俺の期待の星の晴と瞳は、今日も辛い心を隠しながら俺の病室へやってきた。
「おまえらもさ、別に毎日来なくていいから」
俺はベッドの横に並んで立っている晴と瞳にそう言った。
こんなところで俺に付き合う必要はない。
冷たく言い放ったつもりは無いが、二人とも驚いて固まってしまった。
俺のことを思うなら、俺ができない楽しい経験をたくさんしてほしい。
「せっかくの夏休みだからさ。こんな辛気臭いところに来ても楽しくねえじゃん」
「おまえがいない方が楽しくないし」
晴が真面目な顔で言うから、俺は思わず顔を背けた。こいつらも花と同じで、普通に楽しい夏休みを過ごしたらいいんだ。忘れた頃に俺が死んだとしても、一時的に哀しんでまた元の生活に戻ればいい。
こんな風に毎日毎日来ていたら、いなくなった時のショックが大きくなるに決まっている。
「ダメだろ、そんなんじゃ。ずっと一緒にいられるわけじゃねえんだから」
「ねえ、颯斗は何がしたい? 夏休み!」
突然、瞳がテンション高く聞いてきた。
「何って……。ベッドから離れたい」
「じゃあ、外出許可を貰おうよ! 歩くのしんどかったら、車椅子借りてさ。もうすぐ花火大会もあるし、夏まつりだってあるよ」
最後の思い出作りか。うん、外には出たいな。
「海に行きたい」
俺は窓を指さした。少し先に見える砂浜がキラキラと光り、海が太陽に照らされて輝いている。
「砂浜を歩いて、海に入ってみたいな」
それは難しいだろう、と思ったが、それが毎日海を見つめながら思っていた俺の叶わない願いだった。
「ゴムボートならあるぞ」
いつも落ち着いた顔をしている冷静な晴が嬉しそうに笑った。
「ゴムボートに乗って、海の上を漂うってのはどうだ?」
「ああ……悪くないかも」
海に入れなくても、そんな気分になれるならいいのかもしれない。
だけど、もう体力は限界に近いことを知っていた。口からは達者に言葉が出て来るが、身体の方は思うように動かない。室内にあるトイレに歩くのがやっとだった。
それさえも誰かの支えが必要だから、そのうちトイレさえも行けなくなるのかもしれない。
そう思うとウンザリした。
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、いつの間にか晴と瞳が主治医を呼んで来ていた。
ベッドの上で軽く診察をすると、数年前に白髪のじいさん先生から替わって主治医になった、まだ若い口髭の生えたイケメン先生からは条件付きでOKが出た。短時間で時間厳守のこと、車椅子で出かけること、保護者が一緒のこと、水に入らないこと。
早苗さんに話すと、快く付き添ってくれると頷いた。
条件付きでも、この病室から出て海へ行けるのは嬉しかった。
「じゃ、帰って支度して来よう」
瞳が嬉しそうに晴の顔を見ると、窓の外を見ていた晴が「あっ!」と声を上げた。
「おい、颯斗。あの時、たぶん十歳くらいじゃなかったかな? 覚えてないか?」
「十歳? なんのことだ?」
「例の洞窟だよ。おまえの体調が悪くなってさ。洞窟に行くって言い出したんだ」
そう言えば、そんなことがあったような気がしてきた。
そうだ。じいさん先生が「生まれた時には十歳まで生きられないという話だった」と言っていたのを聞いて、俺の中では十歳というのがひとつの区切りになっていたのかもしれない。
十歳のこの時を乗り越えたら、きっと長生きできるんだ、とかそんな単純な思考を持っていたような気がする。
だからこそ、十歳のあの時に月の光の伝説を信じて、洞窟を見つけて月の光を浴びなければいけないと思っていた。
俺は小学校から帰る途中で晴と瞳にそんな話をしたのだ。
別に十歳が命の期限だとは言わなかったが、体調が悪いからこの機会に洞窟を探したいと言ったのだ。自分の心臓を治して欲しいからと。
