「ボールが頭に当たった時に軽い脳しんとうを起こしたのね。しばらく安静にしていれば意識も戻ると思うわ」
保健室のベッドでまだ目を覚まさない桐山を見ながら、養護教諭の先生が言った。
……良かった、と、ホッと胸を撫で下ろしたその時。
「楓が倒れたって!?」
突然、静寂を破って勢いよく保健室のドアが開けられたかと思うと、大きな声でそう言って中に入ってきたのは……。
「葵さん?」
桐山のお姉さんである葵さんだった。
「さっき先生からわたしのスマホに連絡来て、ビックリして飛んできちゃった」
そっか。桐山のご両親は共働きで忙しいから、緊急連絡先はお姉さんになってるんだっけ。
「軽い脳しんとうだから、大丈夫よ。とりあえず、目が覚めるまでは静かに寝かせてあげて」
「は~い」
先生の言葉に、わたしと葵さんと杏莉先輩は廊下に出た。
「葵さん、ごめんなさい」
わたしは、申し訳ない気持ちでいっぱいで葵さんに頭を下げた。
「なんで芽衣ちゃんが謝るの?」
「楓くんが倒れたの、わたしのせいなんです。飛んできたボールからわたしをかばったから……」
言いながら、涙が溢れそうになった。
「そっか。好きな子を守るなんて、あいつも少しは成長したんだねぇ」
……え? どういうこと?
「桐山は杏莉先輩とつきあってるんじゃ……」
思わずつぶやいたその言葉に、今度は杏莉先輩が「え!?」と驚いたような声を上げた。
「別につきあってなんかないよ」
杏莉先輩がきっぱりとそう言った。
「でも、前にふたりで一緒に雑貨屋さんにいたから……」
「あ、それはわたしのせいかも」
わたしの言葉で何かを思い出したように葵さ
んが言った。
「わたし、この前誕生日だったから、楓がプレゼントくれたの。多分、そのプレゼント選びにつきあってくれたんじゃないかな」
「うん。わたしなら、女の子が喜びそうなもの選んでくれそうだからって桐山くんに頼まれたの」
杏莉先輩が、葵さんの言葉に頷いた。
「なんだ、そうだったんだぁ~」
わたしが思わずそうつぶやくと、
「あいつ、バカだし口悪いけど、うちではいつも芽衣ちゃんの話してるんだよ」
葵さんが優しく笑いながら言った。
「え?」
「部活の時に芽衣ちゃんがどうしたとか、芽衣ちゃんよりテストの点がどうだったとか。バカだから気づいてないかもだけど、あいつ芽衣ちゃんのこと気になってしょうがないんだよ」
「それって……」
もしかして、桐山もわたしのこと―?
「ま、あとはいつか楓が芽衣ちゃんに直接言うのを気長に待ってやってよ」
葵さんの言葉に、胸の奥に甘い予感が広がっていく。
わたし、少しは期待してもいいのかな―?
「じゃ、芽衣ちゃんはもう少し楓についててやってよ」
「うん。目が覚めたら一番に話してあげなきゃ」
杏莉先輩と葵さんに背中を押されて、わたしはひとり保健室へと戻った。
「……柴咲……?」
かすかに聞こえた声に、慌ててベッドの方へ向かう。
「桐山?」
声をかけると、桐山はゆっくりと目を開けてわたしの方を見た。
目が覚めたんだ。
「……良かった……」
桐山の顔を見たら、急に安心して、一気に涙が溢れてきた。
「もう、桐山のバカ! ホントに心配したんだからね!」
泣きながらそう言うと、桐山は珍しく落ち込んだ表情になった。
「ごめん。なんかオレ、カッコ悪いよなぁ。柴咲のことこんな泣かせて」
いつもと違う優しい口調に、ますます涙が溢れてくる。
「カッコ悪くなんかないよ。桐山はカッコイイよ」
「え?」
いつも、いざって言う時は助けてくれる。
悔しいけど、わたしはいつの間にかそんな桐山のことを好きになってた。
「柴咲がそんな素直なこと言うなんて、気持ち悪ぃな」
「―は?」
気持ち悪い!?
「明日は絶対雨だな」
桐山がいつものからかい口調に戻ってそう言うから。
「桐山のバカ!心配して泣いて損した!」
そう言って保健室を出ようとしたら。
「やっぱおまえは泣いてるより、そうやって元気に怒ってる方がいいよ」
なんて笑顔で言う桐山はずるい。
そんなこと言われたら、どんどん好きになっちゃうよ。
「いつか楓が芽衣ちゃんに直接言うのを気長に待ってやってよ」
本当は気長になんて待てないけど。
これが桐山なりの気持ちの伝え方なのかな。
だとしたら、葵さんの言う通り、もう少し待ってあげよう。