突然の桔梗のショウの心を救おうとする叫びに驚くショウ達であったが、それがキッカケでショウは落ち着きを取り戻し、それを直感で感じ取ったのか桔梗は大人しくマナの掛けた幻術に戻ったようだ。

ちなみに、未熟な分身の術の桔梗はショウの幻術が解けると同時に一緒に消えたようだ。


「…び、ビックリした!桔梗、まだ幻術の中にいて眠ってるんだよね?」

ショウは驚きを隠せないまま、人形のように綺麗に眠る桔梗をジッと見ていた。そして、すぐにショウは母であるマナの顔を見て


「お母さんが私に掛けた幻術の内容は、
“大昔、実際にいた残酷な王様の体験をする”だよね?
桔梗は、その時代も生きてたの?その残酷な王様の…その…」

と、言いづらそうに下を俯きモゴモゴ口篭っていた。

それを聞いて、リュウキとマナは驚いたように顔を見合わせ、ゆっくりとその内容を聞いた。

そして、分かった事。

「…ショウ。よく、聞いてね?」

「…う、うん…」

これから、どんな話を聞かされるのだろうとドギマギ緊急するショウに、マナはショウの隣に座りショウの頭を撫でると


「桔梗君は、ショウが心配でショウが掛けられた術の中に入っちゃっただけ。」

「…え?そんな事できるの?」

と、小さめな目をまんまるくして聞いてくるショウに

「……う〜ん、多分できないかな?こんな事できるのは桔梗君くらいだと思うよ?」

困ったような笑みを浮かべながらマナは答えた。マナの答えにショウは、ビックリしている様子だった。


「だから、本当ならその幻術の内容に桔梗君はいない筈だったんだよ。
ただ、桔梗はショウを助けたいあまりに無茶して、無理矢理にショウの幻術の中に入ったの。
できるだけ物語の筋書きを壊さないように、ずっとショウの側にいてショウの事を守ってたみたいね。」

マナに説明されて、過去本当にあった残酷で怖い王様の物語と桔梗は、全然関係ないんだと理解して、ホッと肩の力が抜けた。

ホッとしたショウを見て、リュウキとマナは桔梗が無理矢理話の中に入ったから本当の話とは少し違ってしまったはずだし、桔梗の動き次第で話が大きくズレてる筈だ。

それが、どのくらいどの様にズレが生じたのかはショウから詳しく話を聞いてみないと分からないが。


「…でも、私が掛けられた幻術の中に無理矢理に入って桔梗は大丈夫なの?」

と、心配するショウに

「…あのな、ショウ。あの男は大丈夫だ、それだけは安心していい。
だが、ショウの掛けられた幻術に、本来居るはずのない人物が紛れ込みショウと親密な関係になっていた様だからな。おそらく、本当の話から大きく掛け離れた内容になってしまった恐れはあるな。」


「…え?」

「…だが、幸か不幸か。その事によって、ショウから聞いた話の内容だと“話の内容が、大分柔らかい話”になっている。本当の話は、ショウの体験したよりずっと恐ろしく残酷な筈だから。…そこだけは、桔梗に感謝だな。」

そういって、ショウを離すまいとショウに絡み付き眠っている桔梗の頭を軽くコツンとこついだ。

そこに、珍しくオブシディアンが


『…歴代の王の中でも、上位に食い込む程の恐ろしくも残虐で有名な愚王の幻術を何故、ショウ様に掛けたのですか?
桔梗様と同じく、桔梗様の立場と始まりの世界のショウ様の立場を逆転させて体験させた方が良かったのではないでしょうか?』

と、ショウに聞こえないよう、処罰覚悟リュウキとマナに言葉飛ばしをしてきたのだ。
いつも、どの様な時も冷静沈着で君主に絶対的忠誠心のある優秀な隠密がだ。

それに、リュウキは内心驚きを隠せなかったが黙って、オブシディアンの話を聞いていた。

『ショウ様にそんな恐ろしい体験をさせたら、ショウ様の精神崩壊、人格崩壊、或いは、その体験をする事によりその愚王の人格に引っ張れて、ショウ様もその愚王と同じ様な趣向に変わり恐ろしい人物に成り果てる可能性も非常に高かったはずです。
なのに、何故そんなリスクを犯してまでそんな恐ろしい幻術を掛けたのですか?理解に苦しみます。』

