12話―Jealousy―
〇 レストラン(昼)
四人掛けのテーブル席に座っている晴史は黒いキャップを被り、サングラスをかけて変装している。
少し離れたテーブル席にはまりなと渉が座っていて、楽しそうに談笑しながら食事を取っていた。
それを見ながら晴史は湧き上がる苛立ちが抑えきれず、無意識に人差し指でテーブルをトントンと叩いている。
店員「お待たせしました。ご注文の――」
注文していたパフェを届けにきた女性店員が晴史の放つ鋭いオーラに圧倒されて口ごもる。
真琴「あ、それ頼んだの俺です」
晴史の向かいの席に座っている真琴の声でハッとなった店員。パフェをテーブルに置いて「ごゆっくり~」とぎこちない笑顔を浮かべ、足早にテーブルを後にした。
真琴「なぁ、晴史。お前そんなに睨んでると尾行してるのバレるぞ」
真琴がパフェをぱくりと食べる。
晴史「はぁ……」
短いため息を吐き出した晴史は天井を仰ぐと、ソファの背もたれによりかかる。片手でサングラスを外してTシャツの胸ポケットにさした。
晴史「まりな先輩、俺には見せないような顔してる」
晴史の言葉を聞いた真琴がちらっとまりなたちのいるテーブルに視線を向ける。
真琴「あれは恋してる女の顔だな。あ、苺食う?」
晴史は真琴のパフェに乗っている苺を指で掴むと口に放り込んだ。ぐしゃっと噛みしめる。
真琴「ライバル登場だな、晴史。つかお前にもう勝ち目ないんじゃね?……嘘、ごめん」
晴史に睨まれて真琴は慌てて口を閉じると、静かにパフェを食べる。
晴史はテーブルに頬杖をついてまりなたちをじっと見ている。
ここからだと会話は聞こえないが、渉と話すまりなはとても楽しそうでころころと表情を変えている。
晴史(幼馴染かぁ……)
〇(回想)数日前
まりなと晴史が一緒に下校している。
晴史「この前の男誰?」
まりな「渉くんのこと? 幼馴染だよ。同じマンションの隣に住んでたの」
晴史「アメリカから戻ってきたっていうのは?」
まりな「今は向こうの大学に留学してるんだよ。一時帰国してるらしくて、今度一緒にランチ行くんだ」
晴史「ふーん」
渉の話をするまりなはすっかり浮かれているようで、晴史の気分は最悪だった。
〇(回想終了)
晴史(ランチの日付を聞き出してこっそりと後をつけてきたけど……)
(俺、なにしてんだろ)
晴史は自分の行動を虚しく思いつつも、まりなたちのことが気になってここから立ち去ることができない。
そのあともぼんやりとまりなたちの様子を見ていると、渉がまりなに縦長の箱を渡した。きれいに包装されてリボンもかかっているのでプレゼントだろうか。
うれしそうに受け取るまりな。箱を開けると出てきたのはネックレスだ。
渉が立ち上がり、向かいの席に座るまりなのところへ移動するとネックレスをまりなの首につけた。
〝似合うよ〟などと言ったのだろうか。まりなが頬を染めて笑う。
晴史はなんだかとてもイライラした。手に持っているグラスを思わず強く握りしめてしまう。
これ以上は見るのはやめよう。虚しくなるだけだ。
晴史はサングラスを掛け直した。
晴史「帰るぞ真琴」
そう言って席を立つ。
真琴「は? お前急に言うなよ。まだパフェ食い終わってないから」
残りのパフェを急いで口にかきこむ真琴。伝票を持ってレジに向かった晴史を慌てて追いかけた。
〇 公園
うなだれながらブランコに座っている晴史と、ブランコを漕いでいる真琴。
晴史「柄にもないことするんじゃなかった」
真琴「だよな。さすがに尾行はまずいって」
晴史「そうじゃなくて、マジな恋なんてするだけしんどいなってちょっと思った」
真琴は漕いでいたブランコを足で止めて晴史を見た。
真琴「そうとうヘコんでんじゃん。大丈夫?」
晴史は返事の代わりに軽くため息を吐いた。
晴史「手に入らないならしんどいだけだ」
真琴「遊びの恋しか知らないもんなぁ、晴史は。さんざん女の子たちを弄んだ罰だ。ざまぁみろ」
晴史「……」
真琴「なんか言い返して。調子狂うから」
普段の晴史なら何倍にもして言い返してくるのに今日は口を閉じたまま。こんなにも深く落ち込んでいる晴史を見るのは初めてで真琴はどうしていいのかわからない。
晴史「いや、お前の言う通りだと思ってさ」
晴史はブランコから立ち上がり、ぼんやりと空を見上げた。
〇 まりなのマンション付近の路地(夕方)
電柱の裏に隠れるようにしてしゃがみ込み、まりなの帰りを待っている晴史。
黒いキャップにサングラスの変装をしたままなので、通行人のおばちゃんが晴史を不審そうに見て通りすぎていく。
晴史(結局気になって来ちゃったけど俺マジでなにしてんだろ)
渉と別れて、まりながしっかりと家に帰ってくるか気になったのだ。
しばらくするとこちらに向かって歩いてくるまりなが見えた。隣には渉の姿はなく、どうやらひとりで帰ってきたらしい。
