明日はいよいよ終業式。
明日は、告白すると決めた日だ。
ケイ君がいつものようにわたしを抱き上げる。
「うん。大丈夫だ。まりあ、よく頑張ったね」
わたしの体重を確認して、ケイ君がほめてくれる。明日、ケイ君は、私が計画を成功したと同時にいなくなってしまうのだ。
抱っこされたまま、わたしはケイ君の胸に顔を埋める。
「もっと一緒にいたいよ……」
「まりあ……」
ケイ君が、わたしを抱き上げる腕にギュッと力が入る。
「まりあ、あしたは告白だろ? 俺がいなくったって大丈夫だよ。ほら、元気出して?」
そういうケイ君の声の方が、わたしよりももっと元気なく聞こえる。
「さ、早くハムスターになって。今日は一緒に出かけるんでしょ?」
気を取り直してわたしは声をかける。
約束したのだ。ケイ君と。
明日が本当に最後のお別れになるかもしれないから、今日は一緒にお出かけしようって。
今日一日、二人でいっぱい楽しんで、明日を迎えてようって。
ワンピースが入らなくなったら大変だから、カフェでお茶とか、豪華なランチなんてできないけれど。
お弁当持って、二人で公園に行く。
たくさんお話しして、たくさん笑って、想い出をたくさん作って、明日を迎えるの。
だって、明日、わたしが失敗したら、ケイ君もわたしも消えてしまうから。
だから、ケイ君にお願いしたんだ。
本当は、人間の姿のケイ君と二人で歩いて、デート気分も味わってみたかったけれどの、ケイ君の平安衣装の服はとても目立ってしまうから、ハムスターの姿。それでも、二人で歩くのは、とても楽しい。
夏休み直前の暑い日だけれど、二人で歩けば、楽しくて仕方ない。
「ケイ君、ほら、あれなんて鳥かな?」
「あれは……ほととぎすだと思う」
「え、本当? あれ、和歌とか出てくる有名な鳥?」
「え、違う? 待って、俺も鳥の名前はよく知らない。ごめん、違うかも。適当に答えた」
「いいかげんだなぁ。どれ、わたしが調べてあげるよ」
「スマートフォンで調べられるなら、最初から調べてくれればいいのに!」
そんなたわいもない会話をしながら、ハムスターケイ君と歩く。
見るものすべてが、会話の元になる。時間はどんどん過ぎていく。歩くのも、心が自然とはずむ。
ケイ君が来てから、わたしの運動量は確実に増えた。だから、こんなにスイスイと歩けるのだろう。
ワンピースを着るためとはいえ、運動した甲斐なんてものは、確実にあったようだ。
公園について、ベンチに座る。
わたしは、作って来たお弁当を広げて、ケイ君に好物のブロッコリーを渡す。
もぐもぐとブロッコリーを頬張るハムスターの姿はとても可愛い。
「ケイ君て、人間の姿の時も、ブロッコリーが好きなの?」
「え、うーん。どうだろう。あんまり考えたことないけれど、たぶんそう。これ、美味しい」
「おにぎりは?」
「ちょっともらうけれども、梅干しは……」
「嫌いなんだ」
「ち、違う! ちょっとだけ食べにくいだけで……」
「それを嫌いっていうのよ」
クスクスとわたしが笑っていると、ポフンと音がして、ケイ君が人間の姿になる。
「ケイ君! ちょっと、大丈夫なの?」
「だって、人いないし」
あ……本当だ。
さきほどまで、少しだけいた人たちが、どこかへいなくなっている。
ほんの一瞬だろうけれど、どうやら人が途切れたみたいだ。
一時だけ、神様が頑張っているわたし達にくれた、二人きりの時間なのだろうか。
「食べてみていい?」
「いいよ」
ケイ君が、お箸を使ってぱくんとブロッコリーを口に放り込む。
「うん。美味しい。人間の姿でも、ブロッコリー好きかも……て、何?」
「いや……うん」
お箸、一膳しか用意していないわたしが悪いんだけれども。それ、わたしのお箸。
これ、間接キスじゃない?