ここで、リュウキが理解したのはオブシディアンにとっての絶対的君主はいつの間にか、リュウキからショウに変わっていた事。

確かに、ショウはオブシディアンの君主であるが、
ショウ専属の隠密として任命した当初、隠密としての誇りと自信を持ってるオブシディアンはそれを認めず、リュウキの命令だからという理由でショウの隠密を遂行していた筈だ。

それが、何がキッカケになったか幾つかその心当たりはあるが、誰の配下にも付かないフリーの隠密だったオブシディアンはいつの間にかショウを自分の君主と認めた様だ。

しかし、今まで誰にも靡く事なくフリーの隠密を貫いてきたオブシディアンが、ショウ専属の隠密になるとは驚くし感慨深いものがある。

「ショウに桔梗の体験をさせたら、まず第一に桔梗が嫌がるだろう。そして、何より“汚い、穢れた自分の体や心”を知られたら、それこそ桔梗の精神崩壊・人格崩壊は確実。
俺達の力では、手がつけられなくなるし何をしでかすか予測不可能。そんな想像が容易にできてしまうから、ショウには桔梗と立場入れ替えの幻術は使う事ができなかった。」


…ドックン…


確かに、そうだ

ショウ様の心を心配するあまり、桔梗の危険性について考える事ができていなかった


「それと、ショウの事もそうだ。ショウは、少々おつむが弱い。だから、桔梗の立場を体験したら“美形な程、何をやっても許される”と、大きな勘違いをして、それが心に植え付けられてしまう可能性がある。
そしたら、ショウをどんなに説得したところで誰の話も信じられず、桔梗さえ疑心暗鬼に見て引きこもりになってしまうだろう。」


…確かに、桔梗様の立場を体験させてしまったら、そんな勘違いを起こしかねない

…ドックン…


「だから、敢えて美形でない権力と力を振りかざし、自分以外全ての者達を虫ケラにしか思えなかった愚王の擬似体験をさせた。
人の心も持ち方一つで、どんな風ににもなってしまうという事を教えたかった。【思いやりと人を慈しむ心、人の気持ちをよく考え行動する事の大切さ。】を、考えられるようになってほしいという傲慢な俺の親の依怗でもある。」


と、リュウキが話し終えた所で、オブシディアンはそこまで視野を広げて深く考えていたリュウキの考えに感服し頭を下げた。

そこから、言葉飛ばしの術を解きリュウキは普通に声に出して喋り始めた。


「桔梗はショウが大好きで大好きでたまらないんだ。
ショウを二人だけの空間に閉じ込めて独り占めしたいくらいにな。
その事が原因で、俺達夫婦と桔梗は喧嘩して一時期説得の為にショウから桔梗を離し封印した事もあった。
今は、何とか和解してここに居るが。」


「……あれ?桔梗から聞いた話と何だか違う様な……ん?……???」

“桔梗のある事件”のリュウキの話と桔梗の話の食い違いにショウは首を傾げ考えていた。

愛娘のそんな様子に


「……あの馬鹿、自分の都合のいいようにショウに話してるな。クソやろーが!
…だが、今はそんな話をする時ではない。…その話は追々するとして。」

リュウキは額に青筋をピキリと浮き立たせると、怒りで口端をヒクヒクさせていた。

「桔梗君、やっちゃってるね〜。多分、桔梗君はショウを独り占めしたいあまりに、私達が多忙でショウの側にあんまり居られない事をいいことに“その事件”の事を嘘をつかないようにしつつも自分は悲劇のヒーローぶって、私達夫婦を悪者にしちゃってる感じかな?」

