(悠真Side)
「咲宮……ひなと申します」
最初に、彼女に抱いた印象は、クールそうな子。
中学生なのに、家のために働くなんて健気だなぁとしか思っていなかった。
でも、初めて彼女が紅茶を運んできて間近で顔を見たときに、妙な既視感があった。
あれ? 前にも、どこかで会ったことがあるような……。
オレの気のせい、かな。
本人に聞いてみて、もし違っていたら恥ずかしいなんてもんじゃないから、尋ねることはできなかった。
オレにとっての彼女は、まじめに働いている姿に好感がもてて、なんだか気になって仕方がない存在。
その彼女がまさか、咲宮ひよりで、婚約者だったときには本当に驚いた。
単に、驚いたわけじゃない。
「まさか……、初恋の女の子に、二度も恋をするなんて」
衝撃の事実を知ってからというものの、ずっと顔が熱いままだ。
咲月堂のカフェに一緒にいって話を聞いたときから、もしかしたら……とは何度も思ってきたけど、本当にそうだった。
彼女は、婚約者である以前に、オレの初恋の女の子でもあったんだ。
*
忘れもしない。あれは、オレが小学一年生の頃だった。
その日のオレは、ピアノを始めたばかりで中々うまく弾けずに落ちこんでいた。
レッスンの帰りに、お母さんに連れられて、咲月堂のカフェに寄ったのだ。
『最初からうまくできるひとなんていないんだから、大丈夫よ。元気を出しなさい』
『……うん』
お母さんはそう言うけど、オレ、やっぱりピアノに向いていないんじゃないかな?
オレの前に弾いていた直哉という子は、ものすごく上手だったし。
上手い子は、もっともっと早くから始めてる。
どんよりとした気分だったから、せっかくの和菓子の有名店なのに、和菓子も頼まずにいた。
お母さんがお手洗いに行くのに席をはずしたとき、ちょうど、オレと同い年ぐらいの女の子とすこし年上に見える男の子が隣の席に向かいあって座った。
『ひより、この和菓子にする!!』
『はーい。じゃ、注文しよ』
ぱっと笑顔になって、うれしそうに報告するその子はとてもかわいくて、なんだか見惚れてしまった。
お人形さんみたいで、かわいいな。
いや。ジロジロ見たら、不審者っぽいわ……。
『あ、やべ! お兄ちゃん、さっきの店で忘れ物したわ』
『えー。なにやってんの~』
『ごめんって。お兄ちゃんすぐ戻るから、さきに食べてて』
お兄ちゃんが席を立って、ぱたぱたと店を出て行く。
そのとき、その女の子の大きな瞳と、バッチリ目があってしまった。
『あ、えと……』
慌てるオレに対して、彼女は、不思議そうに首をかしげた。
『あれ? ねえ、和菓子を頼んでないの?』
『う、うん』
『美味しいのにもったいない! ねえ、わたしのを食べる?』
無邪気に笑いながら差しだしてきたのは、桜の花の形をした練りきりだ。
『これね、うちの家のお菓子なんだ。すっごく美味しいんだよ』
『……いいの?』
『うん! これを食べたら、きっと元気になるよ』
彼女が、どこまでなにを思いながら、そう言ったのかはわからない。
だけど、落ちこんでいることまで見抜かれたような気がして、ドキッとした。
『ありがとう』
恐る恐る口にしたその和菓子は、とても甘くて、上品な味がした。
心をふわりと包んでくれるような、やさしい味だ。
『おいしい……!』
『ふふっ、そうでしょ! これからは、咲月堂にきたら、ぜひ和菓子を頼んでね』
満面の笑みで微笑んだ彼女に、すっかり心をもっていかれてしまったのは、仕方のないことだったと思うんだ。
ねえ、ひより。
オレが、咲宮家との婚約の話が持ちあがったときに手をあげたのは、単に和菓子が好きだったからじゃないんだよ?
