14話―I love your......―


〇 晴史自宅・リビング

閑静な高級住宅街にある西洋風の大豪邸。

周囲を高い塀が囲んでいて、敷地内には噴水付きの広い庭もある。まるでお城のようだ。

吹き抜けの広々としたリビング。革張りの高級ソファに腰を下ろしたまりなは緊張で固まっている。


まりな(な、なにこの家、広すぎるって)


リビング内にある螺旋階段を見ながらまりなは目を丸くさせた。


まりな(なんとなくそうかなとは思ってたけど……)
   (晴史くんってやっぱりお坊ちゃまなんだ)


隣に視線を向けるまりな。ソファの背もたれによりかかり、ゆったりとした姿勢でくつろいでいる晴史が優雅にコーヒーを飲んでいる。

まりなの前にもコーヒーがあるが緊張でなかなか口を着けられない。

ちなみにこれを運んできてくれたのは晴史が以前ちらっと話していたお手伝いの年配女性だ。


まりな(私すごく場違いな気がする)


〇(回想)少し前の空港

まりな「えええええっ⁉ 晴史くんのお母さん!」


ロビー内に響き渡るほど大きな叫び声をあげてしまったまりな。


晴史「海外出張から戻ってきたんだ。で、俺はその迎えでここに」

まりな「そ、そうなんだ」

晴史「まりな先輩はどうして空港にいるの?」

まりな「私は――」


渉を見送りに来たと言おうとしたところで晴史の母親が戻ってくる。その隣には父親らしき男性の姿もあった。


晴史母「晴ちゃん、パパ発見したわよ。さぁ帰りま――」


晴史母の視線が晴史と一緒にいるまりなに向かう。


晴史母「知り合いの子?」


母親に尋ねられて晴史は「そう」と短く答えた。

まりなもまた晴史母に自己紹介しようとしたが、その声を遮るように晴史母の大きな声が響く。


晴史母「もしかして晴ちゃんの彼女⁉」

まりな「い、いえ、私は――」

晴史母「やだぁすごくかわいい。ふーん、晴ちゃんはあなたみたいな子がタイプなのね」

まりな「違うんです、私――」

晴史母「ねぇよかったら今からうちに来ない?」


晴史母がまりなの手をぎゅっと握り、そのまままりなを引っ張るようにして歩き出してしまった。

〇(回想終了)


まりな(それから運転手付きの車に乗せられてここまで来ちゃったけど……)


テーブルを挟んだ向かいの席には晴史の両親が座っている。

晴史は母親似らしく顔とスタイルの良さがそっくりだ。そしてたぶん強引な性格も似ている……。

ここまで来る車内で教えてもらったが、晴史の両親はアパレル系の会社を経営しているらしい。その関係で三カ月ほどフランスで仕事をしていたそうだ。

会社の経営はおそらく順調で、売上もかなり良いのだろう。そうでないと、こんな大豪邸に住めるはずない。

コーヒーを飲んでいた晴史母がティーカップをソーサーの上に置いた。それから目をキラキラとさせながらまりなを見つめる。


晴史母「まりなちゃんは晴ちゃんのどこが好きなの?」

まりな「えっ」


唐突な質問にドキッとした。


まりな(そういえばお母さんは私を晴史くんの彼女だと思ってるんだっけ)
   (誤解を解くタイミングなかった……)


晴史母「晴ちゃんは? まりなちゃんの好きなところは?」


晴史母の視線がまりなの隣に座る晴史に向かう。同じ質問をされてもすぐに答えられなかったまりなとは違い、晴史は迷うことなくサラッと答える。


晴史「優しいところ」


晴史母がにこにこと笑顔を浮かべながらうんうんと相槌を打っている。


晴史「あと、かわいいところ」


母親の前でも恥ずかしがることなくまりなの好きなところを語り出す晴史の言葉は止まらない。


晴史「恋愛映画に感動して目をうるうるさせてるところ。友達に囲まれてうれしそうに話してるところ。あと、キスしただけで顔を真っ赤にさせるところも、手料理が美味しいところも、母親思いなところも好き」


