★ひなた過去編 前半★



〇教室(中学校)


宮石 円香「ひなーっ!! おっはよー!!」

ツインテールの女の子、円香がひなたに抱きつく。

今より明るい表情のひなた。



武藤 ひなた「円香ちゃん、おはよ」

宮石 円香「いやー、中学に入っても同じクラスメイトになったねぇ。すごくない?」

武藤 ひなた「ねー。 小一の時からだから七年目だよ」

宮石 円香「卒業まで一緒だといいね!! アタシらは二人で最強だ!!」



円香とは幼なじみで、いつも一緒にいた。

明るく、正義感の強い子で大好きな友達だった。






〇音楽室(部活)



宮石 円香「ひなはクラリネットかぁ。 手、小さいけど届く?」

武藤 ひなた「ギリギリなんとか。 早く上手くなりたいなぁ」

宮石 円香「アタシはトランペット!! トロンボーンと悩んだけどね!!」



【私たちは吹奏楽部に入り、毎日それぞれのパートで練習をするようになった】



〇空き教室


前田 心美「はじめまして、パートリーダーの前田です。クラリネット仲間だね」

武藤 ひなた「よろしくお願いします」

前田 心美「部活のルール、教えておくね。 うちは結構、礼儀に厳しいから」

前田 心美「今日ははじめてだし、各パートの人たちに挨拶して、その後楽器で音出しやってみようか」

武藤 ひなた「はい!! よろしくお願いします!!」


二年生の先輩、前田と話すひなた。
そこまで教室は騒がしくない。



水谷 彩芽「よかったな、クラリネットに後輩が出来て」

前田 心美「はい!!」


そこに見回りの部長、水谷がやってきて前田に声をかけていた。



〇学校の廊下(休み時間)



武藤 ひなた(早く教室戻らないとなー)


パタパタと廊下を走るひなた。
三年の先輩にすれ違ったことに気づかなかった。



茅場 真紀「さっきのって、一年よね?」

水谷 彩芽「うーん、まぁまだ入って3日だしなぁ」



挨拶されなかったことを三年生は気にしていた。



〇階段(放課後)

階段を降りるひなた。


武藤 ひなた(えっと、部活はじまるまでに色々やることがあって。あれとアレと……なんだったかな)

武藤 ひなた(メモ見ても書くことに必死で聞けてないところがあったな)


踊り場で人とぶつかる。

吹奏楽部の違う楽器担当の先輩だった。



佐藤 佳奈美「いったー……」

武藤 ひなた「す、すみません!! 大丈夫でしたか!?」

佐藤 佳奈美「あ、うん」


佐藤は手首を後ろに回して笑う。


佐藤 佳奈美「大丈夫だよ」

武藤 ひなた「ならよかったです。 すみません、前方不注意でした」

佐藤 佳奈美「もー、気をつけなよ?」




【それで事が済めばよかったのですが、なかなか上手くいきません】


【名前も知らぬ他パートの先輩が手を怪我していたのです。でも私は、その後先輩の顔がわからず声をかけれませんでした】


【私は、すぐに人の顔を覚えられない】


【まともに会話したことない人は覚えてるまでに時間がかかる特性がありました】




〇廊下(放課後)


部活へ向かっていると、女子生徒が前から歩いてくる。


武藤 ひなた(あ、この前ぶつかった先輩だよね?)

武藤 ひなた「あの、先日はすみませんでした!!」

モブちゃん「え?」

武藤 ひなた「え?」


お互いが困惑する。



モブちゃん「えっと、ごめんね。 誰? 何かあったかな?」

武藤 ひなた「あ……」

武藤 ひなた(人違いなんだ……)

武藤 ひなた「す、すみません。 間違えました」

モブちゃん「あー、大丈夫だよー。 気にしないでねー」



【それから間違えるのが怖くなり、誰にも声をかけることが出来なくなりました】



〇音楽室(部活終了後)

水谷 彩芽「なんで呼ばれたかわかる? 武藤さん」

武藤 ひなた「え?」

水谷 彩芽「少しね、自分は後輩ということを理解してほしいの」

前田 心美「チューバの佐藤さんが手を怪我したの。 しばらく演奏は出来ない」

前田 心美「聞いたところによると、武藤さんとぶつかったとか。怒ってるわけではないみたいだけど、あれから謝りにも来ないって気にしてるわ」

武藤 ひなた(顔がはっきりとわからなくて、曖昧にしていた。まさか怪我してたなんて……)


ひなたは青ざめて焦り出す。


武藤 ひなた「すみません、すぐ謝りに」

水谷 彩芽「いいよ、あの子も怒ってないし。 ただ先輩への配慮に欠けてるからその辺意識してね」

水谷 彩芽「あと、廊下で先輩にすれ違ったら挨拶すること。これ、当たり前だからね」

武藤 ひなた「……すみませんでした」

水谷 綾香「部長だから言わなきゃいかない私の身にもなってね。頼むよ」




【悲劇は終わらない】



それからひなたは顔を上げて歩けなくなった。

先輩の顔が覚えられなくて、すれ違った時に挨拶するのが怖い。

俯いていれば気づいてないふりが出来る。

そう思って、ひなたは俯くようになった。



〇音楽室(全体練習)

