直哉さんと悠真さまの一件が解決し、婚約者も判明したところで、わたしのメイド生活は幕を閉じた……かと思われた。
 でも、わたしは今も、メイドのひなとして藤堂家のお屋敷で働いている。
 悠真さまとも話しあいをして、この形に落ちついた。
 当然いまは婚約破棄をしたいとは思っていない。
 仕事も楽しくなってきたところだし、もうすこし、この生活を続けたいとわたしから望んだんだ。
 本当のわたしが咲宮ひよりで、悠真さまの婚約者であるということは、この屋敷内では二人だけのひみつ――
「おはよう、ひよりちゃん」
「れ、怜央さま! 誰が聞いているかわからないんですから、屋敷で軽率にその名前を出さないでください!」
「えー。いまは二人きりなんだし、いいじゃん」
「面白がってませんか……?」
 ――と言いたいところだけど、怜央さまにも知られているんだった!
「そうだよ、だって面白いもん。最初は気がつかなかったけど、きみの目的にも察しがついたしね~。大方、自分の目で婚約者がどんなやつか偵察しようってところでしょ? 最高だよ」
 最高って感想になるのが怖い。むしろ引いてくれ。
 怜央さまは、わたしの淹れたアールグレイを飲みながら、上品に微笑んだ。
「うん、やっぱり美味しい。もう、ひよりちゃんの淹れてくれた紅茶じゃないと飲めないかも。専属にしたいなぁ~~、ダメ?」
「ダメです。そもそもわたしはお嬢さまなので」
「開きなおったひよりちゃんも好きだなぁ」
「……まず、わたしの婚約者は、あなたではありません」
 怜央さまは、愉快そうに笑った。
「今のところは悠真ってだけでしょ?」
「は?」
「親は、誰でもいいって言ってたよ。最初は興味なかったけど、ひよりちゃんが婚約者なら話は変わってくるなーって。今から手をあげようかな」
「し、失礼します!!」
 怜央さまは、やっぱり危険なひとだ。

「ひなさーーん! ねえねえ、一緒にあそぼ?」
「休憩の間ならいいですよ。今日はなにをして遊びますか? トランプのスピードとかどうでしょう」
 わたしがリビングの引き出しの中からトランプを持ってこようとしたら、陽人さまが服のスソをつかんできた。
「陽人さま? どうかしましたか?」 
「ひなさん。なんかさー、僕にだけ隠しごとをしていない?」
 ギクッ。
 ここは、シラを切るに限る!
 どんなに、頬をふくらませた、上目遣いの陽人さまが反則級にかわいくとも……!
「え、ええと……なんのことでしょう?」
「僕は、ひなさんに、とっておきのひみつを打ち明けたのになぁ」
「あれは……、勝手にわたしがお節介をしただけです」
 陽人さまは、ニコリと微笑んで、わたしにぴたりとくっついてきた。
「ひなさん。僕の婚約者になって?」
「えっ……!?」
 陽人さま、一体、どこまでなにを知って……? 冗談? それとも本気!?
「そう本気で思うぐらい、僕にとってひなさんはトクベツだから。いつまでも、かわいい弟枠じゃ嫌だもん」
 突然、頬にキスをされて、声にならない悲鳴をあげながら逃げ出した。
 陽人さま、やっぱり天使ではなくて、小悪魔だった説……!

 突然の陽人さまの頬キスに、動揺しすぎてドキドキとしていたら。
 フキゲンそうな顔をした悠真さまと遭遇した。
 かと思えば、いきなり手をひっぱられて、無言のまま彼の部屋まで連れていかれてしまった。
「ゆ、悠真さま……?」
「悠真」
「え?」
「二人きりのときに、さま付けはいらない。婚約者でしょ?」
 そ、そうですけど……!
 悠真さまは、心なしかすねたように顔をしている。
「あ、あの……?」
「……メイドとして働くのはいいけど、怜央兄と陽人にはあんま近づかないで」
「えっ」
 も、もしかしてこれは……嫉妬ですか!?
「あいつら、油断も隙もない。大体、ひよりがかわいすぎるのも悪い」
 悠真さまは、無茶苦茶な言い分を並べながら、わたしにそっとキスをした。
 って、初めてのキスなんですが……!
 動揺とドキドキとで顔を真っ赤にしていたら、目の前の彼も、こっちが驚くほど顔を赤くしていた。
「ねえ。……唇は、初めて?」
 っ!!
 だ、だめだめだめ!
 やっぱりこのお屋敷で働くのは、わたしの心臓の方がもたないかもしれないです!!
 最初はどうなることかと思ったメイド生活だったけど、案外、楽しくやっている。
 ドキドキしすぎて、困ること以外は……!【本編・完】