晴史がまりなの好きなところを次々と挙げていくので、聞いているまりなの方が照れてしまう。


晴史「絶叫マシンに乗って腰抜かしちゃうところも、お化け屋敷のお化けにマジでビビってるところも、コーヒーカップで目を回しちゃうところも、観覧車からの景色を見て子供みたいに目を輝かせるところも……俺は、まりな先輩の全部が好き」


まりな(晴史くん……)


聞きながら気が付いた。それらはすべて晴史と出会ってから今日までふたりの間に起きた出来事。

晴史はまりなのすべてが好きなのだ。


晴史「まりな先輩」


晴史の視線がまりなに向かう。


晴史「まりな先輩が俺を嫌いになっても俺は絶対にまりな先輩を嫌いになんてならないし、この先一生好きでいる自信あるよ。それくらい大好きだから」


まっすぐに目を見つめて伝えられた言葉にまりなは喉がグッとしまり、震えそうになる唇を噛みしめた。

晴史がそこまで想ってくれていることに気付いてまりなの目にうっすらと涙が溜まっていく。

すると向かいの席からズビビビーとティッシュで鼻水をかむ音が聞こえた。晴史母が号泣しているのだ。


晴史母「晴ちゃん。そこまでまりなちゃんが好きなのね。ママ感動して涙が止まらないわ」

晴史父「母さん、ティッシュ」


隣に座る晴史父が晴史母にティッシュを箱ごと手渡す。それを受け取りティッシュを一枚抜き取った晴史母が勢いよく鼻水をかんだ。

涙のせいでアイメイクが崩れて目のまわりは真っ黒だし、真っ赤な口紅も落ちてしまっている。

晴史の言葉を聞いてまりなも泣きそうになっていたのだが、目の前で自分よりも号泣している晴史母を見ていたら涙が引っ込んだ。

すっかり化粧が落ちてしまった晴史母がまりなをじっと見つめる。


晴史母「まりなちゃん。ふつつかな息子ですが、晴史のことを末永くよろしくお願いいたします」


深々と頭を下げる晴史母。隣に座る晴史父も頭を下げた。


まりな「えっ、あ、え⁉」


まるで結婚の挨拶のときに花嫁の両親が花婿に告げるようなセリフを言われて困惑してしまうまりな。


晴史「結婚の挨拶かよ」


今まさにまりなが思っていたことを隣に座る晴史がぼそっと言った。

晴史両親が顔を上げる。ふたりの熱い視線を受けて、まりなはなんでもいいから言葉を探す。


まりな(どうしよう。なにか答えないと……)


でもなにを言ったらいいのかわからない。

ここで〝実は付き合ってないんです〟と打ち明けるのも違う気がする。

なんとなく今の感動的な雰囲気を壊してはいけないと思った。


まりな「お、お任せください。晴史くんを必ず幸せにしますので」


迷いに迷ってそんな言葉を口にしていた。この場の雰囲気に流されてしまったのかもしれない。


まりな(えっ、私なに言ってるの⁉)


これではまるで結婚の挨拶のときに花婿が花嫁の両親に告げるようなセリフだ。


晴史「結婚の挨拶かよ」


晴史がプッと笑う。

まりなは恥ずかしさから全身の血が沸騰したように熱くなった。



〇 晴史自宅・リビング

それからしばらくして晴史父は仕事があるからとリビングを出ていき、手伝いのために晴史も連れて二階へと行ってしまった。

リビングのソファにはまりなだけがちょこんと座っている。

するとどこかへ行ったきり席を外していた晴史母が戻ってきて、まりなの隣に腰を下ろした。

どうやら化粧を直してきたらしい。


晴史母「まりなちゃん。いいもの見せてあげる」


晴史母がローテーブルに分厚いアルバムを置いた。化粧を直したついでに持ってきたのだろう。


晴史母「晴ちゃんの子供の頃の写真よ。すっごくかわいいんだから」


まりな(晴史くんの子供の頃……)


とても興味がある。


晴史母「よかったら見て」

まりな「ありがとうございます」


アルバムを手に取り膝の上に乗せると表紙をめくった。


まりな「わぁ~、かわいい」


どうやらイケメンは赤ちゃんの頃から顔の作りが違うらしい。もうすでに完成している。


晴史母「子供の頃の晴ちゃんはね、よく女の子に間違われてたのよ」


アルバムを見ているまりなの隣で晴史母が懐かしそうに呟いた。


まりな(確かにそうかも)