「おまえらもさ、別に毎日来なくていいから」
俺はベッドの横に並んで立っている晴と瞳にそう言った。
こんなところで俺に付き合う必要はない。
冷たく言い放ったつもりは無いが、二人とも驚いて固まってしまった。
俺のことを思うなら、俺ができない楽しい経験をたくさんしてほしい。
「せっかくの夏休みだからさ。こんな辛気臭いところに来ても楽しくねえじゃん」
「おまえがいない方が楽しくないし」
晴が真面目な顔で言うから、俺は思わず顔を背けた。こいつらも花と同じで、普通に楽しい夏休みを過ごしたらいいんだ。忘れた頃に俺が死んだとしても、一時的に哀しんでまた元の生活に戻ればいい。
こんな風に毎日毎日来ていたら、いなくなった時のショックが大きくなるに決まっている。
「ダメだろ、そんなんじゃ。ずっと一緒にいられるわけじゃねえんだから」
「ねえ、颯斗は何がしたい? 夏休み!」
突然、瞳がテンション高く聞いてきた。
「何って……。ベッドから離れたい」
「じゃあ、外出許可を貰おうよ! 歩くのしんどかったら、車椅子借りてさ。もうすぐ花火大会もあるし、夏まつりだってあるよ」
最後の思い出作りか。うん、外には出たいな。
「海に行きたい」
俺は窓を指さした。少し先に見える砂浜がキラキラと光り、海が太陽に照らされて輝いている。
「砂浜を歩いて、海に入ってみたいな」
それは難しいだろう、と思ったが、それが毎日海を見つめながら思っていた俺の叶わない願いだった。
「ゴムボートならあるぞ」
いつも落ち着いた顔をしている冷静な晴が嬉しそうに笑った。
「ゴムボートに乗って、海の上を漂うってのはどうだ?」
「ああ……悪くないかも」
海に入れなくても、そんな気分になれるならいいのかもしれない。
だけど、もう体力は限界に近いことを知っていた。口からは達者に言葉が出て来るが、身体の方は思うように動かない。室内にあるトイレに歩くのがやっとだった。
それさえも誰かの支えが必要だから、そのうちトイレさえも行けなくなるのかもしれない。
そう思うとウンザリした。
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、いつの間にか晴と瞳が主治医を呼んで来ていた。
ベッドの上で軽く診察をすると、数年前に白髪のじいさん先生から替わって主治医になった、まだ若い口髭の生えたイケメン先生からは条件付きでOKが出た。短時間で時間厳守のこと、車椅子で出かけること、保護者が一緒のこと、水に入らないこと。
早苗さんに話すと、快く付き添ってくれると頷いた。
条件付きでも、この病室から出て海へ行けるのは嬉しかった。
「じゃ、帰って支度して来よう」
瞳が嬉しそうに晴の顔を見ると、窓の外を見ていた晴が「あっ!」と声を上げた。
「おい、颯斗。あの時、たぶん十歳くらいじゃなかったかな? 覚えてないか?」
「十歳? なんのことだ?」
「例の洞窟だよ。おまえの体調が悪くなってさ。洞窟に行くって言い出したんだ」
そう言えば、そんなことがあったような気がしてきた。
そうだ。じいさん先生が「生まれた時には十歳まで生きられないという話だった」と言っていたのを聞いて、俺の中では十歳というのがひとつの区切りになっていたのかもしれない。
十歳のこの時を乗り越えたら、きっと長生きできるんだ、とかそんな単純な思考を持っていたような気がする。
だからこそ、十歳のあの時に月の光の伝説を信じて、洞窟を見つけて月の光を浴びなければいけないと思っていた。
俺は小学校から帰る途中で晴と瞳にそんな話をしたのだ。
別に十歳が命の期限だとは言わなかったが、体調が悪いからこの機会に洞窟を探したいと言ったのだ。自分の心臓を治して欲しいからと。