わたしが目を覚ましたのは、病院のベッドだった。
 白い清潔で静かな部屋で、わたしの左腕に点滴の管がつながり、ぽたぽたと輸液が落ちている。

 「良かった! まりあ! 気づいたのね!」

 お母さんが泣きながらわたしの手を握っている。
 えっと……何があったのか……ちょっと理解できないんだけれど。
 わたし、くらくらして、急に意識がなくなったのよね……。

 「お母さん……」
 「まりあ、熱中症で倒れたのよ」

 熱中症……。そうか、わたし、学校に行く途中で、熱中症で倒れたんだ。

 「白い髪の……白い着物みたいな服を着た男の子が、家にまりあを運んで来てくれたのよ」

 お母さんがわたしを抱きしめながら、そんな話をした。
 白い髪の、白い着物の男の子。
 ……ケイ君だ。ケイ君が助けてくれたんだ。
 きっと、わたしのリュックの中にケイ君はハムスター姿で隠れてついてきていたんだ。
 全く気づかなかったけれど、そういえば、朝、行ってきますって言おうとしたのに、姿が見えなかった。
 そうか! あれは、わたしのリュックの中にケイ君が隠れていたからだったんだ。

 「ケイ君……」
 「あら、知り合い? 学校のお友達なのかしら? すごくまりあのこと心配してくれたのよ」
 「ケイ君、いまどこにいるの?」
 「どうかしら。まりあを救急車に乗せるまではいたんだけれども……」

 ……いないんだ。
 お母さんを呼びに行った時に、お家には入れただろうから、お部屋で待っているのだろうか。

 「会ったら、お礼言わなきゃ」
 「そうね。また学校であったときにね」

 お母さんは、お医者様とお話があるようで、部屋を退出してしまった。

 「点滴が終わるまで大人しくしていなさいよ!」

 そう言い残して……。
 点滴、何グラムあるのだろうか。
 せっかく倒れてまで減らした体重が、この点滴で無駄になるのだろうか?

 ……悔しい!

 涙があふれてくる。
 わたし、なんて弱いのだろう。たった数日の頑張りにも耐えられないなんて。
 わたしが失敗したら、ケイ君は魔女エレルザーレの魔法によって消されてしまうというのに。こんなところで寝て、点滴なんかしている場合ではないのだ。

 わたしは、引きちぎろうと点滴の管に手を伸ばす。
だけれど、わたしの右手は、管に届かなかった。
 私の右手首を、がっしり掴んだのは、ケイ君の手だった。

 「ダメだ! まりあ!」
 「ケイ君……」

 泣いている?

 「なんでそんな無茶するんだよ!」
 「だって、もう時間がないのよ? ケイ君が消えちゃうの!」

 わたしの目にも自然と涙が溜まる。
 魔女との契約した日まで時間がない。後、五日。それまでに、どうしてもあの魔法のワンピースを着て、『告白』を成功させなければならないのだ。

 「まりあが病気になったら、何の意味もないんだよ? 俺が消えるよりも、それはもっと悲しいよ」
 「ケイ君……でも……」
 「お願いだ。まりあ、これだけは約束して」

 ケイ君が、わたしをじっと見つめる。
 人間じゃないからだろうか。ケイ君の瞳はすみれ色をしている。深い青紫の瞳が涙にぬれてキラキラしている。

 「絶対に、もう無茶はしないで」

 ケイ君の瞳から、はらりと落ちたのは、涙だった。

 「ごめんなさい。ケイ君。わたし、ちょっと焦り過ぎていたかも」
 「まりあ」

 わたしの名を呼びながら、ケイ君が抱きしめてくれる。
 すごく温かいケイ君の腕の中。わたしは、ケイ君の背に腕を回す。
 やっぱり、わたし……ケイ君を失いたくないよ。
 離れたくないよ。

 「ケイ君、お願いがあるの……」
 「何?」
 「魔女との約束の日の前日に、一緒に出掛けてほしいの」
 「出掛ける?」

 わたしは、きょとんとしているケイ君に、コクンと首を縦に振ってみせる。

「わたし達、どうなっちゃうか分からないじゃない? だから、どんな未来になっても想い出せる楽しい思い出がほしいの」
「まりあ……」
「ダメ?」

 ジッと見つめれば、「良いよ。魔法のことも、忘れて一緒に出かけよう! それが、まりあの望みならば」。と、ケイ君は、了承してくれた。
 
 もしも、わたしが失敗すれば、わたし達の未来は、消えてなくなる。
 そんなの、させない。ケイ君を守りたい。
 でも、不安でいっぱいだったから。
 だから、気持ちを整理するためにも、わたしは、ケイ君との楽しい想い出がほしかったのだ。