6話ーIt’s okay to cryー
〇 学校・まりなの教室(朝)
ゴールデンウィークの連休が終わり、久しぶりの登校日。
教室に入ったまりなが梨央に声を掛ける。
まりな「梨央ちゃんおはよう」
けれど梨央は挨拶を返してくれず、まりなを無視して別の女子生徒のところへ行ってしまった。
いつもなら挨拶を返してくれるのにどうしたのだろう。別の女子生徒と楽しそうに話している梨央の姿を不思議な顔で見つめるまりな。
まりな(梨央ちゃん?)
〇 学校・まりなの教室(お昼休み)
購買パンを買いに行く生徒や仲良しグループで机をくっつけ合ってお弁当を広げる生徒たち。
まりなもいつものように梨央と一緒にお昼を食べようと彼女の席に向かった。
まりな「梨央ちゃ――」
けれどまた無視をされてしまい、梨央は他の女子生徒のところに行って一緒にお昼を食べ始める。
まりな(移動教室のときも置いてかれちゃったし)
(今日はずっと避けられてる……)
〇 学校・中庭(お昼休み)
ベンチに座り、まりなはひとりでお弁当を広げている。
まりな(梨央ちゃん急にどうしたんだろう)
箸を持ったままお弁当のおかずには手をつけずにぼーっと考えているまりな。
まりな(もしかしてなにか傷つけるようなことしちゃったのかな)
そこへ足音が近づいてきて、まりなの隣でピタリと止まった。
晴史「まりな先輩。今日はここで食べてるの?」
まりなの隣に腰を下ろす晴史。
晴史「いつも一緒にお昼食べてる友達は?」
まりな「それが――」
梨央に避けられていることを話そうとして口を閉じたまりな。お弁当を食べ始めるが、無意識にため息を吐いて落ち込んでしまう。その様子を晴史が心配そうに見つめる。
晴史「ケンカでもした?」
まりな「してない!」
しゅんと俯くまりな。
まりな「……と、思うんだけど」
ため息がこぼれてしまった。
まりな「無視されてるんだよね」
晴史「どうして?」
まりな「わからない」
まりなは力なく首を横に振った。それからぽつりと口を開く。
まりな「私、中学の頃に友達といろいろあって仲間外れにされちゃって。それからずっとひとりぼっちで、高校に入ってもうまく友達が作れなかったんだよね」
晴史の前で淡々と過去を話し出すまりな。
まりな「でも、三年生になって梨央ちゃんが声を掛けてくれて。友達になろうって言ってもらえてうれしかった」
梨央と友達になってまだ一ヶ月しか経っていないけれど、休み時間に話をしたり、お昼を一緒に食べたり、移動教室へ一緒に向かったり、体育の授業でペアを組んで準備体操をしたり。
長い間友達がいなかったまりなはとてもうれしかった。それなのに――。
まりな「梨央ちゃんになにかしちゃったのかな」
落ち込むまりな。それを見ていた晴史が「あー……」と歯切れ悪く切り出した。
晴史「まりな先輩じゃなくて、やっぱり俺のせいかな」
まりなはきょとんとした顔で晴史を見た。
晴史「告白されたんだよね、まりな先輩の友達に」
まりな「ええっ⁉ どういうこと?」
晴史「ゴールデンウィーク中にばったり会ったんだよ。で、声掛けられて――」
〇(回想)まりなのバイト先のコンビニ前(数日前のGW中の休日、夕方)
ガードレールに腰掛けてスマホをいじりながらまりなのバイトが終わるのを待っている私服の晴史。
そこへ梨央が近付いてきて声を掛けた。
梨央「こんにちは」
誰なのかをすぐに思い出せない晴史。けれど梨央の顔をよく見て思い出し「あっ!」と声をあげる。
晴史「まりな先輩の友達の〝りおちゃん〟」
梨央「正解」
梨央はうれしそうに晴史を見つめる。
梨央「ここでなにしてるの?」
晴史「まりな先輩待ってる」
梨央「待ち合わせ?」
晴史「いや、すぐそこの――」
コンビニでまりながバイトをしていると言おうとして、校則でバイトが禁止だというのを思い出した晴史は慌てて答えを変える。
晴史「そう。ここで待ち合わせ」
梨央「そうなんだ」
梨央に興味がない晴史はスマホをいじり始めた。
梨央「吉野くんはまりなちゃんのことが好きなの?」
晴史「そう」
梨央「でもぜんぜん相手にされてないよね。まりなちゃんは吉野くんのこと好きじゃないよ」
イラっとする晴史。スマホをいじる手を止めて、睨むように梨央を見た。
晴史「あんたには関係ないじゃん」