晴史(あいつ。まりな先輩のことしっかり家まで送れよ)
心の中で渉に悪態を吐く晴史だけれど、こちらに向かって歩いてくるまりながどこかしょんぼりとしているのに気が付いた。
サングラスを外して、電柱の影からこっそりとまりなのことを窺う。
けれど、気付かれてしまったようでまりなと目が合った。
まりな「晴史くん?」
立ち上がり、電柱の裏から出ていく晴史。
まりな「どうしてここにいるの?」
晴史「まりな先輩のこと待ってた」
まりな「私?」
きょとんとするまりな。よく見るとその目が赤く腫れている。それに気づいた晴史がまりなの頬に手を添えて、親指の腹で目尻のあたりを優しく撫でる。
晴史「もしかして泣いた?」
まりな「わかる? 目腫れて不細工だよね」
笑いながらおどけたようにまりなは言うけれど、それがカラ元気だと晴史は気が付いた。
晴史「なにかあったの?」
晴史が最後に見たまりなは渉からネックレスを貰って嬉しそうに笑っていた。それを見ているのが辛くてレストランを後にしたが、おそらくそのあとになにかが起きて、まりなは泣いたのだろう。
まりな「ちょっといろいろね。でも晴史くんには関係ないことだから」
晴史「あるよ。好きな子が泣いてんだから慰めたいって思うだろ」
関係ないと言われたことでまりなに距離を取られたように感じた晴史。つい語気が強くなってしまった。
まりな「晴史くんは優しいね」
晴史「まりな先輩限定だよ」
まりな「そうなんだ」
クスっと笑うまりなの笑顔はいつもよりもだいぶぎこちない。
やはり渉となにかあったのだろう。まりなはスッと笑顔を消すと、足元に視線を落とした。
まりな「私、失恋しちゃった。もともと望みのない恋だってわかってたんだけどね」
まりなは誰に失恋したとは言わなかったけれど、間違いなくその相手は渉だろうと晴史は気が付く。
まりな「結婚するんだって。私、おめでとうってちゃんと笑顔で言えたかな」
どうやら渉は結婚をするようだ。晴史がレストランを出たあとでその話になったのかもしれない。
まりなの目にじわじわと涙が溜まっていく。その首元で光るネックレスに晴史の視線が向かった。レストランでまりなが渉にプレゼントされていたものだ。
晴史「そのネックレスかわいいね。見せて」
晴史は右手の掌を上にしてまりなに差し出す。
一方のまりなは突然どうしてそんなことを言われたのかわからないらしく、きょとんとした顔を浮かべている。
けれどまりなは素直な性格なので、言われた通りネックレスを外して晴史の手に渡して見せてくれた。
晴史「誰かに貰ったの?」
もちろんその場面を見ていたので晴史は誰に貰ったものなのかを知っている。
まりな「渉くんに」
晴史「でも結婚するんだよね。まりな先輩失恋したんでしょ」
まりな「えっ。どうして……」
まりなは失恋した相手が誰なのかを晴史には言わなかった。それなのに晴史が気付いているので驚いたような顔を浮かべている。
晴史「こんなもの持ってない方がいいよ」
晴史はネックレスを握りつぶすように強い力で握ると、どこかに向かって歩き出した。
まりな「晴史くん。どこ行くの」
そのあとをまりなが追いかける。
まりな「ねぇ、晴史くん」
しばらくして辿り着いたのは住宅街を流れている川。
晴史はフェンスに左手を置くと、川に向かって右手を大きく振り上げる。その手の中に握っているネックレスを川に捨てようとしているのだ。
それに気づいたまりなが晴史の右腕を掴んで慌てて止める。
まりな「晴史くんやめて。返してよネックレス」
晴史「返さない。これがあるとまりな先輩があいつのこと忘れられないから」
まりな「だからって捨てなくても――」
晴史が右手を振り下ろし、川に向かってネックレスを投げる。それがポチャンと落ちた気がした。
まりな「どうしてこんなことするの」
晴史に詰め寄るまりな。
まりな「渉くんが私のために買ってくれたのに」
普段はわりと穏やかな性格をしているまりなにしては珍しく怒った表情を見せている。それくらい渉から貰ったネックレスは大切なのだ。そのことに晴史はさらに腹が立った。
まりな「晴史くんがこんなひどいことする人だとは思わなかった」
晴史に背を向けるまりな。
まりな「もう晴史くんの顔なんて見たくない」
そのまま走り去ってしまった。
まりなの背中が見えなくなると、晴史は力が抜けたようにその場に座り込む。そして左手で髪の毛をくしゃりとかき混ぜた。
晴史「はー。俺なにやってんだろ」
右手を開くとその中にはネックレスがちゃんとある。あのとき川に投げるふりをして、実際には捨てていなかったのだ。
でも、まりなは捨てられたと思っている。
渉に嫉妬して我を忘れて、まりなにひどいことをしてしまった。
晴史「今度こそ完全に嫌われたよな」
晴史は右手に持つネックレスをぎゅっと握り締めた。