その冬は、とてもとても寒い冬でした。
食堂の店先にたくさん雪が積もりましたが、はるまきねこは、
春巻きの皮にくるまっているのであたたかく、へいちゃらな顔をしてころころ転がっていました。
ところが、
4月になっても、5月になっても、雪はやみません。
「困ったねぇ」

食堂のおじさんが顔をしかめてそう言うので、はるまきねこも困って、
真っ白な空を見上げました。
今日も、大粒の雪がどんどん降ってきます。たくさん積もりそうです。
「そうだ」
はるまきねこは、春巻きの皮で、雪を巻いてしまう事にしました。
「くるくるくる」
雪はたくさん、たくさん降っていたので、はるまきねこはとても疲れましたが、
その分、たくさんの春巻きが出来ました。
はるまきねこが懸命に春巻きを作っていると、
「寒い、寒い」と言うか細い声が、何処からか聞こえました。
「だぁれ」
「私よ」

はるまきねこがころんと、ぽっこりお腹を出して見上げると、
そこには桜の木がありました。
「今年はとても寒くて、花が咲かせられないわ」
桜の木はそう言って、困ったように首を傾げました。
「困ったねぇ」
はるまきねこも困ってしまって、同じく首を傾げました。
「そうだ」
はるまきねこは桜の木に登って、木の枝を、春巻きの皮でくるくる巻きました。
「あら」

その桜の木はとても大きかったので、はるまきねこは、何時間も、何日もかけて、
一生懸命春巻きの皮を巻き続けました。
そして、
ある晴れた冬の朝。
「あ」

春巻きの皮の間から、ぽつり、と、小さな桜の若芽が出て来たのです。
「良かったね。桜さん」
「ありがとう。ねこちゃん」
ひとつ芽が出れば、ふたつ出て。ふたつ出れば、みっつ出て。
「じゃあ、これを食べて、もっと元気を出して」
はるまきねこは食堂のおじさんに揚げてもらった雪の春巻きを、桜にも上げました。
「まぁ、雪と言うものは、こんなにもあたたかいものだったのね」
「そうだね。だから、みんな冬を乗り越えられるのだね」
雪の味は、透明で、とてもほっこりとした素朴な味がしました。
そして、薄紅色の桜が満開になる頃。

はるまきねこは、桜の木の下で、やっぱり、ころころと転がって遊んでいるのです。


2025.04.05
蒼井深可 Mika Aoi