そう言ってガードレールから立ち上がる。梨央に背を向けてこの場を去ろうとしたけれど、背中に梨央の声が届いた。
梨央「まりなちゃんなんかやめて私が彼女になってあげるよ」
晴史は足を止めて振り返った。
〇(回想終了)
晴史「――で、告白されたけどフッた」
まりな「そ、そっか」
晴史から打ち明けられた事実に驚いてまりなはうまく言葉を返せない。
晴史「だから、もしかしたらまりな先輩が友達に無視されてるのは俺が原因かなと思って」
まりなは俯いた。
〇(回想)まりな中学二年生
女友達「まりなとは友達やめるから」
まりなに背を向けて去っていく女友達。
〇(回想終了)
晴史「俺がまりな先輩のこと好きだから彼女きっと嫉妬してるんだよ、まりな先輩に」
まりなはしゅんと下を向いた。
晴史はそんなまりなを心配しつつ、こっそりと手を伸ばしてまりなのお弁当から卵焼きを奪っていく。それを口の中に放り込んだ。
晴史「うまっ」
美味しくて目を輝かせる晴史。
けれどまりなは卵焼きを取られたことに気付いていない。梨央に無視されるのがショックでそれどころではないのだ。
晴史は口に入れた卵焼きをもぐもぐと食べながら、しょんぼりした様子のまりなを静かに見つめた。
〇 学校・廊下(放課後)
まりなが職員室から出てくる。日直当番なので担任に仕事を頼まれていたのだ。
教室に戻るため、放課後の静かな廊下を歩きながらため息を吐くまりな。
まりな(今日はずっと梨央ちゃんに無視されてたなぁ……)
結局、午後も梨央はまりなとは目も合わせず、口をきいてもくれなかった。
まりな(梨央ちゃんが吉野くんを好きなんて少しも気付かなかった)
(むしろ嫌いだと思ってたのに)
女性関係で悪い噂のある晴史とはあまり仲良くしない方がいいと、まりなを心配してくれたのは梨央だ。だから梨央も晴史にはあまり良い印象がないのだとまりなは思っていた。
まりな(梨央ちゃんはいつから吉野くんが好きなんだろう)
そんなことを考えているうちに教室の前に到着した。
扉に手を掛けたとき、ふと中から女子生徒数人の声が聞こえてくる。
女子生徒1「梨央、あんたマジで性格悪いからね」
女子生徒2「雪村さんかわいそうじゃん。シカトくらってめっちゃ傷付いた顔してたよ」
梨央「だってまりなちゃんムカつくんだもん」
その言葉にまりなの動きがピタリと止まる。扉に手をかけたまま中に入れなくなってしまった。
梨央「あーあ。まりなちゃんと友達になって吉野くんに顔と名前を覚えてもらうところまでは計画通りだったのになぁ。悪い噂をちょっと大げさに伝えて吉野くんのイメージ悪くして、まりなちゃんが吉野くんを嫌いになるようにもしたのに」
まりなの手が震え出す。
友達だと思っていた梨央にまりなは利用されていたのだ。
女子生徒1「でも吉野くんって雪村さんのことめちゃくちゃ好きだよね。教室で公開告白してフラれたのに会いに来るし」
女子生徒2「図書室でキスしてたんでしょ。付き合ってないとか言って実は付き合ってたり?」
梨央「それ! マジでムカつく」
梨央の怒った声が教室内に響く。
梨央「まりなちゃんなんかやめて私と付き合おうって言ったのに、吉野くんまったく相手にしてくれないし。吉野くんと付き合えないならもうまりなちゃんと友達でいる意味ないじゃん」
女子生徒1「うわっ、性格悪っ」
梨央たちの声が近付いてきた。
ガラッと扉が開き、まりなの姿を見つけた梨央たちが驚いたように目を丸くさせる。けれどそれは一瞬で、冷たい視線を向けた梨央がまりなの横をなにも言わずに通りすぎていく。そのあとを他の女子生徒たちが追いかけた。
ぽつんと取り残されたまりな。
教室の入口に立ったままスカートをぎゅっと両手で握り締める。
ふと中学生の頃を思い出した。
〇(回想)まりな中学二年生。
友達の亜里沙に突き飛ばされたまりな。
亜里沙「まりななんか嫌い! どうして林くんのこと取ったの。私が林くんを好きだって知ってるでしょ」
まりな「違う。取ったりしてない」
必死に誤解を解こうとするまりな。
亜里沙「まりなとは友達やめるから」
まりなに背を向けて去っていく亜里沙。
まりな「待って、亜里沙――」
〇(回想終了)
目に涙を浮かべるまりな。
まりな(梨央ちゃんのこと友達だと思ってたのに)
(またあのときみたいにーー)
裏切られたショックが強くて、まりなはふらっと立ち眩みがした。そのまま倒れてしまう。
