「大丈夫かなぁ……」

おろしたての制服を着て、鏡の前でひとりつぶやく。

今日は中学の入学式。

小さな頃から人見知りのわたしは、新しい学校、新しいクラスで上手くやっていけるか心配で、昨日の夜はあまりよく眠れなかったんだ。

「苺花、初芽ちゃんがお迎えに来てくれてるわよ~」

階下からお母さんの声が聞こえて時計を見ると、いつの間にか8時を過ぎていた。

「うそ、 もうこんな時間!」

急いで新品のスクールバックを持って階段を駆け降りる。

「苺花、おはよう」

玄関に行くと、初芽ちゃんが笑顔で迎えてくれた。

「おはよう」

「苺花のスカート可愛い! わたしもその色にすれば良かった~」

わたしの制服姿を見るなり、初芽ちゃんが言った。

わたしたちが通う中学校は、地元では制服が可愛いことで有名らしい。

エンブレム刺繍の入ったブレザーに、チェック柄のプリーツスカート。

スカートは黒、紺、グレー、ベージュの四色から選べて、わたしは派手過ぎず地味すぎない色合いが気に入ってグレーを基調にしたピンクのチェック柄スカートを選んだ。

初芽ちゃんが着ているのは、ベージュを基調にした赤のチェック柄スカート。

明るい色合いがいつも元気な初芽ちゃんの雰囲気によく似合っていると思う。

「ほら、ふたりとも急がないと遅刻するわよ」

お母さんの言葉を聞いて、ギリギリの時間だったことを思い出した。

「行ってきます!」

お母さんに見送られて、わたしたちは学校へ向かった。

正門をくぐって、昇降口でピカピカの上履きに履き替える。

廊下の掲示板にクラス表が張り出されていて、すでにたくさんの新入生が集まっていた。

「ちょっと見てくるね」

そう言ってためらうことなく人波をかきわけて前へ進んでいく初芽ちゃん。


わたしはその背中を人波から少し離れたところで見送る。

ドキドキしながら初芽ちゃんが戻ってくるのを待っていると―

「苺花! わたしたちふたりとも3組だったよ!」

満面の笑みで初芽ちゃんがわたしの方に駆け寄ってきた。

「ホント? やったぁ!」

初芽ちゃんの言葉を聞いた瞬間、わたしは周りにたくさん人がいることも忘れて大きな声を出していた。

「中学生活もよろしくね、苺花」

「こちらこそ、よろしくね」

ふたりで手を取り合って喜びながら、3組の教室へ向かう。

教室に入ると、黒板に座席表が貼られていた。

座席は五十音順らしく、わたしと初芽ちゃんはちょっと遠い席だった。

「席離れてるけど休み時間はそっち行くね」

「うん、わたしも遊びに行くね」

初芽ちゃんと同じクラスなら、これからの中学生活楽しくなりそう! と思っていたら

「はい、席に着いて」

担任の先生が教室に入ってきた。

「担任の榎本です。一年間よろしくね」

みんなが席に着くと、先生が明るく挨拶した。

小柄の可愛らしい先生で、先生というよりお姉さんみたいだなというのが第一印象。

「先生、何歳ですか~?」

早速、クラスの男の子から質問が飛ぶ。

「二十代です。それ以上は秘密ね」

先生がちょっと恥ずかしそうに答えた。

「じゃあ、恋人はいますか~?」

もう一度同じ男の子が興味津々の表情で質問すると、周りがざわめきだした。

「こう見えて、実はいるのよ」

照れながらも真面目に答えてくれた榎本先生。

周りから「ヒュ~」とはやしたてる声が聞こえる。

「なんだ~残念。俺が恋人に立候補しようと思ったのに」

質問した男の子ががっかりしたように言うと、

「いきなり先生口説くなよ。おまえはチャラ男か!」

少し離れた席から男の子が突っ込んで、クラス中からどっと笑い声が起きた。

その時、緊張感に包まれていた教室が一気に和やかな雰囲気に変わった。

わたしも張り詰めていた気持ちが緩んで自然と笑顔になった。

あんな風にさりげなくクラスの雰囲気を明るく出来る子って、すごいな。

「さぁ、それじゃ出欠をとります。名前を呼ばれたら元気な声で返事してね」

榎本先生がそう言って名簿を手にひとりずつ名前を呼び始めた。

さっき先生に質問していたのは、森川(はもりかわ)くん、突っ込みを入れていたのは速水(はやみ)くんという名前だった。

「このあと体育館で入学式があるから、名簿順に廊下に並んでね」

出欠を取り終えると先生がそう言って、みんな一斉に廊下に並び始めた。

すでに他のクラスの子達も廊下に並んでいて、一気に騒がしくなる。

榎本先生が先頭に立って、みんな先生のあとについてぞろぞろと体育館へ向かう。

渡り廊下を歩いて移動していると、校庭に満開の桜が見えた。

つい数日前初芽ちゃんと公園で会った時はまだ咲き始めたばかりだったのに、あっというまに満開になるんだな。

体育館に着くと、

「新入生入場の合図があるまで待っていてね」

先生がそう言って、みんな入口の前で待機。

一組から入場するから、三組はちょっと時間がかかるらしい。

しばらくすると列が動き始めて、「入場します」という先生の言葉でみんな歩き始めた。

保護者席を通って、拍手に包まれながら入場。

クラス全員が席の前に着いたら、一礼をして座る。

まだ慣れない制服姿に、堅苦しい雰囲気。

疲れもピークに達してきたその時。

「新入生挨拶の言葉。新入生代表、一年三組 速水 駿(しゅん)

司会の先生が呼んだ名前に、思わずハッと顔を上げた。

名前を呼ばれた速水くんは、返事をして立ちあがると堂々とした足取りでマイクの前に立った。

そして全校生徒の前でも緊張を感じさせずよどみなく話す姿に、先生や保護者も、感心したような表情で速水くんを見ている。

挨拶が終わると、会場に盛大な拍手が響いた。

「苺花、お疲れ。校長の話長かったね~」

教室へ向かう途中、初芽ちゃんが声をかけてくれた。

「そういえば、新入生代表で挨拶してた速水くん、すごかったね」

「あ、初芽ちゃんも思った?」

「うん。堂々としててさすが代表って感じでカッコ良かった」

「もしかして初芽ちゃん、好きになったとか?」

「え、そんなんじゃないよ~!」

なんて否定しながらも、顔が赤くなってる。

「でも、なんかこうして制服着て入学式やると中学生になったんだって実感するね」

「うん。ホントだね。苺花と一緒のクラスだし中学生活楽しくなりそう!」

初芽ちゃんが嬉しそうな笑顔でそう言ってくれた。

そう、今日がわたしたちの中学生活の始まりの日。

これから、楽しい中学生活が送れるといいな。