ショウと桔梗を連れ、ワープで家のリビングまでくるとショウの父親は乱雑に

…ドサッ!

と、桔梗を床に落とし


「…ったく。ショウの事となると途端にポンコツになるな、お前は。今回の事は自業自得だろ、馬鹿めが。
しかし、今回の事はお前のクソでしかない過去世ばかりショウに見せての自己満足は、俺にとっては不愉快でしかない。
だから、ショウを傷付けた罰として“始まりの世界のショウ”の過去世をお前が一人で全て体験しろ。“向こうのショウや天守二人には許可を取ってある。」


と、言い桔梗が驚きの表情を浮かべ何かを考える隙も与えずショウの父親は、ショウの母親に相槌すると


「私から言わせてもらうとね。
桔梗君の辛い過去世は現世の事じゃないよ。だから、過去世と今の桔梗君は同じであって違うとも言えるんだけど。それでも、桔梗君は自分の過去世全てを覚えていてそれに苦しんでる。過去世とも向き合えず断ち切る事すらできていない。
粗治療になってしまうけど、ごめんね。私達には、この方法しか桔梗君の心を救う最善の方法が考えつかなかったの。」


ショウの母親の話を聞いて、桔梗はピクリと反応し涙でグシャグシャな顔をあげてショウの母親を見てきた。
そこにはショウの姿もあり、あまりのショックから母親に抱きついたまま母親の平べったい胸に顔を埋め桔梗を見ようともしなかった。

その姿に、桔梗は底の見えない崖に突き落とされた様な気持ちになった。

…ズキンッ…!

その様子を見ていたショウの母親は

「自分だけが悲劇的になって自分が過ちを犯し続けた過去世をショウに見せる事で、自分の犯してきた罪から解放された気持ちに浸りたいだけなら“始まりの世界のショウの過去世を体験する必要はない”って思う。」

可哀想な者を見る様な表情を浮かべ桔梗に話しかけている。


「もし、自分の過去世の苦しみだけじゃなくて、ここに居るショウじゃないけど。
“過去世の桔梗君がずっとずっと傷付けてきた始まりの世界のショウ”の、過去世を体験して知りたいなら辛いかもしれないけど。向こうのショウの過去世を体験してみて?」

と、いう提案に桔梗は驚くものの

「どっちを選べぶも桔梗君次第だし。どっちを選んでも私達は桔梗君を責めないよ。だって、過去世と現世のあなたは同じであっても違うんだから。
忘れないで?過去世は過去世。あなたは、“今”を生きてるの。」

こんな事聞いちゃったら、体験を放棄する訳なんてない!自分の愚かな行為、言動のせいで、ショウがどんな思いをしてどんな気持ちで過ごしていたのか。

…知るのは怖いが、知りたい…知らなければならない。

だって、ショウの事なら何でも知りたい。どんな些細な事でも知らなきゃ嫌だから。

確かに過去世は過去世でしかないけど。それを全て覚えていて、その苦しみから逃れられなず気が狂うほどの罪の意識に苛まれる日々。

…少しでも、この苦しみから解放されるなら。後ろめたい気持ちも罪悪感なくショウを真正面から見て受け止める事ができるなら!


「…やるよ。いや、体験させて!
過去世のショウの人生が知りたい。俺がどれだけ愚かだったか、しっかりとこの目で確かめて自分がどうあるべきか今後の事をしっかりと考えたい。」

そう、桔梗が言った所で

「決まりだな。」

ため息混じりに、ショウの父親は“始まりの世界のショウの過去世全ての体験”をする事を許可した。
許可が出て直ぐにショウの母親は、桔梗にソファに横になるよう促すした。


そこで、ようやく桔梗は冷静さを取り戻し考える事ができた。

ここは、何かあっても…最悪壊れてしまっても大丈夫な離島。しかも、動物は居ないし植物も少し生えてる程度の岩肌が目立つさら地だ。そのちょうど真ん中ら辺に、ポツンと小さな屋敷が建っている。