マナは、顎に人差し指を付け考える素振りを見せ色々考えていたようだが

「…まあ、桔梗君からしたら、そうなっちゃうか〜。
それに、忙しさにかまけてあまりショウの側いられない私達も悪いからなんとも言えない所ではあるけど…。
…けど、な〜んか私達だけ悪者みたいで腑に落ちないし、ちょっとプンプンしちゃうなぁ〜。」

なんて、マナもやっぱりどう考えても桔梗に怒りが湧いてるようだ。

「今、“その事件”について話していたら、本題に入れなくなる。とにかくだ。
幻術の中のショウを助けたのは、ショウが好き過ぎるあまりにショウのピンチを助けたいという桔梗のあまりに強過ぎる執念と執着から、桔梗は大好きなショウの心の悲鳴を敏感に感じ取り実行したのだろう。…通常ならあり得ない話だが。」


と、あまりに、リュウキが“桔梗はショウが大好き”という言葉を連呼するので、ショウは急に恥ずかしくなっちゃって顔を真っ赤にして俯いてしまった。

そんな、愛娘にリュウキとマナは心の中で“うちの娘が可愛すぎる!”と、悶えていた。

「桔梗は自分が掛けられた幻術から抜け出し、ショウの掛けられた幻術の中に入り込み幻術の内容に支障がないよう頭をフル回転させて自分の生い立ちなどでっち上げショウの側にいたのであろう想像がつく。」

オブシディアンは思う。

桔梗のやってる事は、誰にも真似ができないとんでもない事なのだが。

娘の酷い有り様を見たくないという理由から、敢えて幻術の中身を見なかったリュウキ夫婦だ。

なのに、ちょっとしたヒントだけでそこまで推察できてしまうリュウキの頭脳にも驚かされる。

「だが、最強の桔梗は自分の苦手な隠密術の一つ。分身の術を使った事により、桔梗の分身は幼い姿でしかも非力な人間になっていた。…いや、それでも普通の人間からしたらとんでもない天才、逸材なのだろうが。」


と、話せば話すほど桔梗の凄さが分かってしまい、憂鬱な気持ちになっていくリュウキとオブシディアンだ。


「いくら、最強とはいえ。…末恐ろしい話ではあるが、あれでもまだ体も魔力も何もかもが未成熟で未完成な子供だ。それなのにショウがあまりに心配過ぎて、自分の頭をフル回転させ、あらゆる力を出し切り最終的に苦手な分身の術を使いショウを助けにいったんだろう。
だから、あんな結末になってしまった。だけど、そんな中でも自分の出来る最善を尽くしたんだろう。」

と、いうリュウキの憶測に、マナとオブシディアンはあり得ない話じゃないと桔梗の無限大の力と能力、才能…そして頭脳に慄き、ショウに対する執着や執念に恐ろしささえ感じた。

そんな三人とは裏腹にショウは、そこまで自分の事を誰よりも思い一番大事にしてくれるなんて…と、嬉しさと“桔梗は私の!”という桔梗に比べれば可愛過ぎる独占欲が込み上げていた。


とんでもない化け物だが、それくらいでなければ“ショウの天守”は務まらない。

それに、様々な経験を経て自分の本当の気持ちと向き合い認めた桔梗だからこそ、……認めてしまうのは癪だが。これ程までに、素晴らしいショウの伴侶など他には居ないであろう。

だが、問題は桔梗は“ショウ第一主義”で、ショウが本当に望むならどの様な極悪非道な事さえ喜んでやるだろう。

それをショウが心から楽しんでいたなら、それに悦びを感じ桔梗もそれを心から楽しみ率先して残虐非道な限りを繰り返す恐れがある。それで、ショウが喜ぶなら。

それが、容易に想像できてしまい。

ショウと桔梗は既に将来を誓い合った恋人同士ではあるが、その恐れが先に立ち二人の仲をなかなか認める事ができないでいたリュウキだ。

そして、何より目に入れても痛くない程可愛い愛娘に、彼氏…将来は旦那になる男が居るとなれば父親として複雑な気持ちになるしムカつくしかなり嫉妬する。

それは置いといて、今回の件があり

この状況を使わない手はないと考えた。

ショウには酷であるが、幻術を通して強い心と人を思いやる大切さ、元々持っている本質も大きいが環境次第でどんな風にも人間は変わってしまうという恐ろしさも知ってほしいと考えたのだ。