恥ずかしくて、本人は到底言えそうにないけどね。【完】
「咲宮……ひなと申します」
最初に、彼女に抱いた印象は、クールそうな子。
中学生なのに、家のために働くなんて健気だなぁとしか思っていなかった。
でも、初めて彼女が紅茶を運んできて間近で顔を見たときに、妙な既視感があった。
あれ? 前にも、どこかで会ったことがあるような……。
オレの気のせい、かな。
本人に聞いてみて、もし違っていたら恥ずかしいなんてもんじゃないから、尋ねることはできなかった。
オレにとっての彼女は、まじめに働いている姿に好感がもてて、なんだか気になって仕方がない存在。
その彼女がまさか、咲宮ひよりで、婚約者だったときには本当に驚いた。
単に、驚いたわけじゃない。
「まさか……、初恋の女の子に、二度も恋をするなんて」
衝撃の事実を知ってからというものの、ずっと顔が熱いままだ。
咲月堂のカフェに一緒にいって話を聞いたときから、もしかしたら……とは何度も思ってきたけど、本当にそうだった。
彼女は、婚約者である以前に、オレの初恋の女の子でもあったんだ。
*
忘れもしない。あれは、オレが小学一年生の頃だった。
その日のオレは、ピアノを始めたばかりで中々うまく弾けずに落ちこんでいた。
レッスンの帰りに、お母さんに連れられて、咲月堂のカフェに寄ったのだ。
『最初からうまくできるひとなんていないんだから、大丈夫よ。元気を出しなさい』
『……うん』
お母さんはそう言うけど、オレ、やっぱりピアノに向いていないんじゃないかな?
オレの前に弾いていた直哉という子は、ものすごく上手だったし。
上手い子は、もっともっと早くから始めてる。
どんよりとした気分だったから、せっかくの和菓子の有名店なのに、和菓子も頼まずにいた。
お母さんがお手洗いに行くのに席をはずしたとき、ちょうど、オレと同い年ぐらいの女の子とすこし年上に見える男の子が隣の席に向かいあって座った。
『ひより、この和菓子にする!!』
『はーい。じゃ、注文しよ』
ぱっと笑顔になって、うれしそうに報告するその子はとてもかわいくて、なんだか見惚れてしまった。
お人形さんみたいで、かわいいな。
いや。ジロジロ見たら、不審者っぽいわ……。
『あ、やべ! お兄ちゃん、さっきの店で忘れ物したわ』
『えー。なにやってんの~』
『ごめんって。お兄ちゃんすぐ戻るから、さきに食べてて』
お兄ちゃんが席を立って、ぱたぱたと店を出て行く。
そのとき、その女の子の大きな瞳と、バッチリ目があってしまった。
『あ、えと……』
慌てるオレに対して、彼女は、不思議そうに首をかしげた。
『あれ? ねえ、和菓子を頼んでないの?』
『う、うん』
『美味しいのにもったいない! ねえ、わたしのを食べる?』
無邪気に笑いながら差しだしてきたのは、桜の花の形をした練りきりだ。
『これね、うちの家のお菓子なんだ。すっごく美味しいんだよ』
『……いいの?』
『うん! これを食べたら、きっと元気になるよ』
彼女が、どこまでなにを思いながら、そう言ったのかはわからない。
だけど、落ちこんでいることまで見抜かれたような気がして、ドキッとした。
『ありがとう』
恐る恐る口にしたその和菓子は、とても甘くて、上品な味がした。
心をふわりと包んでくれるような、やさしい味だ。
『おいしい……!』
『ふふっ、そうでしょ! これからは、咲月堂にきたら、ぜひ和菓子を頼んでね』
満面の笑みで微笑んだ彼女に、すっかり心をもっていかれてしまったのは、仕方のないことだったと思うんだ。
ねえ、ひより。
オレが、咲宮家との婚約の話が持ちあがったときに手をあげたのは、単に和菓子が好きだったからじゃないんだよ?
恥ずかしくて、本人は到底言えそうにないけどね。【完】


