【#11】


「今日のホームルームは春遠足の班決めをします。クラス委員、お願いね」

榎本先生に言われて、速水くんとふたりで前に出る。

「それでは、まず班決めの方法を決めたいと思います。何か意見のある人は挙手でお願いします」

速水くんがそう言うと、

「え~席順じゃダメなの?」

「好きな者同士だとうちのクラス奇数だからどこか揉めるよね」

「面倒くさい~」

そんな言葉が聞こえて来て、教室が騒がしくなった。

「静かにして下さい! 意見のある人は挙手して発言して下さい」

わたしが大きな声でそう言っても、みんなそれぞれに話し始めて聞いてくれない。

困ったなぁと思ったら、

「みんな、注目!」

速水くんが手を叩いてよく通る大きな声で言って、みんながこちらに視線を向けた。

「春の遠足はクラス内はもちろん、学年全体で親睦を深めるための行事です。できるだけ普段話したことのない人とも話せるように、くじ引きでいいですか?」

速水くんの話し方は、小学生の時に児童会長を務めていただけあって、堂々としていて説得力がある。

「そうだよな。くじ引きが一番いいかも」

「うん。席順だと結局毎日顔合わせてるメンバーだしね」

みんな速水くんの意見に納得して、結局くじ引きで決めることになった。

「さっきの速水くん、カッコ良かったね」

「うん。さすが元児童会長だよね」

「小学生の時からあのクールな感じがカッコいいって女子から人気あったらしいよ。笑わない王子様って言われてたんだって」

ホームルームのあとの休み時間、一部のクラスの女の子達からそんな会話が聞こえて来た。

確かに、速水くんが笑っているところって見たことがない。

無愛想っていうわけでもないけど、感情をあまり表に出さないタイプだと思う。

だけど、意思の強そうな瞳と凛とした佇まいは独特の雰囲気を醸し出していて、こういう男の子のことをイケメンと言うのかもしれないと思う。

女の子達から王子様と言われるのもわかる気がする。

自分の席に戻って本を読んでいる速水くんを見ながら、わたしはふとそんなことを思った。


* * *


ゴールデンウィーク直前の4月の終わり。

春遠足の当日がやってきた。

電車に乗って向かったのは花山展望台というハイキングコース。

最寄駅を降りると、空気が澄んでいるのがわかる。

見上げれば、雲ひとつない青空。

吹き抜ける爽やかな風と、聞こえてくる鳥の声。

今日は最高の遠足日和だ。

「それでは、班ごとに出発して下さい」

先生の指示で、先頭に並んでいたグループからハイキングコースを歩き始めた。

わたしは、くじ引きの結果残念ながら苺花とは別の班になってしまった。

苺花は幸か不幸かチャラ王子と同じ班だ。

そしてわたしは、笑わない王子こと速水くんと竹本くんと同じ班。

みんなでリュックを背負って、目的地である花山展望台へ向かって歩く。

「う~ん、空気がうまいなぁ」

そう言いながら伸びをする竹本くんと、無言のまま周りの景色に視線を向けて歩く速水くん。

「ねぇねぇ、山吹さんって速水くんが笑ったところ見たことある?」

突然わたしの耳元に顔を寄せて小声で話しかけてきたのは、同じ班になった松下さん。

「見たことないよ。松岡さんは?」

「ないない。でも、そっか。一緒にクラス委員してる山吹さんもまだ見たことないのかぁ」

松岡さんは残念そうにため息をついた。

「せっかくイケメンなんだから、もっと笑えばいいのにねぇ」

「そうだね」

なんてふたりで話していたら、

「そこの女子ふたり、のんびり歩いていると置いてくぞ」

わたしたちより前を歩いていた速水くんに淡々とした口調で言われて、

「ごめん~」

慌てて小走りで追いかけながら、ふたりで顔を見合わせて思わず笑ってしまった。

「ねぇ、初芽ちゃんって呼んでいい?」