だって、ショウの気持ち一つで最強の男が天使にも悪魔にもなってしまうのだから。

少し想定外の事や誤算もあったが、ショウの方は何とか上手くいった様だ。

当初、幻術から戻ってきたショウは大パニックに陥り「……私ッッッ!!?…何で、私酷い人だったんだ!どうしよう…こんなっ…自分はこんな……」など、自分のあまりの残虐非道さに醜く悍ましい姿に絶望して発狂するだろうと予想されていた。

それを想定して、様々な対策や心のケアをして気持ちが落ち着いた所で、ショウのペースに合わせネタ明かしをして現実と幻術との違いを照らし合わせ倫理について勉強させようと考えていたのだが。

良くも悪くもショウは自分を責める事も発狂する暇さえ与えられる事なく、桔梗によって直ぐに何か違和感を感じた様でリュウキ達の説明も冷静に聞く余裕があった。おかげで思いがけず、すんなりとショウの幻術はズルもあったが成功(?)したといえる。


その事に、ひとまずリュウキ達はホッと一安心した。

問題は、桔梗である。

ショウより先にマナに術を掛けられているので、ショウより早くに目覚めると思ったのだが。
ショウのピンチに、ショウを助けにマナの幻術を抜け出しショウの幻術に入り込むという無謀な事をしたせいで、桔梗の幻術の中の物語が全然進んでいなかったのである。

おかげで、ショウはこの通り無事に実に為になる社会勉強をして出てこられたが。そこは、感謝しているが…

自分達が考えていた以上に、幻術の中にいる桔梗の状況は難航し大幅に時間が掛かっている。
これでは、術を掛けているマナもそうだが桔梗にも魔力や精神に大きく負担が掛かる。それもあって、早くに幻術から抜け出してほしい所なのだが…。

ここまでショウに依存し執着している桔梗が、過去世自分が行ってきた事とはいえ、それに耐えられるのかが心配な所だ。それこそ、精神崩壊、精神異常者になってしまう可能性がとても高い。

桔梗が幻術から戻ってきた時の為に、考え思い付く限りの対策と対処をしておかなければと、リュウキは国中の最高峰の魔道士や科学者、錬金術師、医者、大聖女などなどリュウキがあらゆる一流と認めた者達を集結させ対策をして抜かりなく作戦通りその時に備え準備万端にしてある。


そして、相当なまでの魔力を使い上級魔道を二つ同時進行していた偉大なるマナの体力と精神を労り、リュウキはマナをギュッと抱き締めマナにとっては些細な量なのだろうがリュウキの魔力をマナに注ぎ込んだ。


「…だめだよ、リュウキ!そんなに私に魔力を分けちゃったらリュウキが倒れちゃう!」

と、心配するマナに

「俺の我が儘でこんなにもお前に負担を掛けてるんだ。…お前にとっては、俺の魔力なんて些細なものでしかない事は分かってるが、少しでもお前の助けになりたい。
…俺達、夫婦だろ?側でお前の無事を祈るくらいさせろ。」

なんて、リュウキにしては自信無さげに言ってきた。

「…ありがと。多分、長丁場になりそうだからリュウキの魔力凄く助かるよ。」

と、満面の笑みでリュウキにお礼をいう妻にリュウキは、俺の妻はいい女だなと心の中で惚気ている。

そして、なぜ他の魔道士ではなくマナに、桔梗に幻術を掛けさせているのか。

答えは単純で、今現在リュウキが知ってる中でマナしか桔梗に術を掛けられる者など存在しないからだ。

他の一流の魔道士達が大勢集まり、桔梗に術を使ったところで桔梗が規格外に強過ぎて効かないか跳ね返されてしまうのだ。

だから、妻であるマナに頼む他なかった。


桔梗の分身の術が解けた為、ようやくマナに掛けられた幻術が本格的に発動して“桔梗の始まりの世界のショウの擬似体験”が始まった。