ついドキドキしてしまう。
「まりあも食べなよ!」
ケイ君がブロッコリーをつまんで、わたしのほうへ。
無邪気なケイ君は、わたしに美味しいものを食べさせたいってだけなんだろうけれども、突然のアーン攻撃にわたしは慌てふためく。
おたおたしているわたしに、ケイ君が「食べないの?」って、首をかしげる。
ここで拒否して、また不用意にケイ君を傷つけるのは嫌だ。
わたしは、意を決して、ブロッコリーにかじりつく。
美味しい普通のブロッコリー。
でも、わたし、こんな甘いブロッコリーを食べたことはない。
どうしよう。わたし、顔から火が出てない?
すっごく暑いんだけれども。
いや、本日初夏ですから、暑いんです。日差し。
でも、こんなに暑かったっけ?
「美味しいだろ?」
「美味しいです……」
いや、ブロッコリーを茹でたのは、わたしなの。
でも、こんなに甘くなるとは、思ってもみなかった。
二人で並んで、おにぎり食べて、おしゃべりして。今日が永遠に続けば良いのに、時間はわたし達を待っていてはくれない。
少しずつ地平線に近づく太陽を見て、涙が出そうになる。
明日、わたしが失敗すれば、本当にお別れなのだ。
「まりあ、ありがとうな」
「ケイ君」
ケイ君も、寂しいと思ってくれているのだろうか。
「こんなに楽しいのは、初めてだよ」
「良かった。楽しんでくれて」
「こんなに楽しい想い出を抱えて、消えられたなら、俺はすごく幸せだ」
まりあのお陰だ。
そう言うケイ君の顔は、とても悲しそうだった。
本当は、ケイ君だって、消えたくないはずだ。
「わたし、絶対に明日成功させるから」
「うん。頑張って」
ケイ君は消える覚悟を決めたようだけれども、わたしは、納得できないの。
わたしは、ケイ君が消えてしまわないように、ワンピースの力を使うって、決めたの。
でも、そのことは、ケイ君にはまだ内緒だ。
だって、無理だって止められてしまいそうなんだもの。
明日、わたしは失敗するかもしれない。
そうなれば、ケイ君だけでなく、わたしも魔女に魂を支配されてしまうかもしれないの。そうなれば、わたし達は、二人とも、明日で人生が終わるの。
だから、今日は、ケイ君と喧嘩はしたくない。
最後の日かもしれない今日は、ケイ君と仲良く笑い合っていた思い出にしたい。
「なに思いつめているんだよ」
ケイ君が、笑いながらわたしの頬を引っ張る。
「だって……」
「大丈夫だから。ワンピースの力があれば、告白は絶対に成功するし、まりあは絶対に魔女から俺が守るから」
コツンと、おでこをくっつけてくるケイ君。
ち、近い! ケイ君の顔が近すぎて、わたしは、つい照れて顔を反らしてしまう。
「あ……露店が出ている」
公園内に人通りが減ったと思ったら、向こうの通りで露店が出ているのが見え る。きっと、みんな、あの露店を見に行ったのね。
そうか、そうよね。明日は、この地域のお祭り本番だもの。たしか、商店街で前夜祭の催しもあったはずだ。
「ケイ君! 見に行こうよ!」
「え、でもこの格好じゃ目立つだろ? ハムスターに……」
「大丈夫! だってほら!」
わたしの指さす方向には、魔女の恰好をした女の子や、アメコミヒーローのマントを付けた男の子が歩いている。
前夜祭の催しの中で、コスプレ大会もあったはずだ。
だから、ケイ君の平安装束姿も、今日はそれほど目立たないはずなの。
「行こう!」
わたしは、ケイ君をひっぱって露店へと走る。
「お! 気合入っているね! イケメンだ」
ケイ君の衣装を見て、露店のおばちゃんが、そう言って褒めてくれた。
わたし以外の人間と話し慣れていないケイ君は、黙ってコクリと頷くだけだった。
おばちゃんのお店には、アクセサリーが売っていた。
ガラス製のチャームのついたブレスレット、キーホルダー、ピアス。そんな物が小さな店にところ狭しと並べられていて、すごく楽しい。
