【#7】



「なぁ、陸上部マネージャーの茅野先輩って超可愛くね?」

「この学校では美少女マネージャーで有名らしいよな~」

朝のホームルーム前の時間にクラスの男子達が話しているのが聞こえた。

陸上部マネージャーってことは、森川くんとも関わりがあるのかな。

そんなことを考えていたら、榎本先生が教室に入ってきてホームルームが始まった。

そして一時間目の国語の授業では、連休前に行われた漢字テストの答案が返された。

「立花さん」

「はい」

名前を呼ばれて答案用紙を見ると、90点。

我ながら、よく頑張ったと思う。

「森川くんはもっと頑張らないとダメよ」

先生のそんな言葉が聞こえて一体何点だったんだろうと思っていたら、

「ちょ、40点とかヤバくね?」

速水くんが思い切り点数をばらしてしまった。

確かに40点はまずいかもしれない。

きっと森川くんは勉強より部活派なんだろうな。

* * *

放課後、わたしは図書室にいた。

今日は週2回の文芸部の活動日。

(あ、また1位だ)

図書室の窓越しに見える、陸上部の練習風景。

森川くんが見事一位になって、嬉しそうにガッツポーズしている姿が見えた。

すごいなぁ。

「……さん。立花さん!」

「は、はい!」

「そろそろ打ち合わせするけど、いい?」

「あ、はい」

部長の藤堂先輩に言われて、慌てて視線を戻した。

今は部活中なんだから、森川くんに見とれてる場合じゃない。

そう自分に言い聞かせても、やっぱり気になって無意識に窓の外に視線を向けてしまう。

ふと目に映ったのは、森川くんと親しそうに話す女の子の姿。

遠目に見ても可愛い雰囲気なのがわかる。

もしかして、あの人が陸上部マネージャーの茅野先輩?

「た、ち、ば、な、さん!」

「はぃ!?」

再び大きな声で名前を呼ばれて視線を戻すと、藤堂先輩が呆れたように笑っているのが見えた。

「そんなに窓の外が気になる?」

「すみません…」

うう、恥ずかしい……。

結局、あまり集中できないまま部活の時間は終了した。


* * *


翌日。

「苺花、おはよ~」

自分の席で宿題の確認をしていたら、初芽ちゃんに声をかけられた。

いつも明るくて元気な初芽ちゃんだけど、今日はいつも以上に元気だ。

キラキラっていう言葉がピッタリの笑顔を浮かべている。

「おはよう。なんかすごく嬉しそうだけど、なにかいいことあった?」

「さすが苺花、よく気づいたね。実はね、速水くんからわたしにあいさつしてくれたの」

初芽ちゃんは待ってましたと言わんばかりにさっきあった出来事をこっそり耳打ちで教えてくれた。

「すごい! 良かったね」

口数の少ないクールな速水くんが、自分から初芽ちゃんにあいさつするなんて。

これは大きな進歩じゃない?

なんだかわたしまで嬉しくなる。

わたしも、もう少し積極的に森川くんと話せるようになりたいな。

自分からは恥ずかしくてなかなか話しかけられないから。

なんて、この時は呑気に考えていたんだけど。

「森川くんが陸上部のマネージャーとつきあってるらしい」

そんな衝撃的なウワサがクラスに広まったのは、それからわずか数日後のこと。

相手が男子の間で美少女と有名な茅野先輩ということで、みんな興味津々。

「森川、あんな美少女マネどうやって口説いたんだよ~」

「さすがチャラ王子だな」

男子は森川くんを羨ましがっていて、

「茅野先輩、部員に手を出すような人だったの?」

「なんかガッカリだね」

女子からは茅野先輩を非難する声が上がっていた。

「苺花、大丈夫?」

お昼休み、初芽ちゃんが心配そうにわたしに訊いてくれた。

正直なところ、大丈夫とは言えない。

「っていうか、そもそもなんでいきなりチャラ王子が茅野先輩とつきあってるなんて話になったんだろうね」

「確かにね」

同じ部活の部員とマネージャー、ただそれだけでつき合ってるなんてウワサになるとは思えない。

それに、森川くんが茅野先輩のことを好きだなんて話も聞いたことがない。

それなのにどうして?と思っていると、

「森川くんと茅野先輩が部室でふたりきりでしかも抱きしめ合ってるように見えたらしくて、それでつきあってるんじゃないかって話になったんだって」

偶然わたしたちの会話を聞いていたらしい結(ゆう)菜(な)ちゃんが教えてくれた。

「部室でイチャつくとかホントにチャラいな、チャラ王子」

初芽ちゃんが呆れたようにつぶやいた声が耳を素通りしていく。

「ふたりきりで部室で抱きしめ合ってた」

うそでしょ?

自分がその現場を見ていたわけじゃないのに、まるで自分が目撃してしまったかのような気持ちになって、すごくイヤな気持ちになった。

聞かなければよかった。

午後の授業はお昼休みに聞いた話がショックで全然集中できなかった。

つきあうってことさえわたしには未知の世界なのに、抱きしめ合うとか……。

森川くんは、そういうこと慣れてるのかな。

そう考えたら、胸の奥がぎゅっと掴まれたみたいに痛くなって、苦しくなって、泣きたくなった。

授業が終わって帰りのホームルームが始まる頃、外では雨が降り出した。

今日は部活もないし、早く帰ろう。

家に帰って、大好きな本を読んで、今日のウワサのことは忘れよう。

そう思って、ホームルームが終わるとすぐに教室を出た。

家に着くなり、自分の部屋に直行してベッドに倒れこむ。

ひとりになったとたん、堪えてた涙が溢れだした。

別に、森川くんの口からはっきり茅野先輩とつきあってるって聞いたわけじゃない。

告白してフラれたわけでもない。

だけど、苦しくて悲しくて、自分でもどうしたらいいかわからない。

誰かを好きになると、こんなに苦しくなるものなのかな。

本格的に降り出した雨の音を聞きながら、ぼんやりとそんなことを思った。