〇教室(放課後)
武藤 ひなた(アルバイト……どうしようかな)
スマートフォンでアルバイト探しのためアプリ内検索をするひなた。
横からひょっこり隼斗が現れた。
鈴木 隼斗「武藤さんどうしたの?」
武藤 ひなた「あ……えっと、バイトを……」
鈴木 隼斗「あー、バイトね。 どういうの探してるの?」
武藤 ひなた(なんて答えよう。 相談して……いいのかな?)
黙ってしまったひなたを心配そうに見る隼斗。
鈴木 隼斗「どうしたの?」
武藤 ひなた「やれそうなバイトがあまりなくて」
鈴木 隼斗「高校生だと出来るの限られるからなぁ。 コンビニとかカフェは?」
武藤 ひなた「接客は避けたくて」
わがままなことを言う自分にまたモヤがかかる。
だが隼斗は全く気にもとめず真剣に考えていた。
鈴木 隼斗「うーん、なら調理はどうかな? 裏方だし、お客さんとあまり関わらないよ」
鈴木 隼斗「武藤さん、料理出来るんだし」
武藤 ひなた「調理……か」
武藤 ひなた(テキパキ出来るかな? 指示、すぐに理解出来るかな)
これまでの過去のトラウマが過ぎり、胸の内がザワついた。
暗い顔をするひなたに、隼斗は元気づけようとニッコリ笑う。
鈴木 隼斗「……ね、武藤さん。 週末、一緒に出かけない?」
武藤 ひなた「えっ?」
鈴木 隼斗「煮詰まってても仕方ないしさ!! 少しリラックスしたら?」
鈴木 隼斗「フラフラしてたらやりたいこと見つけられるかもしれないし」
明るく接してくれる隼斗に心救われる。
自分だけではどうしようもないことを支えようとしてくれてる健気さが嬉しかった。
武藤 ひなた(前向きだなぁ。 でも色々と考えてるくれるんだ)
武藤 ひなた「うん。出かけよっか」
武藤 ひなた(何か楽しいことあるといいな)
珍しく満面の笑みのひなた。
能天気になるひなたに、こっそり隼斗がガッツポーズをしていた。
〇線路沿いの道(帰り道)
電車が頻繁に通り、通過音が鳴り響く。
隼斗はスマートフォンの画面を見ながら楽しそうに喋っていた。
武藤 ひなた(どうしよう、ほとんど聞き取れない)
電車の音にかき消され、隼斗の声が脳内で処理されない。
聞き取った単語さえも間違っているとわかったひなたは何も言えずにいた。
鈴木 隼斗「で、どうかな?」
隼斗がひなたを見て、問いかける。
だがひなたは隼斗を見ながらも反応しない。
鈴木 隼斗「武藤さん?」
武藤 ひなた「あっ……ご、ごめんなさい」
不審に思われたとひなたは焦る。
武藤 ひなた「もう一度言ってくれないかな?」
鈴木 隼斗「うん、武藤さん動物好きみたいだし動物園に行くのはどうかなーって」
しかしまたタイミング悪く、電車の音にかき消されてしまった。
武藤 ひなた(動物しか聞き取れなかった。 どうしよう……)
すでに聞き直している。
ひなたの中に恐怖が襲いかかり、背中に汗が伝った。
ノイズが走るようにトラウマの会話が蘇る。
★トラウマ(開始)
ねぇ、そんなに滑舌悪いかな?
──ちがっ
何回も言わせないでよ。
──すみません
なんか、話聞いてないよね
──あ……
はぁ……もういい。
私が悪いみたいでなんかキツいわ
──……ごめんなさい
★トラウマ(終了)
青白い顔をして笑顔を引きつらせる。
武藤 ひなた「えっと……動物が……?」
鈴木 隼斗「あ、動物園はいや? だったら他のところ考えるけど」
武藤 ひなた「あっ、違うの!!」
こんな笑い方だとダメだ。
もっと、もっと上手く笑わないと。
武藤 ひなた「動物園いいね、行きたい!!」
鈴木 隼斗「……うん」
笑ったのに、隼斗は悲しそうに微笑んでいた。
それを見てひなたはショックを受ける。
鈴木 隼斗「じゃあ動物園行こう」
武藤 ひなた(どうしよう、どうしようどうしよう。 また反応間違えた)
嫌われる。
そう思ってふと、ひなたは落ちた。
武藤 ひなた(あぁ、でも別れたいんだからこれが正解? だって私と話してても楽しくないだろうから。 早いか遅いかの違いしかないんだから)
武藤 ひなた(なんで……かな。 だって私が悪いんだから仕方ない……)
武藤 ひなた「えっ!?」
突然、隼斗がひなたを強く抱きしめた。
電車が通過する。
ひなたはキツイ抱きしめ方の中で酸素を求めて、隼斗の腕の中におさまっていた。
武藤 ひなた「ぁ……いたい……!! 息がっ……!!」
鈴木 隼斗「あ、ごめん……」
電車が通過し、慌てて隼斗が離れる。
切なく苦しそうにしてひなたを見つめていた。
武藤 ひなた「……鈴木くん?」
鈴木 隼斗「……ないで」
武藤 ひなた「え?」
また、肝心なところが聞き取れない。
でも隼斗にはそれで良かった。
いつものように爽やかに微笑んで、ひなたの手をとっていた。
その手をひなたは弾くことが出来なかった。
視界にうつる隼斗の横顔が笑ってるのに辛そうに見えた。
鈴木 隼斗「動物園楽しみだね。 あ、そうだ。最近さぎうさが──」
武藤 ひなた(いたい)
【彼の抱きしめ方は潰れそうになるくらい痛い】
【なのに彼の方が痛そうな顔をしていて】
【ほんの少しだけ、彼を抱きしめてあげたいと思った】