【柱】高校・放課後・校庭

【ト書き】
夕焼けが空を朱に染める放課後。生徒たちはそれぞれの帰り道を歩き、賑やかだった校舎も少しずつ静けさを取り戻していく。

【ト書き】
桜木八重は、校庭の隅に立っていた。約束の時間。少し落ち着かない気持ちで空を見上げながら、スマホの画面をチラリと確認する。

【ト書き】
『放課後、話がある』——椿からのメッセージ。

【ト書き】
何を言われるのか分からない。でも、ここ数日、椿の存在がどこか違って見えるようになってしまったことだけは、自分でも気づいていた。

【八重】
「……私、なんでこんなに緊張してるんだろ。」

【ト書き】
手のひらが汗ばんでいることに気づく。深呼吸をしてみるが、胸の高鳴りはなかなか収まらなかった。

【ト書き】
その時、校舎の方から足音が聞こえた。

【椿】
「待たせた?」

【ト書き】
白波椿が、いつものように軽い足取りで近づいてきた。夕陽に照らされた彼の姿は、なぜか普段より大人びて見える。

【八重】
「別に。……で、話って何?」

【ト書き】
八重は努めて平静を装いながら、椿の顔を見上げた。椿はしばらく彼女を見つめ、それからゆっくりと口を開いた。

【椿】
「なあ、八重。お前、俺がこの学校を選んだ理由、もう分かってるよな?」

【八重】
「……幼馴染の関係を変えたかった、でしょ?」

【ト書き】
椿はふっと笑い、八重の髪を指先で軽く触れた。

【椿】
「そう。俺は、お前をただの幼馴染として見てるわけじゃない。」

【ト書き】
八重の心臓が跳ねる。彼の指先が触れた場所が、熱を持ったように感じた。

【椿】
「……ずっとさ、お前は俺にとって特別だったんだよ。」

【八重】
「……特別?」

【椿】
「幼馴染として大事な存在——それだけじゃなかった。俺はいつの間にか、お前に惹かれてたんだと思う。」

【ト書き】
椿の声は穏やかで、だけどどこか真剣だった。八重はその目をまっすぐに見つめることができなかった。

【八重】
「……でも、そんなの……。」

【椿】
「そんなの、って?」

【八重】
「私たち、ずっと一緒にいたじゃん。小さい頃から、毎日のように。……そんな関係、簡単に変えられるものじゃないでしょ?」

【ト書き】
八重の声は、自分でも驚くほど小さく、どこか不安げだった。

【椿】
「そうだな。でも、変わるきっかけがほしかったんだ。」

【ト書き】
椿は微笑みながら、彼女の肩に軽く触れる。

【椿】
「お前がどう思うかは自由だ。でも、俺はもう決めた。ゲームが終わろうが、周りが何を言おうが関係ない。俺は、お前が好きだよ。」

【ト書き】
まっすぐな言葉が、八重の心に深く刺さる。

【八重】
「……。」

【ト書き】
椿は、それ以上何も言わなかった。ただ、静かに八重を見つめていた。その瞳は、今までのどんな瞬間よりも真剣だった。

【ト書き】
八重は息を呑む。彼の言葉が、気持ちが、胸の奥に広がっていく。

【八重】
「……そんなの、ずるいよ。」

【ト書き】
照れくささを隠すように呟くと、椿はくすっと笑った。

【椿】
「うん。知ってる。」

【ト書き】
夕陽が二人を包み込む中、八重の心はまだ整理がついていなかった。でも、一つだけ確かなことがあった。

【ト書き】
——白波椿は、本気で彼女を好きだということ。

【ト書き】
八重はそっと胸元に手を置く。そこにある鼓動は、彼女自身もまだ理解できないほどに高鳴っていた。

【柱】高校・翌日・屋上

【ト書き】
朝の静けさが漂う屋上。誰もいない空間に、桜木八重は一人立っていた。風が髪を揺らし、遠くからは生徒たちの楽しげな声が聞こえてくる。

【ト書き】
昨日の椿の言葉が、まだ八重の中で渦巻いていた。

【椿】
「俺は、お前が好きだよ。」

【ト書き】
その言葉を思い出すたび、胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われる。ずっと幼馴染だと思っていたはずなのに——いや、幼馴染だからこそ、こんなにも特別なのかもしれない。

【八重】
「……椿。」

【ト書き】
名前を口にするだけで、心臓が跳ねた。彼はずっと変わらずに隣にいてくれた。けれど、八重はその存在の大きさに今まで気づかなかった。

【ト書き】
なぜ気づかなかったのか。いや、本当は、気づかないふりをしていたのかもしれない。

【八重】
「バカみたい……私。」

【ト書き】
自分の気持ちに向き合うのが怖かったのだ。ずっと一緒にいた椿が、もし恋愛の相手として自分にとっても特別だったとしたら——その関係が崩れてしまうのが、怖かった。

【ト書き】
でも、椿は変わることを恐れずに、勇気を出して言葉にした。

【八重】
「……私も、ちゃんと答えを出さなきゃ。」

【ト書き】
八重は深く息を吸い込み、ゆっくりと校舎へと足を向けた。

【柱】高校・昼休み・中庭

【ト書き】
昼休みの中庭。ベンチに腰掛ける白波椿の姿を見つけ、八重は少し緊張しながら歩み寄った。

【椿】
「やっと来た。」

【ト書き】
椿は八重を見ると、いつものように軽く笑った。だけど、その目はどこか期待しているようにも見えた。

【八重】
「……話したいことがあるの。」

【ト書き】
椿は黙って頷き、八重の言葉を待つ。

【八重】
「昨日のこと……椿が言ってくれたこと、ちゃんと考えたよ。」

【椿】
「……そっか。」

【ト書き】
八重はぎゅっと拳を握りしめる。そして、椿の目をまっすぐに見つめた。

【八重】
「私、椿のこと……ただの幼馴染だと思ってた。でも、それだけじゃないって気づいたの。」

【ト書き】
椿の表情がわずかに変わる。真剣な瞳が八重をとらえた。

【八重】
「椿は、私にとって……特別な人。」

【ト書き】
言葉にしてしまうと、もう誤魔化せない。でも、それでいいと思った。

【椿】
「——それって、つまり?」

【八重】
「……私も、椿が好き。幼馴染としてじゃなくて、一人の男の子として。」

【ト書き】
風が吹き抜ける。椿の目が大きく見開かれ、次の瞬間、彼は大きく笑った。

【椿】
「……ああ、やっと言わせた。」

【八重】
「なっ!? ずるい!!」

【ト書き】
八重は思わず顔を赤らめながら、椿の肩を軽く叩く。だけど、椿はそんな彼女の手をすっと握り返した。

【椿】
「これからは、もう幼馴染って言わせないからな。」

【八重】
「……もう、勝手に決めないでよ。」

【ト書き】
八重の声は、どこか嬉しそうだった。

【ト書き】
——こうして、二人の関係は幼馴染から“恋人”へと変わった。

【ト書き】
それは、ずっと当たり前だった関係の終わりであり、新しい始まりでもあった。