まず海に近い陸地に50名、その場所と屋敷の中間地点に30名、屋敷を取り囲むように10名の上級魔道士が一定距離を保ち配置されている。

屋敷の中、桔梗達に居る部屋にも壁に沿って2名のS級魔道士達がいる。

当たり前だが、屋敷に近ければ近いほどに魔道士達の実力はずば抜けている。おそらく、50名の魔道士達はA級魔道士、30名の魔道士達は得A級魔道士といった所だろう。

それぞれが、リュウキの合図と共に三重の強力な結界を張って万が一に備えた。

何事かとビクつくショウを、リュウキとマナとで何とか宥めているのを見ると…自分が一番にショウの不安を取り除きたいのに…今は、それさえ許されない…と桔梗は胸が痛み人目を憚らず大暴れして泣きたい気持ちになった。それをグッと堪えソファに横になったまま、今からマナが使う術についての説明を待っていた。

緊張する桔梗にマナは桔梗に体が冷えないようにと優しくタオルケットを掛けてあげると、寒くないか、トイレは大丈夫か、不自由はないかなど確認をしたのち

これから桔梗に掛ける術の説明をした。

「ちょっと桔梗君が思ってるのと違うと思うんだけど、私が今から使う術はね。“置き換え”みたいなものだよ。」

「…置き換え?」

「うん。つまり、過去世のショウと桔梗君の立場を逆転させる。桔梗君がしてきた事をショウがして、ショウのしてきた事を桔梗君がする。
ゲームみたいに、シナリオは実際にあった事を元にしてるから決まってるも同然。だから、体も言葉も強制的に動かされて自由は効かない。
けど、中身の魂や意志、心、は、ここに居る桔梗君その人だから、何かある度に“思う・感じる”しかできない、もどかしい気持ちにはなると思うけど。
これが一番“始まりの世界のショウの気持ち”を知る事のできる最善だと思うの。」

「……よろしく、お願いします。」

これで、桔梗の“始まりの世界にいるショウの過去世全て”をショウの立場になって、ショウの姿形、声をした自分で体験する事となる。

おそらく、ショウの中に桔梗がただ入ってショウの体験をするより、愛するショウの形や声、仕草をした者が、過去世、桔梗のしてきた愚行をそのまま再現するのだ。

そっちの方が、よりショウの気持ちが理解できるのではないかという父親の判断だ。

ショウの母親は、そんな事しなくたって大して変わらないのでは?と、首を傾げているが。

様々な戦場や駆け引き、腹の探り合いなど恐ろしい激戦を潜り抜けているショウの父親には、それがとても効果的だという事をよく分かっている。

そして、もう一つとても大切な事を見落としてはいけない。


「オブシディアン。ショウを守り続けてくれてありがとう。あなたが居なかったら、ショウは下手をしたら死んでいたかもしれない。」


「……完全に守る事ができず申し訳ない限りです。」

と、ショウの影からできてたオブシディアンと呼ばれる黒装束の人は全身が無数の大きな刃物で切り刻まれたような重傷を負っており、夥しい血の水溜りがオブシディアンの下にできていた。

それを見たショウは、悲鳴をあげながら青ざめ血塗れにも関わらずオブシディアンに抱きつくと


「…お、オブシディアンッ!?何があったの?痛いよね!どうしよう…お母さん!お母さん、オブシディアンを助けてッッッ!!!」

と、大泣きしながらショウの母親の顔を見た。

「大丈夫だよ。もう、治したから。」

母親の言葉を聞いて、ショウは勢いよくオブシディアンを見た。

「…大丈夫?痛くない?…でも、どうして、こんな怪我…」

心配そうに、オブシディアンの怪我を確認していくショウに


「お前だよ、ショウ。」

と、いうショウの父親の冷たい声。

「…え?」

思わず、父親の声のする方を向くと、今まで見た事も感じた事もない様な恐ろしい雰囲気を纏った父親の姿があった。

…ゾッ…!

