WKパークから家までは徒歩二十分ほどなので、わたしたちは歩いて帰ることにした。
すっかり日が沈みビル街には明かりが灯る。
歩道を悠と歩いていると涼しい風が通り抜けた。
夜空に丸い月が輝き、星が数個見える。
さすがに街の明るさで、天の川までは見えないが夏の大三角はよく見えた。
悠は今月中に誕生日会、保育参観、研究会の資料提出と、やらなければならないことが盛りだくさん。
こんな調子で大丈夫かな。
そんなことを考えながら夜空を見ていると「また、空ばっか見てるー」と、スケボーを片手に持ちながらとなりを歩く悠に笑われた。
「えーっと、ベラ、アルタイラ、ネデブ」
夜空を見て呪文のように喋り出す悠。
「やめて!それを言うなら、ベガ、アルタイル、デネブね、悠のまちがい聞いてると頭が痛くなる」
こんなことを言いつつも彼のこういった能天気なところに、物事をすぐ悪いほうに考えてしまうわたしは助けられている。
「なんで晴はそんなこと覚えてんだよ」
「夏の大三角の名前くらい学校で習ったでしょ」
「そんなこと、もう忘れたー」
「忘れただけじゃなくて、ちゃんと授業も聞いてなかったんでしょ」
「うー」と口を尖らせる悠が、面白くてわたしはぷっと吹き出す。
しかし、彼のマイペースなスピードでは今月中に終わらない。
わたしのクラスも保育参観があるけれど、親子でクッキー作りの保育計画をすでに立ててある。
なので自分の心配はいらない。
悠をなんとかしなくては、せめてもう少し危機感だけでも持ってほしい。
いつまでだって側にいてわたしが助けれるわけじゃない。
それに、わたしには時間がないのだ。しばらく歩きながら考えているうちに名案が浮かんだ。
きっとこれなら、悠はやる気になってくれるだろう。
「ところでスケボーの大会っていつだっけ?」
「八月の終わりだけど」
「どこでやるっけ?」
「T市だよ、前に一回だけ一緒に行ったことある場所、近くに海があるKMパーク」
「あー、わかった、結構遠くでやるんだね、どうやって行くの?」
「朝から電車で行こうと思ってる」
「そっか、じゃあ、わたしも応援しについてくよ」
「え、本当っ?めっちゃ嬉しいんだけど、うおー!やる気スイッチ入ったー」
悠は本当に単純だ。
「ところで、スケボーの大会の他にも悠はやることあるよね?」
わたしは声のトーンを落として言った。
「うん」と、ばつが悪そうに悠が返事をする。
「わたし自分のやることくらい、ちゃんとできない人のスケボーの応援なんて行きたくないなぁ」
「俺、ちゃんとやるよ」と、言った悠の目が自信なさそうに泳ぐ。
一応、自分でも少しはやばいと思っているようだ。
「今月中は毎日、悠の家行ってわたしが手伝ってあげる、忘れちゃったパソコンの使い方もまた教えるね」
「え、本当!?」と、悠の目が輝き出した。
「もし、悠が全部頑張ってやることできたら打ち上げパーティーしようよ、わたしが悠の好きなビーフシチュー作ってあげる」
「まじ!?毎日、晴が来るなんて夢みたい、晴の手料理のビーフシチューもめっちゃ楽しみ」
「でも悠が頑張ってやらなかったら今の約束は全部なしね」
「わかった、よっしゃあ、俺、全部ちゃんとやる!晴との約束は絶対守る」
悠のやる気スイッチは本当に単純で助かる。
「わたしも全力で手伝うから、スケボーも保育もどっちも頑張ろうね」
「晴が女神に見えてきたよ、すきすきー」
「はいはい、抱きつくな、でも明日から夜はスケボーやる日と、保育園のことをやる日を決めて計画的にやるからね」
「わかった、晴が毎日来るなら掃除しなきゃ、なんか映画観る?」
「映画は観ない!遊びに行くんじゃないからね」
わたしは浮かれる悠に釘を刺した。
ふと夜空を見ると、煌々と輝く月と夏の大三角。
夜空の星の光は、遠い星から何万年も前に発せられた光が、わたしたちの目に見えている。
光のスピードは一秒で地球を七周半もしてしまうのに、夜空の星は想像もつかないほど、途方もなく離れているという事実だ。
神社で悠と話した、死んでしまったら魂は空に行くという話を思い出す。
もし、わたしがいなくなったら、悠はこの夜空をどんな気持ちで眺めるのだろうか。
悠は夜空の星の中にわたしを探すだろうか。
そんなことを、ふと思った。