晴史「――まりな先輩⁉」
そこへ晴史が現れる。
晴史「まりな先輩どうしたの?」
まりなの体を支えながら晴史はいつになく必死に声を掛け続けた。
〇 学校・保健室
ベッドに横たわっていたまりなが目を覚ます。
ここがどこなのかすぐには理解ができないまま、ゆっくりと体を起こした。
保健室の先生「あら、目が覚めたのね。気分はどう?」
まりな(ここ……保健室だ)
保健室の先生の顔を見てようやく自分が今どこにいるのかに気が付く。
保健室の先生「しっかり睡眠取ってる? 目の下にクマできてるけど」
まりなは目の下に手を当てる。
まりな(そういえば寝不足かも。ゴールデンウィークはコンビニのバイトの他にも単発で居酒屋のバイトも入れてたから)
保健室の先生「もうすぐ中間テストだからって夜遅くまで勉強してるんでしょ。体によくないわよ」
まりな「すみません」
まりな(バイトのせいだとは言えない……)
保健室の先生「どうする? 目が覚めたなら帰ってもいいけど、もう少し横になってる?」
まりな「それじゃああと少しだけ」
保健室の先生「わかったわ、ゆっくり休んで」
保健室の扉がガラッと開く。現れたのは晴史だ。
保健室の先生「あ、吉野くんありがとね」
保健室の先生がまりなに視線を戻す。
保健室の先生「倒れたあなたを吉野くんがここまで運んでくれたのよ。ついでにあなたのカバンを教室まで取りにいってもらったの」
晴史がまりなのいるベッドに近づいてきた。
晴史「まりな先輩もう大丈夫なの?」
まりな「うん、たぶん寝不足かな」
晴史はどこからかパイプ椅子を持ってきてベッドの横に腰を下ろした。
保健室の先生「吉野くんも戻ってきたし、ちょっとだけ雪村さんを任せてもいいかしら。これから会議なのよ」
晴史「いいですよ」
保健室の先生「それじゃあよろしくね」
保健室の先生が出ていくと、保健室にはまりなと晴史だけになる。
まりな「吉野くんありがとう。ここまで運んでくれたんだよね」
晴史「ビックリした。まりな先輩突然倒れるから」
まりな「ごめん」
晴史「なにかあったの?」
まりなの顔を覗き込んでくる晴史。
晴史「寝不足が原因だって言ったけど本当?」
まりなは晴史から視線を逸らした。
晴史「まりな先輩の教室に向かう途中で友達とすれ違った。もしかしてなにか関係あるんじゃないの?」
まりなは俯いたまま黙り込む。しばらくしてゆっくりと口を開いた。
まりな「中学生の頃に友達から仲間外れにされてたって話をお昼休みにしたよね」
思わず過去を話し始めるまりな。
まりな「きっかけはひとりの女の子で、小学校から友達だった子。親友だと思ってた。でも、彼女の好きな男子が私のことを好きで告白されたのをきっかけに口をきいてくれなくなって――」
亜里沙が林を好きなのはまりなも知っていたので告白は断った。けれどそれが亜里沙の耳に入ってしまう。亜里沙はまりなに嫉妬。まりなが林のことを取ったと思い込み、無視をするようになった。それがクラスメイトにも広がって、まりなは仲間外れにされてしまったのだ。
まりな「それがトラウマになっているのかな。どうやって友達を作っていいのかわからなくて、高校に進学してもずっと友達ができなかった。そんなときに声を掛けてくれたのが梨央ちゃんだった」
三年生に進級したら友達がほしい。トラウマを克服したかったのだ。だから梨央に友達になろうと言われたときはうれしかった。
それなのに梨央は晴史と付き合うためにまりなを利用していた。晴史に告白をしてフラれた今、まりなとはもう友達でいる意味が梨央にはないらしい。
まりな「梨央ちゃん……私とはもう友達でいたくないみたい」
寝不足が原因で倒れたのではなく、梨央に裏切られていたことがショックで倒れたのだと思う。
まりなは真っ白な掛布団を両手でぎゅっと握り締めた。その目には大粒の涙が溜まっているが、泣くのを堪えるために下唇をぎゅっと噛みしめる。
晴史がゆっくりとパイプ椅子から立ち上がり、ベッドの縁に腰を下ろした。
まりなの背中にそっと手を添えて優しくさする。そのまま体を引き寄せて、まりなの顔を自分の胸にそっと押し付けた。
晴史「まりな先輩、泣いてもいいよ」
晴史がまりなを優しく抱き締める。
まりなは晴史の胸に顔を埋めながら小さく声をあげて涙を流した。