「うん、いいよ。松下さんは、なんて呼べばいい?」

「小学校からの友達には菜緒(なお)ちゃんって呼ばれてるけど」

「じゃあ、菜緒ちゃんって呼ぶね」

「うん」

呼び方を変えただけで、急に親しくなったような気がするから不思議だ。

それからわたしたちはすっかり意気投合して、お喋りしながら歩いているうちに目的地である展望台に到着した。

すでに到着した子達は、ピクニックシートを広げてお弁当を食べている。

「初芽ちゃん!」

名前を呼ばれて視線を向けると、すでに到着していたらしい苺花が、満面の笑みで手を振っていた。

「もう着いてたんだね」

「うん」

苺花は、同じ班の子達とちょうどお弁当を食べ始めるところだったみたい。

「初芽ちゃん達も一緒に食べようよ」

「いいの?」

わたしが尋ねると、

「うん。みんなで食べた方が楽しいし」

苺花以外のメンバーも賛成してくれたから、わたしたちの班も苺花の班と一緒にお弁当を食べることにした。

「いただきます」

みんなで声をそろえて挨拶をして、お弁当箱を開けた。

「うわ~苺花のお弁当可愛い!」

苺花のお弁当を見ると、中には可愛らしいうさぎのキャラクターのおにぎりが入っていた。

可愛すぎて食べるのがもったいなく感じてしまうくらいのキャラ弁だ。

苺花のお母さんは料理上手で、遠足や運動会の時に苺花のお弁当を見る度に凝っていて羨ましく思う。

ちなみにわたしは、大好きな3色そぼろ弁当。

見た目はシンプルだけど、玉子そぼろも鶏肉のそぼろもお母さんがしっかり味付けしてくれていて、とても美味しい。

そして今日は桜でんぶもいつもより高いものを奮発してくれたらしく、口に入れるとふわっとした触感と程よい甘さが広がった。

「美味しい!」

お弁当を食べながら自然と口にした言葉。

教室で食べるいつものお昼とは違って、景色と空気が綺麗な場所で食べるお弁当はとても美味しく感じる。

「ごちそうさまでした」

男子陣はあっという間にお弁当を食べ終えて、早速追いかけっこをしたり、木登りをしたりして遊び始めている。

「男子は元気だねぇ~」

そんな様子を見ながら、珠李ちゃんが半分呆れたようにつぶやいた。

わたしも何気なく男子達の方を見ていたら、速水くんが森川くんと一緒に走っていて。

「はい、夏樹の勝ち~」

竹本くんがそう言うと、

「陸上部の夏樹に勝てるわけねぇじゃん、バカ」

そう言いながら、速水くんが笑っている。

初めて見た、速水くんの笑顔。

「ちょっと、今の見た!? 速水くんが笑ってた!」

隣で、珠李ちゃんがはしゃいだ声を上げた。

「なにあの笑顔、カッコよすぎるんですけど!」

「速水くん、もっと笑えばいいのに!」

近くにいた他の女の子達も、珠李ちゃんと同じように騒いでる。

確かに、いつものクールな表情と違って優しそうな笑顔は、わたしもカッコイイなって思った。

でも、たった一瞬の笑顔でこれだけの女子が騒ぐっていうことは、それだけ速水くんって女子に注目されているんだ。

本人は全く気づいてなさそうだけど。

「初芽ちゃん、女子みんなで花いちもんめやるからあっちに集合だって」

楽しそうに笑い合っている速水くん達を見ていたら、後ろから結菜ちゃんに声をかけられた。

「は~い」

笑顔で返事をして、

「苺花、行こう」

隣にいる苺花にも声をかけたけど、苺花は森川くんたちの方を真剣な表情で見つめたまま。

「苺花?」

もう一度呼んでも、反応がない。

一体どうしたの?

「苺花!」

「え!?」

わたしがわざと大きな声で呼ぶと、やっと気づいてこっちを向いてくれた。

それから、女子みんなで遊んでいる時も、苺花はずっと男子達の方を見ていて。

その視線の先にはチャラ王子がいた。

そういえば、さっきもチャラ王子達の方を見てた。

もしかして、苺花、チャラ王子のことが好きなの?