【#15】
「苺花おはよーって、その顔どうしたの⁉」
教室に入ってきた苺花の顔を見て、驚いた。
泣きはらしたあとみたいに目が腫れてる。
考えられるのは……
「やっぱり昨日のウワサ?」
周りに聞こえないように小さな声で言うと、苺花が頷いた。
昨日、突然広まったチャラ王子・森川くんが陸上部のマネージャーである茅野先輩とつきあってるというウワサ。
苺花にとってはかなりショックだったと思う。
わたしだって、もしも森川くんが誰かとつき合ってるなんていうウワサを聞いたら、絶対ショックだ。
想像しただけで苦しくなる。
苺花は絶対自分から噂の真相を確かめられるタイプじゃないから、きっと帰ってからひとりでずっと悩んでいたんだと思う。
「あのチャラ王子、苺花泣かせるなんて許せない!」
大事な苺花を悩ませるなんて許せない。
文句の一つも言ってやらないと気が済まない。
「初芽ちゃん、落ち着いて!」
苺花にそう言われたところで先生が教室に入ってきてホームルームが始まった。
今日は、毎年この学校で5月に行われる写生大会の日だ。
* * *
「このへんでいいかな」
「うん、そうだね」
3時間目からみんなで学校の近くにある河原に移動して、いい絵が描けそうな場所を探す。
ちょうど良さそうな場所を見つけて絵を描き始めた時、「ここいい?」とチャラ王子が苺花の隣にやって来た。
これは、あのウワサのことを聞くチャンス!
「ねぇ、森川って茅野先輩とつきあってるの?」
ズバッとそう訊くと、は不機嫌そうにしつつも「そんなんじゃないから」と否定した。
しかも速水くんいわく、部室で抱きしめ合ってたって言うのも誤解らしい。
良かったね、苺花。
「立花さん、絵上手だね」
「……そんなことないよ」
お、なんか早速いい感じ?なんて思っていたら、
「やっぱり、立花さんってタンポポみたいで可愛い」
ちゃっかり甘い言葉を言い始めたチャラ王子。
「こら、苺花口説くなチャラ王子!」
確かに苺花はふわふわしてて可愛いけど!
散々苺花泣かせておいてそんな甘いこと言うな!
「うわ、暴力反対!」
慌てて逃げ出すチャラ王子を追いかけているわたしを笑顔で見ている苺花と、呆れたように見ている速水くん。
「苺花もおいで~!」
苺花に声をかけると、笑顔でこっちに走ってきた。
陽だまりの下、はしゃいでふざけあって。
こんな時間がずっと続けばいいなってふと思った。
「あ~疲れた」
ひとしきりはしゃいだあと、速水くんが座っている場所の隣に腰を下ろしてつぶやく。
「速水くん、絵上手すぎ!」
何気なく目に映ったのは、中学生とは思えないほど上手な風景画。
「どうも」
相変わらず照れもせず喜びもせずクールな返答。
頭が良くて絵も上手とか、ずるい。
天は二物を与えずなんて絶対ウソだ。
「そういえば、部活どうなった?」
「え?」
突然の話に戸惑ったけど、
「まだ先輩とうまくいってない?」
その言葉に、この前話した大会のことだと気づいた。
「もう大丈夫だよ。ありがとう」
わたしが笑顔で言うと、
「……良かったな」
速水くんが今まで見たことのない柔らかい笑顔を向けてくれた。
なんでだろう。ただそれだけのことなのに。
嬉しいのに、胸がしめつけられたみたいな感覚になって、涙が出てきそうになった。
「大会いつ?」
「えっと、7月23日だけど」
「じゃあ見に行く」
「えっ? 速水くん、ダンス興味あるの⁉」
全く想像できないんだけど。
「いや。姉がうちの中学の卒業生で元ダンス部だったから、見に行きたいって」
「そうなんだ! お姉さんって今いくつ?」
「高1」
「へぇ~知らなかった」
同じクラスで一緒にクラス委員もしてるけど、まだ速水くんのこと知らないことばかりだ。
速水くんのこと、もっと知りたいな。少しずつでいいから知っていけたらいいな。
そしてわたしのことも、もっと知ってもらいたいな。
こういう気持ちを恋っていうのかな。
「頑張れよ、大会」
「うん!」
思い切り笑顔で頷いて見上げた先には柔らかなパステルカラーの水色の空。
そしてタンポポの綿毛がふわふわと風に舞って飛んでいる。
わたしの想いがどこへ行くかはまだわからないけど、いつか速水くんに伝えられたらいいな。
《Fin.》