この時、ショウは初めて自分の父親の事を怖いと感じた。

いつも、ショウを揶揄ってはおちょくってくるチョッピリ意地悪な父親。だけど、本当は家族思いでちょっと不器用な所もあるけど何事にも寛大でとても優しくてとってもとっても大好きな父親。
悪い事してたまに怒られる事もあるけど「こーら!」って、少し怒った風な表情を浮かべ、ショウが何を悪い事をしたか理解して反省した所で直ぐに笑って許してくれる。

そんな父親が、ショウに対して今回は本気で怒っている。

…どうして?

困惑するショウに父親は

「お前の我が儘で、桔梗はずっと知られたくない自分の過去世という現世とは違う、自分が生まれる前に歩んできた人生をお前に見せる為に苦痛を味わいながら術を使った。言っている意味が分かるか?」

と、疎いショウにも分かりやすく、ゆっくりと今の現状を伝えてきた。

「…でも!桔梗は、私じゃない“もう一人の私”の方が大事で……ッッッ!!」

泣きながら父親に訴えかけるショウに、父親は

「それは、お前も桔梗も生まれる前の話だ。今の人生とはさほど関係ない。」

「…でもっ!」

「それは、既に桔梗が終えた一生。お前と桔梗は“今”を生きている。
終えた自分であって自分でない者の人生をほじくり返す馬鹿がどこに居る。確かに、過去世が原因でそれに引きづられる事も多々あるだろう。それが、いい事であっても悪い事であってもだ。
だが、今回の事はそれとは全く違う。してはならない事をしている。」

ショウは、父親が何を言いたいのかよく分からず、どういう事だろうと考えながらジッと父親の話を聞いていた。

「本来なら、過去世の事は忘れて生まれ変わるんだが。どういう訳か、たまに前世を覚えて生まれてくる者達も稀にいると聞く。その中の一人が桔梗だ。」

…ドクン…

確かに小学校の頃だったか、お化けとか前世とかあの世とかそんな怪談話が流行った時があった。
でも、こういう話って興味のある人も多くて何故か何となしに年に何回かそれ系の話題が出ている様に思う。

ショウ達が学校ではじめて怪談話を聞いて、“前世”というものを知ってショウはただのじゃれごとのつもりで桔梗に“前世の事、覚えてる?」と、聞いた事があった。

本当に何の考えも無しに聞いた何でもない話のつもりだった。しかし、桔梗は何故か酷く青ざめて体調を崩してしまった。そこで、息をするのも苦しそうにしながらも「…覚えてるよ…」と、言ってショウを驚かせた事があった。

前世を覚えてる人が身近にいるって事にビックリしたけど、その時はあまりに桔梗が具合が悪そうだったから前世とかそんな話はその時はショウの頭からすっぽり抜けていた。

そして、たまに学校で前世だの宇宙人だのという話題が出てくる度に、ショウは桔梗が前世を覚えている事を思い出して桔梗に聞いてみたりしたが

桔梗は前世を覚えているという割に、いい話ではないからと全く話したがらないどころか前世の話題になる度に体調を崩していた。

だから、きっと辛い人生だったのだろうと勝手にショウは桔梗の事を思い、その話題に触れる事はなくなった。…凄く、気になってたけどね。


そんな過去を思い出しながら、ショウは父親の話を聞いていた。…と、いうより今の父親が怖くて怖くて動けなくなってしまったという理由から、何も口に出せず黙って聞いてるしかなかったのだ。


「桔梗は非常に多くの数え切れない程の短い人生を送ってきたようだ。それも、転生しても同じ様な過ちを犯し繰り返してきた。
だが、それにストップをかけ自分の過ちにようやく気付き改心する様に努力してきた。それでも、失敗続きではあったが何度挫けそうになりながらも努力し続け“今”の桔梗がいる。
自業自得とはいえ、そんな酷い全ての過去世を忘れられず毎日のように苦しみもがき懺悔し続ける桔梗の気持ちを考えた事があるか?」


…ドックン、ドックン、ドックン…!


