だって、こんなに迷うってことは、やっぱり買わないで帰ったら後悔するもの。
 本は買いたかったけれども、それはまた、今度、来月のお小遣いで買うこととしよう。

 「これ、サイズは?」
 「ワンサイズだけの一点もの!」
 「え……」
 
 入るかな。ちょっと微妙なんだけれど……。
 丈は丁度良いし、表示サイズは……うん。大丈夫なはず……でも、やっぱり小さく見える。

 「大丈夫! 大丈夫! きっと入るから! うん、お姉さんの見立てでは、ばっちり!」
 「でも試着はしないと……試着室は?」
 「それが……壊れて使えないの」
 「ええっ!」

 無茶じゃない? だって、だって入らなかったら、どんなに素敵なワンピでも役立たずだ。

 「お願い! 助けると思って! 最近、このお店に来れる客、少ないのよ!」
 「いや、それはこのお店の場所が悪いんじゃないですか? もっとほら、人通りの多いところにお店を引っ越すとか」
 「それが、そうも行かないのよ。魔法条約的なあれでほら、顧客も限られていて」
 「なんなんですか、その訳わからない理由は!」
 「ともかく、お願い! 助けて!」

 うわ……。これじゃあ押し売りだ。
 確かに、このお店、お客さん少なそうだものね……。
 ワンピースの丈は大丈夫だし……。
 デザインは素敵だし……。

 「サービスするから! ね?」

 店員が、わたしに向かって両手を合わせて拝み始める。いや……おがまれても……
 弱いのだ。わたしは、こういうオシに。
 
 「分かりました。買います」

 ま、負けてしまった。だって、店員の圧がすごいんだもの。

 「ありがとうございます〜! もう、返品できないからね! ほら、サービスの『従者のしずく』もお渡ししますから!」
 「従者のしずく……?」

 また怪しいものが出てきた。
 わたしは、店員の渡してくる小瓶の怪しさに、しかめ面をする。
 サービス品だっていうから、無料。それは嬉しいけれど。なんだか一々怪しい。
 きれいな小瓶。中でピンク色の液体がチャプチャプ音を立てている。

 「でぇ、これが契約書!」
 「え、ワンピースを買うのに契約書なんて要るの?」

 当然のことながら、わたしの声は裏返る。
 だって、とても驚いたのだ。ワンピースを一枚買うのに契約書って、怪しすぎるでしょ?

 「そうよ。魔法のかかった物を契約もなしに渡せないのよ。悪魔だって、願いを叶えるには契約するでしょ?」
 「いや、そんな悪魔と例えられても……」
 「まあまあ、そこは物の例えだから!」
 「どうしよう……面倒になってきたな……」

 わたしは、ワンピースを買おうかやめようか、また悩みはじめる。

 「わ、待って、そんな難しくないから、このワンピースを買って叶えたい願いを書いて、名前を入れるだけだから。ね! ね!」

 店員さんは、何やら必死だ。ひょっとしたら売り上げノルマが相当厳しいのかも。
 店員さん……営業ヘタそうだし。

 「願いごとを書くの?」
 「そうそう。ええっと、神社の絵馬とか、七夕の短冊とか、サンタのお手紙とか。あんな感じに気軽〜に書いてくれれば大丈夫だから!」

 なんだかめちゃくちゃな言い分だが、まぁ……七夕、そう言えば、そろそろだし。
 紙に願いごとを書くくらい、そんなに身構えなくっても良いのかも。
 店員さんに渡されたペンを持つと、勝手に手が動き出して、サラサラッと契約書に文を書きはじめる。

 『わたし、西門まりあは、このワンピースを着て好きな人に告白します。成功しますように』

 うわ……書いちゃった。

 「期限は? いつまで?」
 「え? 期限?」
 「今日中にしておく?」
 「そんな無茶な。……そうね……」

 夏休みは、あと一ヶ月ほど先に迫っている。

 「じゃあ、夏休みまでに……一ヶ月後かな」

 わたしは、契約書に一ヶ月後の日付を記載した。
 終業式の日。
 その日の夜に、近所でお祭りがあるのだ。
 その日なら、ワンピースを着て告白っていうのも、やりやすそうだ。

 「はい、お買い上げありがとうございました!」

 店員は、一瞬、鋭い目線をわたしに向けた気がしたが、また、すぐ、元の営業スマイルに戻った。
 
 わたしは、怪しいワンピースを買ってしまった!
 後でとんでもなく後悔することも知らずに。