九月。
 ケイ君を失った悲しみから立ち直れないままわたしは新学期を迎えた。

 夏休み中、わたしは、ずっとケイ君を探して歩き回っていたけれども、結局、再会することは叶わなかった。
 ハムスター姿のケイ君を肩に乗せて、二人で色んなたわいもないことを話し合った思い出、人間の姿のケイ君と二人で出かけた想い出、そんなことで頭はいっぱいで、ずっと心はふわふわしていた。

 まるで幻の中を歩いているみたい。
 ケイ君がいないっていう現実をうまく受け止められなくて、わたしはケイ君がいた頃の想い出にしがみついて、離れられない。
 どこを見てもケイ君のことを思い出す。

 わたしの恋心は、ケイ君に届いた。きっとそうだ。
 だから、魔女との契約条件を果たして、わたしは魔女に魂を取られなかったのだろう。
 ……でも、それだけ。
 ケイ君と一緒にいたいという願いは、どうやら叶わなかったようだ。
 だから、こうやって、ケイ君のいない辛い毎日を過ごしている。

 ケイ君の出てきた体重計は、精霊のケイ君を失ったためか、大きな亀裂が入って、二度と動くことはなかった。
 お母さんは、体重計を捨てろというけれども、わたしにはどうしても出来なくて、ずっと部屋の片隅に置いている。
 お母さんは、新しい体重計を買ってきて、洗面所に置いたが、わたしは使う気になれなかった。

 そして、あの魔法のワンピースは、いつの間にかクローゼットから姿を消した。
 きっと、役目を終えて、魔法が消えたからだろう。調べてみたら、シンデレラの物語でも、ガラスの靴以外のものは、ドレスも従者もかぼちゃの馬車も消えてしまっていた。

 ケイ君とわたしの繋がりは、もう、わたしの左腕につけたブレスレットだけになってしまった。
 ペアでかった内の片方のブレスレットだけが、わたしと一緒に一つだけ残された。

 こんなにも、ケイ君が好きだったなんて、自分でも思いもよらなかった。
 もう、取り返しがつかないのに、わたしは、ずっと前に進めない。
 前に進めないまま、二学期が始まったのだ。

 ケイ君のことを考えながら席に座っていると、心配した祐樹君が話しかけてきてくれる。

 「大丈夫? なんか元気ないよ?」
 「うん……ありがとう。大丈夫だから」

 祐樹君にケイ君のことを話すことはできない。話したって、きっと信じてなんかくれない。

 時間が来て、担任の先生が入ってくる。 
 今日は始業式だから、教室で出席を確認して、そのまま体育館で始業式。
 校長先生の長い挨拶や、夏休み中に大会のあった部活の活動結果報告なんかがあるはずだ。
 そして、そのまま解散。
 授業は明日から始まる。
 早く解散してほしい。早くうちに帰って今日もあのワンピースのお店を探したいのだ。
 結局、魔女エレルザーレに聞かなければ、ケイ君の行方は分からないのだ。

 出席簿の順番で名前を先生に呼ばれて、あとは始業式の行われる体育館への移動の号令があるはずだった。

 「はい、始業式が始まるから、今から体育館へ行くんだが、その前に転校生を紹介する」

 なんだ。まだ何かあるのかと、わたしが待っていると、先生に促されて一人の生徒が教室に入ってくる。
 皆、興味津々で転校生に注目している。

 男の子だ。
 教室がざわつく。「結構イケメンだ」「どうせなら女子がよかった」なんて、口々に皆が勝手なことを言っている。

 「あ……」

 わたしは、転校生の顔をみて、思わず声が漏れる。
 ケイ君に少し似ている顔に見えるのは、わたしがケイ君のことばかり考えているからだろうか。
 真っ黒な髪……でも、瞳の色が、光に透けて時々すみれ色かかって見えるのは、気のせいだろうか。

 「根津 計 ねず けい」

 先生が、転校生の名前を書く。

 「根津計君だ。……ほら、根津君、挨拶して!」
 「よろしくお願いします」

 先生に促されて挨拶する根津君の声は、ケイ君そっくりだった。
 わたしは、ひょっとしてという期待でドキドキする。
 魔法の力は、わたしにケイ君を返してくれたのだろうか?
 でも、どうして転校生? ケイ君、人間になれたの?
 もし、人間になれたのだとして、ケイ君は、わたしのことを覚えているだろうか?

 根津君が案内された席は、わたしの席の後ろだった。
 席へと移動する根津君と、わたしはちらりと目が合った。

 「それ……ブレスレット、俺のと同じだ」

 根津君が、すっと自分の左腕を見せてくれる。

 「ケイ君……」

 わたしは、叫びそうになる口を必死で押さえる。ダメだ。だって、ここ教室。

 根津君の左腕には、わたしがケイ君にあげたガラスの靴のチャームがついたブレスレットが輝いていた。

「気をつけて、チャンスは一度きり」

 どこかであの魔女のおばさんの声がしたような気がした。
 言われなくても分かっている。
 わたしは、ケイ君の腕をつかんだ。

 「おかえりなさい。ずっと待っていたの」

 わたしは、ケイ君に微笑んだ。
 自然とわたしの目から涙がこぼれて、頬をつたって落ちていった。