…確かに【見た】。全部じゃなかったけど、桔梗のたくさんの前世や前々世…もっともっとたくさん前の前世をいっぱいいっぱい。

どれもこれも、本当に今自分と一緒にいる桔梗と同一人物なのかと疑いたくなる程、最低最悪では言い表せない酷い人間だと思った。とても、悍ましく気色悪い…絶対に関わり合いたくないとまで思ってしまった。

それでも、まだまだ過去世がいっぱいあるらしくてその全部を見ていたら気が狂ってしまうと恐怖した。

だけど、父親に言われて桔梗の過去世を思い出してみれば、どの桔梗もとても苦しんでいた。色んな葛藤があって、その気持ちと戦うけど。
そもそも、自分が間違ってないと思っているからどうする事もできず、ただただもがき苦しんで気が狂う程悩んで苦しんで自分が思う最善を尽くすけど全然解決出来なくて。

…そっか。お父さんに言われるまで気が付かなかったけど、桔梗はずっとずっと苦しんでたんだ。全部見てないから、何に苦しんでたのか私にはよく分からないけど。

…けど、あんな酷いモノ見ちゃったら…桔梗の事…今までみたいに見れないし一緒にいたくない。


…気持ち悪い…


桔梗がどんなに、その過去世と向き合って頑張ってるって聞いても“あんなの見ちゃったら”…無理だよ…

桔梗が、いくら頑張ったって…

そう考えていたショウに

「ショウは“前世の桔梗であって桔梗でない人物”を見て、“今を生きる桔梗”を見てもあげられないのか?
言っておくが、前世は前世でしかない。今の自分がどうかだと思うが?」


…ズキン…


「桔梗にとって、本当はショウには絶対に知られたくない過去世だ。だが、ショウの為ならばと身を引き裂く思いで、包み隠さずお前の望む通り桔梗はお前の我が儘に付き合った。その結果がコレだ。」


…ドクン…!


…だって、まさかこんな酷いモノだなんて思わなかったし、桔梗の一番は“始まりの世界のショウ”なんだもん!

それだったら、こんな桔梗なんていらない!


と、ショウが桔梗を軽蔑の目で見ていると


「お前の我が儘の為に発動させた桔梗の術は、掛けられた本人達の心が傷付く度に、本体にその傷の大きさの分だけ影響を与えるというリスクもあった。
桔梗は、そのリスクがショウに向かわないようショウの傷も自分の方にくるように術を施したが、桔梗の傷も限界を超えお前にまで影響が及びはじめた。桔梗すら、予想だにできなかった事だったのだろうな。」

「…え…?」

…どうして、そんな事までして私に桔梗は自分の過去世を見せたの?


「それを瞬時に、理解し動いたのがオブシディアンだ。そして、優秀なオブシディアンはショウの傷が自分へくるように様々な知識とあらゆる方法でお前を守り続けていた。その結果、オブシディアンは命に関わる程の重傷を負った。」


「…私を庇って…?どうして?」

と、訳が分からないとばかりにショウは混乱しながら、オブシディアンを見た。


『第一にボクの場合は、それが“お仕事”だからね。』

オブシディアンは、にっこり笑顔で仕事だからだと答えた。

その答えに、ショウは夢と現実の違いを見た気がしてちょっぴりションボリした気持ちになった。けど

『もう一つの理由は、赤ちゃんの頃からショウ様をずっと見守ってきたボクにとってショウ様に対して強い情がある。そして、ショウ様が幼い頃からボクに“大切な家族の一人”だと言ってくれた。
だから、“大切な妹”であるショウ様を守りたいって思うのは当然でしょ?』

なんて、オブシディアンが言ってくれるものだから、あまりの嬉しさに

「…オブシディアンッ!いつも、私を助けてくれてありがと!大好きだよ!」

大泣きしながらオブシディアンに抱きついてきた。そんなショウの体を優しく抱き締めると、オブシディアンは

「そう思ってくれるなら、あんまり無茶な行動は控えてね。」

なんて、にっこり笑顔を浮かべたまま、すかさず釘を刺してきたのだった。

その様子を見ていたショウの両親は、オブシディアンに対し抜け目がないなと苦笑いしていた。そして、ショウの隠密がオブシディアンで良かったと心から思った。

「オブシディアン。これからも苦労を掛けるのは間違いないが、娘の事をよろしく頼む。」

ショウの父親の言葉に、オブシディアンは一瞬驚いた表情を見せたが直ぐにいつも通りの表情に戻り

「御意に。」

と、床に片方の膝をつけ、左拳を胸に当て綺麗に頭を下げた。その姿に

「お父さんがいる時、オブシディアンってテレビとか劇場で観る“騎士”みたいになるね。お父さんに緊張してる?」

なんて、ショウがその場にそぐわないトンチンカンな事を言っちゃうから、先程までのキリリとした神聖であり厳格な空気は崩れほんわかしたちょっとおバカな空気に変わってしまった。

