【柱】高校・夕方・屋上

【ト書き】
リアル恋愛ゲームが終わりを迎え、数日が経った。夕陽が差し込む屋上で、桜木八重はぼんやりと空を見上げていた。

【ト書き】
学校はすっかり日常を取り戻し、生徒たちは思い思いに過ごしていた。だが、八重の心にはまだひっかかるものがあった。

【八重】
「……なんで私だけ、この学校の仕組みを知らなかったんだろ?」

【ト書き】
入学してからずっと、この学校に“リアル恋愛ゲーム”というシステムがあることを知らずに過ごしてきた。それどころか、周囲の生徒たちは皆当然のようにそのルールを受け入れ、適応していた。それなのに——なぜ自分だけ知らされなかったのか。

【八重】
「そもそも、なんで私、この学校を選んだんだっけ……?」

【ト書き】
そう呟いた瞬間、後ろから軽い笑い声が聞こえた。

【椿】
「やっと気づいた?」

【ト書き】
振り向くと、白波椿が手すりに寄りかかってこちらを見ていた。心なしか、いつもの余裕の笑みは少し控えめに見える。

【八重】
「……何よ。」

【椿】
「お前がこの学校を選んだ理由? それ、俺のせいなんだけど。」

【八重】
「は?」

【ト書き】
八重は思わず眉をひそめる。

【椿】
「ほら、お前、進路決めるとき迷ってたじゃん。それで俺がこの学校を勧めたんだよ。『面白い学校らしいから一緒に行こうぜ』って。」

【八重】
「え……? ちょっと待って、じゃあ私——」

【ト書き】
八重は衝撃を受けた。確かに、当時の自分はそこまで進学にこだわりがなく、椿に誘われるがままにここを選んだ。

【八重】
「でも、それなら椿は知ってたってこと!? 最初から!?」

【椿】
「まあな。」

【ト書き】
あまりにも軽い答えに、八重は絶句する。

【八重】
「はぁ!? じゃあなんで教えてくれなかったのよ!」

【椿】
「だって、お前、恋愛ゲームとか嫌いそうだったし?」

【八重】
「そういう問題じゃないでしょ!!」

【ト書き】
八重は怒りを通り越して呆れ果てる。だが、すぐにもう一つの疑問が浮かんだ。

【八重】
「……でも、なんで椿はこの学校を選んだの?」

【ト書き】
彼ならもっと自由な学校に行くこともできたはず。わざわざ、こんな“恋愛ゲーム”が存在する学校を選ぶ必要はなかったはずだ。

【椿】
「それは——」

【ト書き】
椿は少しだけ目を伏せて、それからふっと笑った。

【椿】
「お前と幼馴染の関係を変えたかったから。」

【八重】
「……え?」

【ト書き】
八重の胸がどくん、と高鳴る。

【椿】
「ずっと隣にいたけど、お前は俺を“幼馴染”としか見てなかった。だから、この学校なら、お前に俺を“異性”として意識させられるかもしれないって思ったんだよ。」

【八重】
「……。」

【ト書き】
八重は言葉を失った。まさか、椿がそんなことを考えてこの学校を選んでいたなんて。

【椿】
「でも、結局ゲームなんか関係なかったな。俺は最初から、お前しか見てなかったし。」

【ト書き】
椿は軽く笑いながら、八重の髪をくしゃっと撫でた。

【八重】
「……もう、なんなのよ。」

【ト書き】
恥ずかしさで顔を赤らめながら、八重は椿の手を払う。でも、その表情はどこか、少しだけ柔らかくなっていた。

【ト書き】
——リアル恋愛ゲームは終わった。

【ト書き】
でも、二人の関係は、今まさに新たなステージへと進もうとしていた。

【柱】高校・夜・自室

【ト書き】
夜の静寂が部屋を包む。カーテンの隙間からは月明かりが差し込み、柔らかく床を照らしていた。時計の針はもうすぐ日付が変わることを告げている。

【ト書き】
桜木八重はベッドの上に仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめていた。今日、椿に言われた言葉が頭から離れない。

【椿】
「お前と幼馴染の関係を変えたかったから。」

【ト書き】
何度思い出しても、心臓がどくんと跳ねる。その言葉の意味を、改めて考えようとすると、なぜか息苦しさを感じた。

【八重】
「……椿って、ずっとそんなこと考えてたの?」

【ト書き】
ずっと隣にいたのに、まったく気づかなかった。いや——気づこうとしなかっただけかもしれない。

【八重】
「でも、椿は昔から優しかったし……それに……。」

【ト書き】
幼い頃から、椿はいつも八重の隣にいた。転んだ時、泣きそうになった時、困った時——彼は当たり前のように手を差し伸べてくれた。

【ト書き】
幼馴染として、彼の優しさを当然のもののように受け入れてきた。学校が違っても、クラスが離れても、椿はいつもそこにいた。いつも笑って、「八重」って呼んでくれた。

【八重】
「……私、椿のこと……どう思ってるんだろ。」

【ト書き】
恋愛ゲームの中では、彼との関係は“幼馴染ルート”として組み込まれていた。でも、それがなかったとしても——椿は、八重にとって特別な存在だったのではないか。

【八重】
「……なんで、こんなに意識しちゃうんだろ。」

【ト書き】
頬に手を当てると、ほんのりと熱を持っているのがわかった。これまで一度も考えたことのなかった感情が、じわじわと膨らんでいく。

【八重】
「まさか……いや、違う……はず……。」

【ト書き】
頭をぶんぶんと振って、無理やり思考を切り替えようとする。でも、一度浮かんだ疑問は簡単には消えてくれなかった。

【ト書き】
目を閉じても、脳裏に浮かぶのは椿の顔ばかりだった。意識すればするほど、心臓の鼓動が速くなっていく。

【八重】
「……なんなのよ、もう……。」

【ト書き】
思わず枕を抱きしめながら、もぞもぞと寝返りを打つ。でも、落ち着かない。頭の中でぐるぐると考えが巡り続ける。

【ト書き】
その時——。

【ト書き】
スマホが軽く震えた。画面を見ると、白波椿からのメッセージが届いていた。

【椿(メッセージ)】
『明日、放課後空いてる? ちょっと話したいことがある。』

【八重】
「え……。」

【ト書き】
何気ない一言なのに、心臓の音が大きくなった気がした。

【八重】
「……なんで、こんなにドキドキしてるの、私。」

【ト書き】
——八重はまだ、自分の気持ちに気づいていない。