「え、チョコ渡せなかったの!?」

バレンタイン翌日の放課後。

学校最寄駅のカフェで昨日のことを莉子に話した。

「っていうかただのクラスメートなのにそんな酷いこと言うっておかしいよね? その人、千葉さんのこと好きなんじゃない?」

莉子が言ったその言葉は、昨日わたしも考えたことだ。

わざわざわたしを傷つけるような言い方をしていた感じがするし、もしそうならそれはきっとわたしに敵対心を持っているということ。

だとしたら、つまりあの女の子は千葉さんのことが好きなのかもしれない。

「でも、悔しいけどやっぱりあの人の言う通りだと思う。わたしはミーハー心理で押し掛ける迷惑な客でしかなかったんだよ」

「……葵」

莉子が、心配そうにわたしの顔を見て名前を呼んだ。

「あ~もうやめやめ! もうあのお店には行かない! 以上!」

これ以上心配をかけたくなくて、これ以上重い空気にしたくなくて、わたしはわざと明るい口調でそう言った。

それからわたしはdolceに行くことなく、気がつけば3月になり卒業式を迎えた。

進路が決まり、振り返ればあっという間だった三年間を終えた今日。

卒業後も会えるのはわかっているけれど、名残惜しくて莉子と話しながら校門までの道を歩いていた時。

「すごいイケメンがいるんだけど!」

「誰かの彼氏かな? いいな~」

なんて前を歩く女の子たちが話しているのが聞こえた。

イケメンの言葉に即反応したわたしは、校門を出るなりイケメンらしき人物を探す。

すると、そこにいたのは……

「千葉さん……?」

信じられないことに、千葉さんだった。

「桐山さん、だよね?」

わたしの存在に気づいた彼が、少し不安そうにわたしに尋ねた。

「……はい」

混乱しつつも頷くと、千葉さんは遠慮がちに「ちょっと話したいことがあるんだけど……」と言って、莉子に視線を向けた。

「あ、わたしは先に帰るからごゆっくりどうぞ」

莉子が気を利かせてそう言ってくれてわたしが「ごめん」と謝ると、「あとで連絡してね」とわたしにだけ聞こえるくらいの小さな声でそう言って肩を叩いてくれた。

「場所、変えようか」

千葉さんがそう言って、わたしたちは駅前のカフェに移動した。

いつもは莉子とガールズトークで盛り上がっていた場所だ。

「バレンタインの時は、ごめんね。まさか僕が休みの間に桜庭(さくらば)さんがきみと会うなんて思っていなかったから」

「……桜庭さん?」

聞き覚えのない名前に首を傾げると、「僕と同じ専門学校に通っている子で、クラスメートなんだけど」と説明してくれて思い出した。

バレンタインの日、わたしにキツイことを言ってきたあの女の子だ。

「きみに色々酷いこと言ったみたいだけど、僕は全然迷惑だなんて思ってなかったよ」

「え?」

「今さらこんなことを言っても信じてくれないかもしれないけど……一目惚れ、だと思う」

「一目惚れ?」

「うん。桐山さんのこと、初めて会った時から可愛い子だなって思って……だからクリスマスの後もお店に来てくれてすごく嬉しかった」

「……うそ……」

ちょっと待って……そんなこと急に言われても信じられないよ。

「これ、良かったらお詫びと卒業祝いに受け取ってほしいんだ」

戸惑うわたしの前に、千葉さんが小さな白い箱を差し出した。

「開けていいんですか?」

「もちろん」

千葉さんに笑顔で頷かれて中を開けると、中に入っていたのはいちごのミルフフィーユだった。

「うわ~美味しそう!」

思わず声を上げると、

「それ、僕が作ったんだ」

千葉さんが恥ずかしそうに微笑んだ。

「千葉さんが?」

「うん。四月からdolceで販売も決まってる」

「え、すごいじゃないですか!」

「ありがとう。桐山さんは、ミルフィーユってどういう意味か知ってる?」

「……え? 知らないです」

なんでいきなりそんなことを聞くんだろう。

「ミルフィーユって、フランス語で千の葉っていう意味なんだ。何層も重ねたパイ生地を何枚も重なった葉っぱに例えてるんだよ。ちなみに僕の名前とも同じ」

「へぇ~そうだったんですね」

さすが専門学校に行っているだけあって、詳しいんだな。

「僕たちはまだ出会ったばかりで、お互いのこと何も知らないけど……。僕はこれから少しずつこうして桐谷さんと話す時間を重ねていけたら嬉しいなって思ってる」

「……え?」

思わず顔を上げると、目の前の千葉さんは真剣な表情をしていた。

「だから、友達から、はじめてもらえないかな?」

まっすぐにわたしを見て、ゆっくりと紡がれた言葉。

それは、さっきの一目惚れという言葉がウソじゃないことを証明してくれているようで。

「よろしくお願いします」

わたしは笑顔でそう答えていた。

千葉さんが作ってくれたいちごのミルフィーユは、甘酸っぱくて、ふんわり優しい味がして、それはまるで始まったばかりのわたしたちみたいだと思った。