そんなショウに、みんな苦笑いしかない。

どこまで、鈍感でおバカな子なのだろうと。
…まあ、ここに揃ってるみんなはショウのそんな所までもが愛おしく可愛いとさえ思ってしまってるのだからどうしようもない。いわゆる“バカワイイ”というやつだ。

今現在、ショウに嫌悪され傷心中の桔梗ですらショウのバカワイさにキュンキュンしてる馬鹿になってる。

その空気をピリッと壊したのがショウの父親。

自分の娘可愛さに心の中では悶えるも、このままではショウも桔梗もお互いの関係性が崩れ取り返しのつかない事になってしまう。
そうなれば、遅かれ早かれ二人の精神は崩壊してしまうと懸念し心を鬼にして


「ショウ、お前…桔梗に対して酷い事を考えてるだろ?」

と、切り出してきた。図星なショウは分かりやすくもビクッと体を跳ねらせ、思わず父親から目線を逸らしてしまった。そんな娘を

「お前をそんな軽薄で薄情な娘に育てた覚えはない。
お前に“人に思いやりをもて”“まず、人の気持ちになって物事を考えろ”そう、教えてる筈だ。それが、こんなざまではな。」

と、ショウの父親は呆れたようにショウに話してくるが、過去世ではあるが桔梗のあんな酷く悍ましい姿を見てそんな汚い桔梗を許し今までと同じにはいられない。

お父さんは、桔梗の過去世を見てないから簡単にそんな事が言えちゃうんだとショウは、父親にムカムカしていた。何にも知らないくせに!と。

「…お、お父さんは、何にもわかってないからそんな事言えちゃうんだ!」


カッとなったショウが思わず、そんな言葉を吐き出すと


「分かってないのはお前の方だ、ショウ。
…そうか、今のでよ〜く分かった。そんなに、桔梗が汚くて悍ましい存在だと言うなら、お前は物凄く素晴らしい聖人だという事になるな。
では、それを証明して見せろ。それを証明してみせたら、俺はショウが正しかったと床に膝をつき謝ろう。」


そう言って、ショウの父親はショウの母親に何やら耳打ちをしていて

「……え!?そ、それは、やり過ぎじゃない?ダメよ!ダメ、ダメ!!」

と、青ざめた顔で断固拒否してたが、ショウの父親の話を聞いている内に深刻そうな表情に変わり暫くの間俯いて考えていたようだが、いきなりバッと顔を上げて意を決したようだ。

「…そうね!このくらいしなきゃ、分からない事もある。それが、今!」

そう言って、ショウの方を向き


「これから、ショウには幻術をかけるね。
内容は、

【もしも、ショウが世界一の権力と力、財力を持った女王様になったら】

そんな財力と権力を持ったらショウは、どんな行動を起こすのかなぁ?ショウの言い分を信じるなら、困ってる人達を助けて守ってあげる正義の味方になるよね!楽しみ!」

なんて、ルンルン気分でショウの母親は、ショウに向かい何やら術を掛けてきた。

「…え!?いきなりっ?わ、私、いいって言ってないのに!…え?え?」

と、魔法陣に覆われ戸惑いパニックになるショウに

「だって、ショウはね。
“ショウの我が儘”で“嫌な思いをしてまで自分の悲惨な過去世を包み隠さず見せてくれた桔梗”の気持ちも考えてあげる事もなくて。
“今を生きている桔梗”を見てあげる事もしない。前世での出来事ばかり気にして、“汚い”“気持ち悪い”“悍ましい”って桔梗の事を嫌悪してるから。」

