我慢していたはずのオヤツを食べてしまった。
 やばい?
 
 ワンピースを着るために頑張っているところなのに。つい。
 でも、それには訳があるのよ。
 どうしても、これだけは外せなかったの。
 
 わたしは、ここ最近は試験が始まったから、ケイ君を家に置いて学校にきていた。
 試験に集中するため。
 試験中にケイ君がモゾモゾしたら、ハムスターと言えども見つかったらきっと先生に怒られるし、試験が受けられなくなってしまう。
 それは、わたしとしては、とても困ることだから、ケイ君を連れて来られなかったのは仕方なかったの。

 そして問題の試験最終日。帰り道で祐樹君に誘われたのだ。

 ちょうど近所のドーナツ屋さんの前に差し掛かった時に、祐樹君が看板を見ているのとすれ違った。
 バス停前のドーナツ屋さん。
 歩いて帰っていた私は、バスから降りてきた祐樹君と鉢合わせたの。

 「ちょっと寄ってかない? ドーナツ屋さんの限定商品、今日までなんだって!」

 初恋の人にキラキラしたお目々でそう言われて、断われる女子がいるだろうか。
 このドーナツ屋さんの限定商品は、わたしも気になっていたし、さらに憧れの祐樹君に誘われて断われるはすがないのだ。
 体重の方は、試験が始まって勉強を重視しているから、当然横ばい。
 あと一週間であのワンピが着れるかどうかは、結構際どいライン。
 ケイ君は、基本的な運動習慣はついてきているから大丈夫だと言ってくれているが、とてもマズイ状況。
 だけれども、つい……。

 ずっと我慢してたんだし……一個くらいダメかな。
 このドーナツの写真を撮りたいって、ずっと思っていたの。めちゃ可愛いの。

 ケイ君の怒る顔が、一瞬浮かぶが、目の前のドーナツの魅力には敵わない。だって、今日までの限定なのだもの。
 
 ちょっとだけ罪悪感を感じながらも、限定ドーナツを手に、わたしと祐樹君は席に座る。
 オレンジを基調としたポップなデザインの店内は、本日が人気の限定ドーナツの最終日とあって、そこそこ混んでいた。

 「絶対、これ、まりあちゃんが好きだと思ってた」

 うん。祐樹君正解。
 このドーナツ、真ん中からホワイトチョコでコーティングされたハムスター型のミニドーナツが顔を出しているのだ。
 真っ白なハムスター型ドーナツに、キリリとした目鼻がチョコレートで描かれていて、ケイ君そっくりだ。

 「似てる!」

 わたしは、喜んでドーナツをスマホで写真に収める。
 なんて可愛いのだろう。
 ケイ君、この写真見て、なんて言うだろう。俺、こんな顔か? って、照れるだろうか?

 真ん中を食べるのがもったいなくって、周囲のドーナツから平らげる。
 甘い!
 ワンピを着るために頑張っていたから、甘いものは久しぶりだ。
 いつもよりさらに美味しく感じる。

 「まりあちゃん、嬉しそう」
 「だって、可愛いし、美味しいし!」

 カフェオレで一息ついて、我に返る。
 祐樹君と二人でドーナツ。これって、デートみたいじゃない?

 いやいやいやいや、待て待て待て。
 落ち着けわたし。

 祐樹君は、幼馴染の友達として、ドーナツ屋さんに誘ってくれたのだ。たまたま家が近所で顔見知りが、ドーナツ屋さんの前に偶然通りかかったから誘ってくれたのだ。
 決してデートのつもりはないはずだ。
 これは、違う。憧れの放課後デートだなんて、思っちゃいけない。それは、祐樹君に失礼なはずだ。

 「試験、どうだった?」
 「あ、うん。そこそこ……かな」

 頭の良い祐樹君よりは、絶対出来ていない自信しかない。わたしは、言葉につまってしまう。
 ええっと、何か話さなきゃ。
 沈黙がつらい。

 「サッカー、今日は練習ないんだ」
 「うん。試験直後だしね。明日からはあるよ」
 「大変だね」
 「うん」

 どうしよう。会話が続かない。
 サッカーやスポーツが好きな祐樹君とわたしでは、共通の話題は少ない。
 ケイ君の話や試験の話が終わってしまえば、後は何を話せば良いのか分からなくなる。こんな時に、みんな、どんな話をしているのだろう。
 チラリと前の向けば、黙々とドーナツを頬張る祐樹君が目に入って、わたしは、照れて下を向いてしまう。

 本当に、わたし、告白なんてできるのかな。
 こんな風に普通の会話も上手くできないのに。
 昔、わたしの知っている祐樹君は、絵本の好きな男の子だった。
 もちろん、わたしと祐樹君が普通に友達だった幼稚園の頃のこと。あの頃、わたしは、祐樹君と一緒に絵本を見るのか楽しかった。

 「祐樹君、本って読む?」
 「本? 本は読まないなぁ。サッカーと勉強が忙しいし」
 「そう……」

 はい、会話終了。
 そうだよね。近頃の祐樹君が、本を読んでいる姿は、見たことがない。
 幼稚園の頃にわたしと一緒に絵本を読んでいた初恋の男の子は、大きくなって、スポーツが大好きな活発な男の子に成長したのだ。
 もちろん、祐樹君がスポーツが好きなことは、悪いことではない。むしろ、明るく活発な祐樹君は、みんなの人気者だし、すごく素敵なことなんだと思う。
 ……でも……
 祐樹君は、もうわたしの憧れていた頃の祐樹君とは少し違うようだ。今もすごく優しいのだが。

 こんな気持ちで、わたし……告白なんてして良いのかな。
 祐樹君とこれ以上距離ができるのが嫌で、告白しようって決心したのだけれど、だんだんと不安になってくる。

 祐樹君は、今でも憧れの君だ。スポーツ万能で頭も良くて優しくて。完璧だと思う。
 でも、私が思い描いていたような、一緒に本を読む関係には、戻れはしないだろう。

 ワンピースが着られるようになったら、魔法の力で告白はきっと成功する。
 でも、それって、本心から祐樹君がわたしを好きになってくれたわけじゃないのよね。

 それって、結局、祐樹君の気持ちを無視してねじ曲げてしまっているということには、ならないのだろうか。

 モヤモヤする気持ちのままドーナツを食べ終わって、カフェオレを飲み干す。
 食べ終わるまでの時間、二人とも無言だった。

 「ドーナツ食べるの、つきあってくれてありがとう!」
 「ううん。わたしも食べたかったから」

 じゃあ! と、元気よく言って、祐樹君は帰ってしまった。

 「ケイ君、お家で大人しくしているかな……」

 せっかく祐樹君とドーナツ食べたのに、ついケイ君のことを考えてしまう。
 ドーナツ、ケイ君好きかな? 買って帰ったら喜ぶだろうか。
 自分そっくりのドーナツを見て、食べるのをとまどうケイ君を思い浮かべて、わたしは、お土産にケイ君の分のドーナツを買うことを決心した。