柱:回想・遥の家・夕方
ト書き
まだ太陽が沈みきらない夏の夕方。
蒸し暑い風が吹き抜ける中、
相川遥(6歳) は家の庭で水を撒いていた。

じょうろから流れ落ちる水が地面を濡らし、
アスファルトから ふわりとした水蒸気の匂いが立ち上る。

どこからかセミの声が聞こえ、
夏の空気をより濃く感じさせた。

そんな中、
ふと、遥は 隣の家の方を見た。

遥(モノローグ)
「お隣さん、今日から引っ越してくるんだっけ。」

ト書き
朝から何台ものトラックが行き来し、
大人たちが忙しそうに荷物を運んでいた。

けれど、
遥が気になったのは 家具じゃなくて、人。

遥(モノローグ)
「……同い年の子、いるのかな?」

ト書き
そんなことを考えていた、その時——。

隣の家の門が開いた。

そして、
そこから ひょっこりと顔を出したのは——。

柱:回想・透の家の前・夕方
ト書き
短く切り揃えられた黒髪。
大人びた顔立ちの、どこか無表情な少年。

彼は、
まだ引っ越し作業の途中らしく、
薄手のパーカーに短パンというラフな格好だった。

遥(モノローグ)
「……あの子、もしかして。」

ト書き
遥が じっと見ていると、
少年は 気づいたように目を合わせた。

だが、
そのまま 何も言わずにじっと見つめてくる。

遥は 少し戸惑いながらも、勇気を出して声をかけた。

遥(6歳)「えっと……こんにちは!」

ト書き
少年は 一瞬まばたきをし、
それから 小さく頷いた。

少年「……こんにちは。」

ト書き
その声は、
同い年とは思えないほど 落ち着いていた。

遥は、
そんな彼の様子を見ながら 不思議な気持ちになる。

普通なら、
「はじめまして!」とか、
「どこから来たの?」とか、
そういうやりとりになるはずなのに——。

彼は それ以上何も言わない。

まるで、
「どうして僕に話しかけるの?」とでも言いたげな顔をしていた。

遥(モノローグ)
「なんか……ちょっと変わった子?」

ト書き
そんなことを思いながらも、
遥は 気を取り直して話を続ける。

遥(6歳)「えっと、今日から隣に引っ越してきたんだよね?」

少年「……うん。」

ト書き
やっぱり そっけない。

でも、
その無表情の奥に 何かを探るような雰囲気 を感じて、
遥は 妙に気になった。

それなら、と——
遥は 少しだけ距離を詰めてみることにした。

遥(6歳)「名前、なんていうの?」

ト書き
少年は 一瞬だけ視線を泳がせ、
それから ぽつりと答えた。

少年「……夏目透。」

ト書き
その 淡々とした言い方。
どこか大人びた雰囲気。

でも、
遥はなぜか 怖いとは思わなかった。

むしろ、
その無表情の裏に 何か隠しているような気がして、
もっと知りたくなった。

遥(モノローグ)
「夏目透くん、ね。」
「なんか……無口だけど、気になる。」

ト書き
遥は、
笑顔で手を差し出した。

遥(6歳)「私は相川遥! よろしくね!」

ト書き
しかし、
透は じっとその手を見つめるだけで、なかなか握ろうとしない。

遥は 少し焦りながら、もう一度促した。

遥(6歳)「え、握手しない?」

ト書き
すると、
透は ほんの少しだけ眉をひそめ、

透(6歳)「……そういうの、やるの?」

ト書き
と、まるで 握手という文化を知らないような顔で聞いてきた。

遥は びっくりする。

遥(モノローグ)
「やるよ!! 普通に!!」

ト書き
でも、
なんとなく おかしくなって、くすっと笑った。

遥(6歳)「……変なの。でも、いいじゃん。仲良くしよ?」

ト書き
透は、
少しだけ 驚いたように目を見開いた。

そして——

遥の手を ゆっくりと握った。

その手は 少しだけ冷たくて、でもしっかりとした感触だった。

遥(モノローグ)
「透と、初めて手を繋いだ日。」

「それが、私たちの幼なじみの始まりだった——。」

柱:現在・教室・転校生の登場
ト書き
透との出会いの記憶が、
まるで昨日のことのように蘇る。

遥がぼんやりと思い返していたその時——

教室のドアが勢いよく開いた。

先生「では、転校生を紹介する。」

ト書き
クラス全員が 前を向く。
そして、
静かに前に進み出たのは——

長い黒髪に、
どこか大人びた雰囲気の少女だった。

柱:回想・透の故郷・夕方
ト書き
オレンジ色の夕陽が、静かな住宅街を優しく染めていた。
蒸し暑さの残る夏の終わり、
夏目透(6歳) は、家の前の道をゆっくりと歩いていた。

