【#4】
ゴールデンウィーク直前、金曜日の5時間目。
この時間は理科の授業だ。
「それでは班ごとに移動して下さい」
先生の言葉で、クラスのみんなが一斉に移動を始めた。
今日は「春の草花を探そう」という内容で、班ごとに校内を散策して春の草花を観察する。
わたしは、運よく初芽ちゃんと同じ班だ。
「これ、ペンペン草だよね」
「こっちはカラスノエンドウ」
みんなでわいわい言いながら、ノートを手に生えている草花を観察していく。
「あ、タンポポがいっぱい咲いてる!」
校舎裏に行くと、初芽ちゃんがはしゃいだ声を上げた。
見ると、確かにそこにはたくさんのタンポポが咲いていた。
「やっぱ春の花と言えばタンポポだよな」
わたしたちより一足先に来ていたらしい森川くんが、同じ班の子達と一緒にタンポポの綿毛を飛ばして遊んでいる。
ふわふわと舞うタンポポの綿毛を見ているだけで、なんだか心が和んでいく。
わたしが何気なく綿毛の行方を視線で追っていると、
「立花さん」
突然、森川くんに名前を呼ばれた。
「え?」
振り返ると、すぐ目の前に森川くんがいて。
「綿毛、髪についてる」
そう言って、手を伸ばしてわたしの髪についていたらしい綿毛を取ってくれた。
「……ありがと」
一瞬だけど森川くんの手がわたしの髪に触れたことに気づいて、なんとなく恥ずかしくなる。
「なんか、立花さんってタンポポみたいだな」
「え?」
「ふんわりしてて、いかにも女の子って感じがするから」
「……」
そんなこと、初めて言われた……。
なんて返したらいいのかわからずにいると、
「授業中にクラスメート口説くなよ、このチャラ王子!」
入学式の時と同じように速水くんが突っ込んで、周りにいたみんなが笑いだした。
「立花さん、ごめん。別に駿が言ってたような意味じゃないから」
「……あ、うん…」
森川くんに慌ててそう言われて、ホッとしたような残念なような複雑な気持ちになったけど。
「でも、さっきの誉め言葉だから」
そう言った森川くんの笑顔を見て、なぜか鼓動が早くなった。
「苺花、大丈夫?」
初芽ちゃんに言われて、
「大丈夫、大丈夫」
慌ててそう答えた。
* * *
「森川くん、頑張れ~」
放課後、陸上部の練習で走っている森川くんに女の子達の声援が響く。
そして、その声援に答えるように女の子達に手を振る森川くん。
その姿を見て、「キャ~!」と女子達から黄色い声があがる。
わたしはそんな様子を見ながら、花壇の花達に水をあげている。
「ったく、苺花ひとりに園芸委員の仕事させておいて、アイドル気取りしないでほしいよね。あのチャラ王子」
一際賑やかなグラウンドに視線を向けて、わたしの隣で怒っているのは初芽ちゃん。
「部活の練習してるんだし、仕方ないよ」
「苺花は優しすぎるんだよ。たまにはちゃんと仕事しろってガツンと言わなくちゃ!」
わたしがなだめても、初芽ちゃんの怒りはおさまらないみたいだ。
「うん。ほら、初芽ちゃんも早く行かないと練習始まっちゃうよ」
苦笑しながらそう言うと、
「あ、ヤバい! じゃあ、また明日ね」
初芽ちゃんは慌てて体育館の方へ向かって走っていった。
ひとり花壇に残ったわたしは小さくため息をつく。
もう一度グラウンドの方に視線を向けると、ちょうど森川くんが走り始めるところだった。
ホイッスルの音と共にスタートして、綺麗なフォームで走る森川くんは、見事一位だった。
ゴールした時の笑顔が本当に嬉しそうで、見ていたわたしまで思わず笑顔になる。
あんな風に早く走れるなんて羨ましいな。
わたしは運動が苦手で、小学生の頃からいつも体育の授業が憂鬱で仕方なかったから、スポーツが得意な人はすごいなと思う。
なんて思っていたら、森川くんがこっちに向かって走ってきた。
「立花さん、ごめん。園芸委員の仕事ひとりでやらせちゃって」
「え?ううん、もう終わるし、大丈夫だよ」
まさかそれを言うためにわざわざ来てくれたの?
「そっか。今度はちゃんと手伝うから。ごめんな」
そう言って、森川くんはまたすぐにグラウンドの方に向かって行った。
その背中を見つめながら、わたしはさっきと同じ胸の高鳴りを感じていた。
なんだろう、この気持ち。
ドキドキして、ふわふわして、つかみたいのにつかめない。
そう、まるでふわふわと空を舞うタンポポの綿毛みたいな感じ。
胸の奥に芽吹いたこの気持ちの名前をわたしが知るのは、まだもう少し先のこと―。