今の晴史もそうだけれど子供の頃から中性的できれいな顔立ちをしている。それに、現在の長身の晴史からは想像できないくらい当時の晴史は小柄なので余計に女の子に見えたのかもしれない。

アルバムのページをめくっていたまりなは小学生の頃の晴史の写真を見ながらふとなにかを思い出しかけた。


〇(回想)?年前

高い木々に囲まれた場所で小学生くらいの女の子がうずくまって泣いている。その場には小学生のまりなもいて、同じ歳ぐらいの男の子に向かってランドセルを振り回しながら怒っていた。

〇(回想終了)


まりな(これっていつのときだっけ)


靄がかかったようにぼんやりと思い浮かぶだけで鮮明には思い出せない。

いつのときの記憶だろうと考えていると、隣から伸びてきた手にアルバムを取り上げられてしまった。


晴史「これはもうおしまいね」


いつの間にか晴史が戻ってきたようだ。


晴史「母さん。まりな先輩借りるよ」


晴史がまりなの腕を掴んでソファから立ち上がらせる。


まりな「あ、ちょっと晴史くん」


晴史はまりなの手を握ると螺旋階段へと向かい二階へと上がっていった。



〇 晴史の部屋

階段を上って長い廊下を進み辿り着いたのは晴史の部屋の前。


晴史「入って」


扉を開けた晴史に背中を押されて中に押し込まれる。入った瞬間、普段から晴史から香ってくる甘い匂いに包まれた。


まりな(わぁ、晴史くんの部屋だ)
   (思っていたよりもシンプルだし、しっかりと片付いてる)


部屋の中にはベッド、机、本棚、テレビなど必要最低限のものしか置かれていない。随分とすっきりとした部屋だ。


晴史「座って」


ベッドの上に座るように言われて、まりなは緊張しながらもゆっくりと腰を下ろした。

まりなの部屋の安物ベッドなんかよりも大きくてふかふかとした高級ベッドだ。座り心地の良さに感動していると、すぐ隣に晴史が腰を下ろす。


晴史「俺、まりな先輩に謝らないと」


そう言って晴史がズボンのポケットから取り出したのは見え覚えのあるネックレス。


まりな「これ……」

晴史「この前はごめん。あのとき本当は投げてなかった」


渉から貰ったネックレスだ。


晴史「まりな先輩に返す」


晴史がまりなの手にネックレスを握らせた。


晴史「やっぱり怒ってるよなぁ、まりな先輩」


ため息混じりにそう呟きながら、晴史は後ろに倒れてベッドにゴロンと仰向けに寝転がる。


晴史「俺のこと嫌いになったよね」


おでこに腕を乗せて天井を見つめながら晴史が呟く。

その姿を見つめていたまりなだったけれど、しばらくしてから表情が柔らかくなった。


まりな「嫌いになんてなれないよ」


晴史がおでこに乗せていた腕を外してまりなに目を向ける。


まりな「あんなにたくさん私の好きなところを言ってくれる人のことを嫌いになんてなれない」

晴史「まりな先輩」


寝転んでいた晴史が体を起こす。


まりな「私が空港にいたのはアメリカに戻る渉くんを見送るため。自分の気持ちを整理してスッキリさせてきた。それで、気付いたの」


晴史をまっすぐに見つめるまりな。


まりな「私、晴史くんが好き。いつの間にか晴史くんのことばかり考えて――」


最後まで言い終わらないうちに晴史がまりなの手首を掴んで引き寄せて、噛みつくように唇を重ねた。

しばらくして晴史が唇を離し、お互いの鼻先が触れ合うほど近い距離でまりなを見つめる。


晴史「好きだよ、まりな先輩。俺の彼女になって」

まりな「うん」


微笑むまりな。

晴史もまたホッとしたような笑顔を見せて、まりなをぎゅっと抱き締めた。


晴史「やっと手に入った」


抱き締めた勢いのまま晴史がまりなを押し倒す。そのまましばらく見つめ合っていたふたりだが、どちらからともなく顔を寄せて唇を重ねた。