その隣には、
同い年の少女——三崎杏がいた。

二人は、
生まれた産院も、通った保育園も同じ。
気づけばずっと隣にいる存在だった。

杏は、
両手を後ろに組みながら、
少し拗ねたような顔で透を見上げる。

杏(6歳)「透、本当に引っ越しちゃうの?」

ト書き
透は無言のまま、小さく頷いた。

杏は口をへの字に曲げ、足を止めた。

杏「やだ。」

ト書き
透も、
杏が歩みを止めたことに気づき、振り返る。

杏は、
ぎゅっと拳を握りしめていた。

杏「透とはずっと一緒にいると思ってたのに。」

ト書き
その言葉に、
透の胸の奥が、少しだけざわつく。

杏とは、
本当に小さな頃からずっと一緒だった。

保育園の送り迎えも、
お昼寝の時間も、
公園で遊ぶ時間も——
いつも、杏が隣にいた。

でも、
透が引っ越すことで、
それが終わってしまう。

透(モノローグ)
「……仕方ないだろ。」

ト書き
透は、
杏の方をまっすぐに見つめながら、静かに言う。

透(6歳)「お父さんの仕事のせいだし、どうにもできない。」

ト書き
その言葉に、
杏はギュッと拳を握りしめた。

杏「仕方なくない!」

ト書き
杏が透の前に立ち塞がるようにして、真剣な目で睨む。

杏「じゃあ、透。」
杏「……約束しよう。」

ト書き
透の目が少しだけ揺れる。

杏は、
透の腕をぎゅっと掴み、
まっすぐに言った。

杏「透がどこに行っても……」
杏「大きくなったら、絶対にまた一緒になる。」

ト書き
透は、
杏の真剣な瞳を見つめる。

彼女の小さな手が震えていることに気づいた。

杏「透、私と結婚するって約束して。」

ト書き
その言葉に、
透の心臓が一瞬跳ねる。

杏は、
迷いのない瞳で透を見つめていた。

まるで、
「当たり前のこと」 を言うかのように。

透は、
彼女の言葉をどう受け止めたらいいのか分からなかった。

だけど——
杏の真剣な目を見て、
透は逃げることができなかった。

沈黙が流れる中、
透はゆっくりと頷いた。

透「……分かった。」

ト書き
杏の顔がぱっと明るくなる。

杏「ほんと?」

透「……約束する。」

ト書き
透が小さな手を差し出す。
杏は勢いよくその手を握る。

二人の指が、
強く絡み合った。

まるで、
この約束が絶対に破られないもののように。

柱:回想・杏の家の前・夜
ト書き
引っ越しの前夜。
透は杏の家の前で、最後の挨拶をしていた。

杏は、
少し涙ぐみながら、透を見つめる。

杏「透、約束だからね。」

透「……うん。」

杏「絶対に私のこと、忘れちゃダメだよ?」

ト書き
透は黙って頷いた。
しかし、
その約束は——

新しい町での生活が始まり、
時間とともに薄れていった。

そして——
相川遥と出会った。

透は新しい環境に馴染み、
杏との思い出は少しずつ遠ざかり、
透の中で静かに閉じ込められていった。

柱:現在・教室・転校生の登場
ト書き
クラス全員が前を向く。
そして、
静かに前に進み出たのは——

長い黒髪に、
どこか大人びた雰囲気の少女だった。

彼女は、静かに教卓の前に立ち、
遥の方を一瞥し、
そして透の方を見た。

透は、彼女の姿を見た瞬間、ピクリと動きを止める。
遥はその異変を見逃さなかった。

杏「久しぶりね、透。」

ト書き
その一言が、
遥の胸にざわざわとした感情を呼び起こした。

遥(モノローグ)
「……え?」

「この子、透の知り合い?」

ト書き
遥が透の横顔を見る。

すると、
透の表情が、
初めて見せるような複雑なものになっていた。

遥は、
何かが大きく動き出す予感を感じながら、
新しく現れた少女をじっと見つめていた——。