「…それは、だって…!」

「でも、桔梗だけが恥を忍んで絶対に知られたくなかった過去世をショウの我が儘の為だけに見せるんじゃ不公平じゃない?
だったら、それ相応のものをショウも見せるべきよ。
自信があるんでしょ?自分は桔梗とは違って、そんな汚くて悍ましい事なんて一切しないって。
だから、それを証明してちょうだいね。期待してるね!」

「……え!?」

「じゃ、いってらっしゃーーーい!」

と、パニックになっている娘に向かい満面の笑みで、手を振る母親の顔を見ながら

…そ、そんな自信なんて…全然……ない…の…に…

…私、何も悪い事なんて…してな……ただ……

そんな不満を抱きながらショウの意識は遠のいていった。

母親によって幻術を掛けられ眠りについたショウは、父親によってベットまで運ばれて現在現実世界ではスースーと眠った状態。ショウの夢の中では、母親の幻術の世界で動いている。


「…でも、良かったの?ショウの人格に、大昔にあった酒池肉林で有名な最悪の王の欲望とそれを実行してしまう残虐性を混ぜてしまうなんて…。もう、それはショウじゃない別の誰かよ?」

と、ショウの母親はいざ術を掛けてしまってから、やっぱり良くないんじゃないかと思い直し自分の夫に問いただす。

「……えっ!!?なんて酷い真似してんだよ!?
それじゃ、幻術の中にいるショウは洗脳されてるも同じ…姿形はショウであっても中身は全然ショウなんかじゃない!」

話を聞いて、桔梗は真っ青になり洗脳状態のショウを思いすぐさま幻術を解くように訴えかけた。
…が、ショウより先に術を掛けられていた桔梗は、術に抗う力が尽き遂に本体は眠りにつきそうになるのを振り払い


「……グッ…!…ゥグッ…!!」

と、力の入らない体を無理矢理捻じ曲げ


…ドスンッ!

「……えぇ!?桔梗君、どうしたの?大丈夫?」

そう言って、駆け寄ろうとしたショウの母親をショウの父親は静止し、ジッと桔梗の様子私見ていた。そして、無言の圧でショウの母親とオブシディアンにも黙って桔梗の様子を見るよう促した。

ショウの母親は不服ではあったが、何も考え無しにこんな事をする人じゃないと知っているので心痛くて見ているのが辛かったが黙ってショウの父親のいう事を聞いた。

桔梗は意識を術に引っ張られ朦朧とする中、必死になって床を這いつくばりながらショウの元へ行こうともがき少し…少しと動きながら


「……ね、やめてあげて?ショウが可哀想過ぎる。そんなのあんまり……だ!…そんな酷い事しないで…。あんたら、ショウの親だろ!!
…何で、そんな酷い事する…んだ…よ。…やめて!お願い、ショウに可哀想な事しない…で…お願………」

ショウの両親に、涙ながらに必死にショウを助けてと懇願しながら遂に桔梗は力尽き、魂と意識はショウの母親の掛けた術の中へと引っ張られていった。

そんな桔梗の体を抱き上げ、ショウと同じベットに寝かせたショウの父親は


「…まさか、マナの掛けた術に抗ってまでショウの事を心配し見守る。そして、不服を言ってくるとはな。
普通、術を掛けられそれを受け入れた時点で抵抗する事なんてできない。
意識も絶え絶えで相当辛かっただろうに、よくもあそこまでショウを思う気持ちだけであそこまでできるなんて…執念というのか。本当に、桔梗という存在は規格外もいい所で驚かされる。」

と、桔梗を見下ろし感心するやら呆れるやらで苦笑いしていた。


「しかし、安心しろと言うのもおかしいが。ショウに掛けた幻術はまともな心を持った者ならショウでなくても精神や人格の崩壊を招く恐れのある内容だ。」

そう言ったショウの父親の言葉にオブシディアンは、ゾッとし思わずショウの父親を凝視した。

「だから、細部まで見せずかなり大雑把でごく一部の内容だけを体験してもらうようになっている。あまりに酷そうな内容の部分は、“体験ではなくナレーション”で説明され、あたかもショウがそうしたかのような気持ちにさせる。
幻術の中でさえ、体験もしてないしやってもないのに、そう思わせる言わば“洗脳”だな。」

