「芽衣ちゃん、一緒に帰ろう」
「うん」
数日後の放課後、わたしは舞桜ちゃんに声をかけられて、一緒に教室を出た。
中間テスト前で、今日から放課後の部活は停止期間だから、いつもより早く帰れる。
まぁ、早く帰ったからと言ってどうせ勉強なんてしないんだけどね。
「今日、本屋寄っていい? 『SWEET GIRLS 』 発売日なんだ」
昇降口へ向かいながら、舞桜ちゃんが声を弾ませて言った。
『SWEET GIRLS 』っていうのは、女子中高生向けのファッション雑誌。
本屋に入って雑誌コーナーへ行くと、舞桜ちゃんは真っ先に『SWEET GIRLS 』を手に取ってレジへ向かった。
「あ、今月号の表紙、凛ちゃんだ!可愛い~」
凛ちゃんっていうのは、人気ファッションモデルの夜咲 凛ちゃんのこと。
舞桜ちゃんは、凛ちゃんの大ファンなんだ。
「ありがとうございました~」
舞桜ちゃんと一緒に本屋を出て帰り道を歩いていると、向かい側の通りにある雑貨屋さんから見覚えのある女の子が出てきた。
あれは、杏莉先輩?
ひとりで買い物してたのかな?
なんて思った直後、お店から出てきて杏莉先輩と並んで歩き始めたのは、桐山だった。
どうして?
どうしてふたりが一緒にいるの?
桐山も杏莉先輩も、わたしたちには気づかずにそのまま楽しそうな笑顔で人混みに紛れていった。
「ねぇ、今のって、茅野先輩と桐山くんだよね?」
舞桜ちゃんもふたりに気づいていたみたい。
「かなり楽しそうな雰囲気だったけど、まさかあのふたりってつきあってるの?」
「……知らない」
杏莉先輩とつきあってるなんて、そんなの、桐山から聞いたことない。
でも、桐山はいつも杏莉先輩のこと、綺麗だとか可愛いとか気が利くって、よく誉めてる。
っていうことはもしかして、桐山は杏莉先輩のことが好きなのかな?
そうじゃなかったら、さっきみたいに楽しそうな笑顔は見せないよね。
やっぱり男の子って、彼女にするなら綺麗で頭もよくて優しい杏莉先輩みたいな人がいいのかな。
わたしみたいな元気だけが取り柄!っていうタイプは、女の子として見てもらえないのかな。
そんなことを考えたら、なぜか胸の奥がズシリと重くなったような気がした。
* * *
「テスト返すぞ~」
大嫌いな数学の時間。
今日はこの前のテストの答案返却だ。
「小林~佐藤~柴咲~」
名前を呼ばれて答案用紙をもらいに行き、ドキドキしながら点数を見ると……。
(うわ、最悪)
目に飛び込んできたのは、赤ペンで書かれた【27点】という文字。
「うわ、なんだよその点数」
勝手にわたしの答案を覗きこんで、桐山がいつものようにバカにしてきた。
「じゃあ、あんたは何点だったわけ?」
「95点」
ドヤ顔で言われて、ムカつき度は倍増。
「あっそ、良かったね、オメデトウ」
思い切り棒読みの言葉を返す。
わたしはこの前のことが気になって、集中できなかったんだからね!
もとはと言えば桐山のせいなんだから!
「杏莉先輩に勉強教えてもらえば? 毎回学年トップ3に入ってるらしいし」
……また杏莉先輩?
「なによ、いつも杏莉先輩、杏莉先輩って! いつも比べられるこっちの身にもなってよ!」
部活中だって、部員に「杏莉先輩は気が利くし要領もいいしマネージャーとして完璧だけど、柴咲は……」って言われてるの、知ってるんだから。
結局その日は一日中桐山と口をきかないまま、放課後、部活の時間。
「みんなタイム計るから集合!」
杏莉先輩が声をかけると、部員達はそれぞれウォーミングアップを終えてグラウンドに集まった。
「位置に着いて、用意、」
ピーッというホイッスルの音と共に桐山が走り出す。
桐山は綺麗なフォームでどんどん同じ1年の森川くんとの距離を離し、ゴールした。
「ちょっ、桐山、早すぎ」
遅れてゴールした森川くんが息を切らしながら言うと、
「オレに勝とうなんて百年早いんだよ!」
桐山が相変わらずの上から目線で得意げに笑った。
な~にが百年早いよ。どんだけ生きるつもりなのよ。
「桐山くんはうちの部のエースだからね。森川くんも頑張って」
杏莉先輩がさりげなく桐山の肩に手を置いてそう言うと、桐山が照れたように杏莉先輩を見て笑った。
ふたりの間に漂う親密な空気が、わたしの心をどんどん重くしていく。
やっぱりふたりはつき合っているの?
桐山は、杏莉先輩が好きなの?
もしそうなら、わたし、このまま陸上部のマネージャー続ける自信ないよ……。
そう思った、その時。
「柴咲、危ない!」
突然響いた桐山の声。
顔を上げた瞬間、目に映ったのは勢いよく飛んできたサッカーボール。
―ぶつかる!
覚悟してギュッと目を閉じたけど、いつまで経っても痛みがない。
……あれ?
不思議に思っておそるおそる目を開けると、目の前には痛そうに顔をしかめる桐山がいた。
「桐山!?」
うそ、もしかしてわたしのことかばってくれたの?
「……柴咲、大丈夫か?」
「うん、わたしは大丈夫」
「良かった……」
そうつぶやくと、桐山はグラウンドに倒れてしまった。
「ちょっ、桐山!?」
名前を呼んでも、桐山は目を開けない。
騒ぎに気づいた他の部員や先生も駆けつけて、気を失っているらしい桐山は保健室に運ばれた。
桐山、お願いだから目を覚まして…!