高校に入学して、1ヶ月が過ぎた。
部活動を終え、教室に明日提出の課題を忘れてしまった私は、1人廊下を歩く。
誰もいない教室に入ると、静寂の中、私の足音と時計の針が進む音だけが耳に届いた。そして自分の机の中から忘れ物を取り出し、椅子を元に戻した後、私の視線は、自然に外へと向いていた。
私の席は、窓側の1番前。外を眺めながら私は1つ、深く溜息をついた。…そんな時だった。
「帰らないのか?」
声がしたと同時に、教室中が明かりに包まれる。
出入り口の方を見ると、そこには、隣の席の彼が立っていた。隣の席といっても、必要最低限でしか話したことはない。世間話どころか、おはようなどの挨拶も一切交わしたことはなかった。
彼のことは話をしなくても見ていれば分かる情報、寡黙で、勉強熱心で、本をよく読んでいるということしか知らない。
そんな彼に声をかけられ、私は驚く。うまく、彼に言葉を返せている感覚がなかった。
「あ、いや…、今から帰るところ」
私のその言葉に彼は何も言うことなく、彼はこちらに向かい歩みを進めていた。彼との距離が、徐々に縮まる。
どうやら彼も、教室に物を取りにきたようだ。しかしそれは、今日の課題とは関係のない教科の教科書で、取りに来た物の意味が、私とは違うようだった。
「部活帰り?」
「うん、そうだけど…、えっと…、そっちは?」
「俺は部活はやってない。委員会の仕事」
「そうなんだ…」
彼と2人きりの教室は、いつもの教室とは別の場所のように感じてしまう。
「…じゃあ」
「うん、またね」
そうして彼は、私に背を向けて歩き出した。
彼の背中を見つめていると、教室を出る一歩手前のところで、何かを思い出したかのように「あぁ」と言って彼は立ち止まった。どうしたのだろうかと私が疑問に思っていると、彼はこちらを振り返り、私にこう告げる。
「誕生日おめでとう」
彼はそれだけ言うと、私の反応を待たずに教室を後にした。
私の誕生日が今日だったことは、教室で数人のクラスメイト達からお祝いの言葉をもらっていたために、彼もそれを聞いてくれていたからなのではないかと、そのような考えを思いつく。
彼から「誕生日おめでとう」と言ってもらえた時、彼の口角がほんの一瞬、僅かに上がったようにも見えた。お礼を言えなかったため、すぐに追いかけてお礼を言わないとと思う反面、私の足はその場で立ち尽くしたままだった。
「誕生日おめでとう」と言ってくれた瞬間の彼のことが、どういうわけか頭から離れずにいたから…。
「……明日、お礼を言わないと」
教室にはそう呟いた私の声と、時計の針が進む音だけが残っていた。
そう、これから隣の席の彼への気持ちが、私の中で溢れ返ってしまうことを、この時の私はまだ知る由もなかったのだった。
部活動を終え、教室に明日提出の課題を忘れてしまった私は、1人廊下を歩く。
誰もいない教室に入ると、静寂の中、私の足音と時計の針が進む音だけが耳に届いた。そして自分の机の中から忘れ物を取り出し、椅子を元に戻した後、私の視線は、自然に外へと向いていた。
私の席は、窓側の1番前。外を眺めながら私は1つ、深く溜息をついた。…そんな時だった。
「帰らないのか?」
声がしたと同時に、教室中が明かりに包まれる。
出入り口の方を見ると、そこには、隣の席の彼が立っていた。隣の席といっても、必要最低限でしか話したことはない。世間話どころか、おはようなどの挨拶も一切交わしたことはなかった。
彼のことは話をしなくても見ていれば分かる情報、寡黙で、勉強熱心で、本をよく読んでいるということしか知らない。
そんな彼に声をかけられ、私は驚く。うまく、彼に言葉を返せている感覚がなかった。
「あ、いや…、今から帰るところ」
私のその言葉に彼は何も言うことなく、彼はこちらに向かい歩みを進めていた。彼との距離が、徐々に縮まる。
どうやら彼も、教室に物を取りにきたようだ。しかしそれは、今日の課題とは関係のない教科の教科書で、取りに来た物の意味が、私とは違うようだった。
「部活帰り?」
「うん、そうだけど…、えっと…、そっちは?」
「俺は部活はやってない。委員会の仕事」
「そうなんだ…」
彼と2人きりの教室は、いつもの教室とは別の場所のように感じてしまう。
「…じゃあ」
「うん、またね」
そうして彼は、私に背を向けて歩き出した。
彼の背中を見つめていると、教室を出る一歩手前のところで、何かを思い出したかのように「あぁ」と言って彼は立ち止まった。どうしたのだろうかと私が疑問に思っていると、彼はこちらを振り返り、私にこう告げる。
「誕生日おめでとう」
彼はそれだけ言うと、私の反応を待たずに教室を後にした。
私の誕生日が今日だったことは、教室で数人のクラスメイト達からお祝いの言葉をもらっていたために、彼もそれを聞いてくれていたからなのではないかと、そのような考えを思いつく。
彼から「誕生日おめでとう」と言ってもらえた時、彼の口角がほんの一瞬、僅かに上がったようにも見えた。お礼を言えなかったため、すぐに追いかけてお礼を言わないとと思う反面、私の足はその場で立ち尽くしたままだった。
「誕生日おめでとう」と言ってくれた瞬間の彼のことが、どういうわけか頭から離れずにいたから…。
「……明日、お礼を言わないと」
教室にはそう呟いた私の声と、時計の針が進む音だけが残っていた。
そう、これから隣の席の彼への気持ちが、私の中で溢れ返ってしまうことを、この時の私はまだ知る由もなかったのだった。