ケイ君は、露店が珍しいのか、色々なお店を覗いて楽しそうだ。
わたしも、アクセサリーを見ていてとても楽しい。
「あ……これ……」
わたしは、あるアクセサリーに目が釘付けになった。
明日は、告白すると決めた日だ。
ケイ君がいつものようにわたしを抱き上げる。
「うん。大丈夫だ。まりあ、よく頑張ったね」
わたしの体重を確認して、ケイ君がほめてくれる。明日、ケイ君は、私が計画を成功したと同時にいなくなってしまうのだ。
抱っこされたまま、わたしはケイ君の胸に顔を埋める。
「もっと一緒にいたいよ……」
「まりあ……」
ケイ君が、わたしを抱き上げる腕にギュッと力が入る。
「まりあ、あしたは告白だろ? 俺がいなくったって大丈夫だよ。ほら、元気出して?」
そういうケイ君の声の方が、わたしよりももっと元気なく聞こえる。
「さ、早くハムスターになって。今日は一緒に出かけるんでしょ?」
気を取り直してわたしは声をかける。
約束したのだ。ケイ君と。
明日が本当に最後のお別れになるかもしれないから、今日は一緒にお出かけしようって。
今日一日、二人でいっぱい楽しんで、明日を迎えてようって。
ワンピースが入らなくなったら大変だから、カフェでお茶とか、豪華なランチなんてできないけれど。
お弁当持って、二人で公園に行く。
たくさんお話しして、たくさん笑って、想い出をたくさん作って、明日を迎えるの。
だって、明日、わたしが失敗したら、ケイ君もわたしも消えてしまうから。
だから、ケイ君にお願いしたんだ。
本当は、人間の姿のケイ君と二人で歩いて、デート気分も味わってみたかったけれどの、ケイ君の平安衣装の服はとても目立ってしまうから、ハムスターの姿。それでも、二人で歩くのは、とても楽しい。
夏休み直前の暑い日だけれど、二人で歩けば、楽しくて仕方ない。
「ケイ君、ほら、あれなんて鳥かな?」
「あれは……ほととぎすだと思う」
「え、本当? あれ、和歌とか出てくる有名な鳥?」
「え、違う? 待って、俺も鳥の名前はよく知らない。ごめん、違うかも。適当に答えた」
「いいかげんだなぁ。どれ、わたしが調べてあげるよ」
「スマートフォンで調べられるなら、最初から調べてくれればいいのに!」
そんなたわいもない会話をしながら、ハムスターケイ君と歩く。
見るものすべてが、会話の元になる。時間はどんどん過ぎていく。歩くのも、心が自然とはずむ。
ケイ君が来てから、わたしの運動量は確実に増えた。だから、こんなにスイスイと歩けるのだろう。
ワンピースを着るためとはいえ、運動した甲斐なんてものは、確実にあったようだ。
公園について、ベンチに座る。
わたしは、作って来たお弁当を広げて、ケイ君に好物のブロッコリーを渡す。
もぐもぐとブロッコリーを頬張るハムスターの姿はとても可愛い。
「ケイ君て、人間の姿の時も、ブロッコリーが好きなの?」
「え、うーん。どうだろう。あんまり考えたことないけれど、たぶんそう。これ、美味しい」
「おにぎりは?」
「ちょっともらうけれども、梅干しは……」
「嫌いなんだ」
「ち、違う! ちょっとだけ食べにくいだけで……」
「それを嫌いっていうのよ」
クスクスとわたしが笑っていると、ポフンと音がして、ケイ君が人間の姿になる。
「ケイ君! ちょっと、大丈夫なの?」
「だって、人いないし」
あ……本当だ。
さきほどまで、少しだけいた人たちが、どこかへいなくなっている。
ほんの一瞬だろうけれど、どうやら人が途切れたみたいだ。
一時だけ、神様が頑張っているわたし達にくれた、二人きりの時間なのだろうか。
「食べてみていい?」
「いいよ」
ケイ君が、お箸を使ってぱくんとブロッコリーを口に放り込む。
「うん。美味しい。人間の姿でも、ブロッコリー好きかも……て、何?」
「いや……うん」
お箸、一膳しか用意していないわたしが悪いんだけれども。それ、わたしのお箸。
これ、間接キスじゃない?