指揮をする部長の水谷。

演奏が終わるとフィードバックをしていく。


水谷 彩芽「あとクラリネット。 もっと周りの音聞いてー」



練習を終えて、ひなたは落ち込む。

同パートの前田は気にかけて声をかけてきた。


前田 心美「他のパートとやってみる? 少数から合わせる練習しよっか」

武藤 ひなた「はい」


それから金管楽器の人と合わせてみたが、ひなただけ上手く合わせられなかった。


茅場 真紀「……まぁ、合わせる努力しよっかー」


【ソロで演奏は問題ありませんでした】


【ですが人数が増えれば増えるほど、私は違和感を抱くようになりました】


【何故か、合わせることが上手くできませんでした】

【自分の演奏が精一杯で、周りの音を聞こうとすると指が止まってしまったのです】





〇渡り廊下(部活終了後)

ひなたは三年の先輩に呼び出しをされていた。


水谷 彩芽「ねぇ、なんで挨拶出来ないの? 挨拶される先輩とされない先輩、分けたらダメだよ」

茅場 真紀「人数多いとはいえ、そろそろ覚えないとまずいよ? あと、ミーティングのとき、話聞いてないこと多いから気をつけて」

武藤 ひなた「……はい。 すみませんでした」


周りは静かなのに、先輩の言葉を認識するのほ難しかった。

外国語をきいているかのようだった。


【教室で部員が集まり、話し合いをするとき、私は周りの声を聞き取れなくなります】


【音として認識しても、言語にはならないのです】





〇教室(部活前)


武藤 ひなた「円香ちゃ──」


円香に声をかけると、円香はひなたをシカトした。

武藤 ひなた(円香ちゃん?)



【だんだんと、円香が距離を置くようになりました】

【ずっと円香といた私はよく相談したりしていた】


【円香がいないと私はひとりぼっちだった】


【自分のことばかりだった私は、円香の状況に気づかなかったのです】





〇体育館裏(部活終了後)


茅場 真紀「アンタってほんと生意気!! 先輩差し置いてソロやるとかふざけんなよ!!」

水谷 彩芽「先生にはめっちゃ媚び売ってるし。ふざけてんの?」

茅場 真紀「ってか、武藤ってアレだよねー。 アンタ幼なじみなんでしょ? ちゃんと面倒見てあげなよ」

茅場 真紀「結構あの子も立ち位置やばいよ? あんたなら要領よくやれるでしょ?」



先輩たちの言葉に円香は睨んで抵抗する。



宮石 円香「ひなはアタシに関係ないです。 先輩たちの指導不足じゃないですか?」

茅場 真紀「なにコイツ、ムカつく!! 後輩なんだから先輩立てろよ!!」

宮石 円香「二つ違うだけじゃないですか!!」

水谷 彩芽「こっちは真面目にやってんの!! アンタや武藤が部活乱してんのよ!!」


罵倒はとまらない。

円香は泣きそうになるのを堪えていた。



教師「おい、お前ら何してる!?」


そこにようやく見回りの教師が気づいて近づいてくる。


水谷 彩芽「やば、逃げるよ」


三年生はすかさず逃げていった。



教師「おい、大丈夫か?」


教師が円香に声をかけたとき、円香の緊張の糸が切れて涙が溢れていた。



宮石 円香「うわああああんっ!! あああああっ!! あぁぁぁん!!」



【このことは後に問題となり、部活は自粛となりました】

【円香への嫌がらせは悪化していきました】





〇教室(放課後)


武藤 ひなた「円香ちゃん、あの……」

宮石 円香「……元はと言えばひなのせいだよ」

武藤 ひなた「え?」

宮石 円香「ひな、何も気づいてくれなかったね!! ひなのこと庇えば庇うほどアタシが悪者にされてさ!!」


円香はひなたを鋭く睨みつけた。



宮石 円香「先輩たちの言う通りだよ!! もっと話を聞いて、ちゃんと先輩と上手くやってよ!!」


怒りはとまらない。


宮石 円香「幼なじみだからってアタシが怒られるのおかしくない!? ひながしっかりしてくれたらこんなことにはならないんだよ!?」

武藤 ひなた「ごめん」



円香の苛立ちに、ひなたは謝るしか出来なかった。


円香は無表情でため息を着く。


宮石 円香「……なんか疲れた。 もう、ひなと話したくない」


宮石 円香「自分のことばかりで、聞くの疲れた。 それにあたしが悪く言われるんだよ」

武藤 ひなた「……私」


もう、一緒に笑っていたときのキラキラさは残ってなかった。



宮石 円香「ひなは、好きにやればいいよ。 でももう二度と庇わないから」

宮石 円香「面倒見る役、もう辞めるから!!」


円香は教室から飛び出していく。

ひなたは泣くばかりで、追いかけることが出来なかった。


【私は追いかける勇気がなかった】
  

【どうしたらいいか、何も分からなくて】
  


一人、教室で泣く。


【そして友達を失った】
  
【私は言葉が聞き取れず、顔も覚えられないことから不穏を招く】



【部活は、それから行かなくなり退部した】