僕が右手を差し出すと、そのひとは、少し黒く細いまゆをひそめ、それから、
僕のコートの右ポケットを指さした。見ていたのだろう。僕が真珠をひろいあつめていたのを。真珠泥棒だと思ったのかもしれない。
僕は、つやつやとした真珠を右手に乗せ、そのひとに見せる。9個。これで全部だ、と、目で合図をすると、
そのひとはそっとそれを受け取った。肌の温度や質感をまるで感じなかった。
長い黒髪が揺れる。黒衣のすそが揺れる。悲しみをみじんも見せず、そのひとは、
9個の真珠を、
そっと、口に入れ、飲み込んだ -

声も出なかった。動けなかった。車も通らなかった。
あっけにとられる僕を真っすぐ見ながら、そのひとはひとつひとつの真珠をゆっくりと飲み込んだ。ごくり、と言う音がしそうに白いのどが動いた。
ビームライトをつけた車が通った。その光が一瞬だけそのひとの全身を包み込んだ。映画館で映画を観ている気分になった。
車が通り過ぎたあと、白い小さな雪の粒が静かに空から降りてきて、
見上げたら、薄い金色の月が今にもヴェールを脱ぎすてようとしていた。

そのひとも、黒い上着を脱ぎ捨てた。中に着ていたのは、白いブラウスだった。
名残雪の色をした白。今、降っている雪の色。
ヴェールを脱ぎ捨てた月の光が、そのひとをぽっと明るく照らした。
(きれいだ)

きれいだ、きれいだ。
見とれそうなほど。
きれいだ。なんてきれいなんだ。今すぐにふわりと消えてしまいそうなほど。

恋をしてしまう。


2025.03.07
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