

もっと、名前を呼べばよかった。もっと、話せばよかった。もっともっと、一緒にいればよかった。もっと、もっと、もっと……

大粒の涙が、冷たい床をぬらす。

すると、ふわっと意識が遠くなった。

ふらふらと、体から力が抜ける。

直後、体に衝撃がはしる。

だけど私にそれがなんの衝撃が分からず、ぼんやりとしているとどんどん視界が暗くなっていく。

私はそれに抵抗することもなく、深い眠りについた。