ついドキドキしてしまう。
「まりあも食べなよ!」
ケイ君がブロッコリーをつまんで、わたしのほうへ。
無邪気なケイ君は、わたしに美味しいものを食べさせたいってだけなんだろうけれども、突然のアーン攻撃にわたしは慌てふためく。
おたおたしているわたしに、ケイ君が「食べないの?」って、首をかしげる。
ここで拒否して、また不用意にケイ君を傷つけるのは嫌だ。
わたしは、意を決して、ブロッコリーにかじりつく。
美味しい普通のブロッコリー。
でも、わたし、こんな甘いブロッコリーを食べたことはない。
どうしよう。わたし、顔から火が出てない?
すっごく暑いんだけれども。
いや、本日初夏ですから、暑いんです。日差し。
でも、こんなに暑かったっけ?
「美味しいだろ?」
「美味しいです……」
いや、ブロッコリーを茹でたのは、わたしなの。
でも、こんなに甘くなるとは、思ってもみなかった。
二人で並んで、おにぎり食べて、おしゃべりして。今日が永遠に続けば良いのに、時間はわたし達を待っていてはくれない。
少しずつ地平線に近づく太陽を見て、涙が出そうになる。
明日、わたしが失敗すれば、本当にお別れなのだ。
「まりあ、ありがとうな」
「ケイ君」
ケイ君も、寂しいと思ってくれているのだろうか。
「こんなに楽しいのは、初めてだよ」
「良かった。楽しんでくれて」
「こんなに楽しい想い出を抱えて、消えられたなら、俺はすごく幸せだ」
まりあのお陰だ。
そう言うケイ君の顔は、とても悲しそうだった。
本当は、ケイ君だって、消えたくないはずだ。
「わたし、絶対に明日成功させるから」
「うん。頑張って」
ケイ君は消える覚悟を決めたようだけれども、わたしは、納得できないの。
わたしは、ケイ君が消えてしまわないように、ワンピースの力を使うって、決めたの。
でも、そのことは、ケイ君にはまだ内緒だ。
だって、無理だって止められてしまいそうなんだもの。
明日、わたしは失敗するかもしれない。
そうなれば、ケイ君だけでなく、わたしも魔女に魂を支配されてしまうかもしれないの。そうなれば、わたし達は、二人とも、明日で人生が終わるの。
だから、今日は、ケイ君と喧嘩はしたくない。
最後の日かもしれない今日は、ケイ君と仲良く笑い合っていた思い出にしたい。
「なに思いつめているんだよ」
ケイ君が、笑いながらわたしの頬を引っ張る。
「だって……」
「大丈夫だから。ワンピースの力があれば、告白は絶対に成功するし、まりあは絶対に魔女から俺が守るから」
コツンと、おでこをくっつけてくるケイ君。
ち、近い! ケイ君の顔が近すぎて、わたしは、つい照れて顔を反らしてしまう。
「あ……露店が出ている」
公園内に人通りが減ったと思ったら、向こうの通りで露店が出ているのが見え る。きっと、みんな、あの露店を見に行ったのね。
そうか、そうよね。明日は、この地域のお祭り本番だもの。たしか、商店街で前夜祭の催しもあったはずだ。
「ケイ君! 見に行こうよ!」
「え、でもこの格好じゃ目立つだろ? ハムスターに……」
「大丈夫! だってほら!」
わたしの指さす方向には、魔女の恰好をした女の子や、アメコミヒーローのマントを付けた男の子が歩いている。
前夜祭の催しの中で、コスプレ大会もあったはずだ。
だから、ケイ君の平安装束姿も、今日はそれほど目立たないはずなの。
「行こう!」
わたしは、ケイ君をひっぱって露店へと走る。
「お! 気合入っているね! イケメンだ」
ケイ君の衣装を見て、露店のおばちゃんが、そう言って褒めてくれた。
わたし以外の人間と話し慣れていないケイ君は、黙ってコクリと頷くだけだった。
おばちゃんのお店には、アクセサリーが売っていた。
ガラス製のチャームのついたブレスレット、キーホルダー、ピアス。そんな物が小さな店にところ狭しと並べられていて、すごく楽しい。
ケイ君は、露店が珍しいのか、色々なお店を覗いて楽しそうだ。
わたしも、アクセサリーを見ていてとても楽しい。
「あ……これ……」
わたしは、あるアクセサリーに目が釘付けになった。