本来なら、自分から声を掛ける事を許されないオブシディアンであったが、ショウを思うがあまり


『…何故、このように酷い真似を…?』

と、処罰を受ける覚悟で、ショウの父親をジッと見ながら聞いてきた。

「そうする事で、幻術から戻ってきて落ち着いた時には自分はやってない。“ナレーションがそう言ってた”だけだと気がつくはずだ。
…落ち着くまでが大変だろうが。そこは、想定内だ。
だが、この体験を経る事で周りの環境や育った場所などで人は、どんな風にでも変わるという事を知る事ができるはずだ。もちろん、本人の本質というものも大きく関わってくる事でもあるが。」

そう言って、ショウの寝顔を見てショウの頭を撫でた。その撫でる手が震えているのを見た時、オブシディアンはショウの父親が、この先に起こるだろうショウ達の最悪を避ける為に心を鬼にしてショウに幻術を掛けたのだと理解した。

ショウを見ると自然と目に入ってくる桔梗にも注目の目が向けられる。

無意識なのか、桔梗は意識なんてない筈なのにショウを守るように抱き締め眠っている。

そんな桔梗の様子を見て


「…そうね。ショウに掛けた術はやり過ぎだし酷い事をした。どうしようって思ってたけど…。
桔梗君のショウに対する強い思いを見たら、これで良かったって思った。ショウには、かなり可哀想な事をしてるけど…ショウだけじゃなくて桔梗君にも幸せになってほしいって強く感じたから。
…きっと、恋愛に潔癖で夢ばかり見てるショウは、この幻術の体験をしなかったら桔梗君を地獄に落とす言動を繰り返すかも。」

と、桔梗のショウに対する強い思いに心を打たれたショウの母親はボロボロと涙を流していた。そんなショウの母親をショウの父親はギュッと抱き締め


「…ああ。遅かれ早かれ、こうなってた。それが、かなり早まっただけだ。それに、ショウは俺達の子供だ。
だから、絶対に負けない。大丈夫だ。」

そう言って、ショウの頭を撫でた。


「……大丈夫だ。俺達もついてる。」


何度も“大丈夫”という言葉を出し、自分に言い聞かせてるように思う。苦渋の判断をして不安で押し潰されそうな気持ちを必死に耐える自分の夫を見て、自分は何をしてるんだろう!もっと、しっかりしなきゃ!!と、自分に叱咤し


「おー!よち、よち。私の龍鷹(リュウキ)君はえらいでちゅねー。」

と、夫であるリュウキの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。それに驚き

「……なっ!?マナ、どういうつもりだ?」

赤ちゃん言葉を使われちょっとお怒りのリュウキだったが、涙を流しながらも笑顔でリュウキを元気づけようとする健気な妻にギュッと胸を掴まれ

「……ッッッ……!」

リュウキは更に深くマナを抱き締めると小さく体を震わせていた。それをマナは、茶化す事なくリュウキの背中を優しく撫でていた。

そんな夫婦の姿を見てオブシディアンは、自分も二人のような素敵な伴侶と出会いたいなと心から羨んだ。

そして、オブシディアンはショウと桔梗の側へ行き、床に膝をつき祈るポーズをとりそこから動かなくなった。

そんなオブシディアンに、リュウキとマナは感謝だけでは言い表せないとても有り難い存在だと更に感じ


…オブシディアン、我が娘と“息子”の為を想ってくれる事感謝する


リュウキは二人の無事を祈るオブシディアンに対し、祈りの邪魔をしないよう心の中で感謝の言葉を述べた。マナも“ありがとう”と何回も何回も心の中でお礼を言って感謝の涙を流していた。

それから、リュウキとマナはショウと桔梗が無事に戻って来るよう二人の手を取り自分達の額に二人の手を近づけ祈った。


どうか、二人がこの試練を乗り越え無事に帰って来られますように

これから先、様々な困難が立ちはだかろうとこの経験を活かし二人で力を合わせ乗り越えてほしい


二人が心から幸せになれますように